5.王家への家庭訪問
親御さんへの配布物をきちんと渡さないのは、ドミンゴ君だけではないわ。
わたくしは学園に呼び出せる方々には、騎士団長ご夫妻のように来ていただいた。
王太子であるフラヴィオ君のご両親は、国王陛下と王妃殿下。配布物のことで学園に来ていただいて、保護者面談を行うなんて、不敬すぎてとてもできない。
わたくしは学園長を通じて、王家に家庭訪問したいと伝えてもらうことにした。
家庭訪問申請書を提出すると、すぐに学園長室に呼ばれたわ。
学園長室には、マホガニーの立派な机が置かれている。学園長は、その机に向かって書類仕事をしながら、わたくしを待っていた。
「ロザンナ先生、仕事熱心なのは良いですが……。ご実家は子爵家でしょう? 張り切りすぎると、痛い目を見ますよ……。わたくしたちは実家が貧しく嫁げなかった。あなたもいつかこの席に座れるよう、もっと慎重にならなくては……」
学園長は、そろそろ定年が近い女性の先生なの。貧しい伯爵家の五女なのですって。わたくしと同じように持参金が用意してもらえず、嫁ぐことができなかったの……。
今回のことで、わたくしは、きっと学園長にも迷惑をかけてしまうわ。
学園長が心から心配してくださっていることが伝わってくるから、わたくしは少し申し訳なくなった。
――波風を立てずに教師生活を送り、学園長として定年を迎える。
そんな人生を想像してみた。
それで得るもの、失うもの……。
学園長室には、高価な壺や絵画や彫刻、絵皿などがあった。
校訓の書かれた紙や、国王陛下からの感謝状なども、立派な額に入れられて飾られている。
この豪華な部屋の主となることが、学園の教師としての頂点なのだろう――。
わたくしは嫁ぐことができないから、王立学園の教師になった。
なりたくてなったわけではない。
高齢で独身の令嬢のことを、貴族社会では『老嬢』などと呼んで蔑むわ。
わたくしだって、『老嬢』になんてなりたくなかった。
最近では、嫁がず仕事に生きている女性たちのことを、『働く女性』なんて呼ぶようになってきた。
わたくしも『働く女性』として、変に持ち上げられたりすることもあるけれど……。それはそれで、なんだか居心地が悪かった。
わたくしはただの教師よ。
教師なの。
こんなわたくしにも、教師としてのプライドがある。
――守るべき生徒を守ってみせる。
それこそが、わたくしの教師としての道……。
「これは王家のためにもなることです。きっと大丈夫ですわ」
「そうは思えませんが……」
学園長はだいぶ渋ったけれど、最後には「そこまでの覚悟があるのなら、王家に家庭訪問したい旨を伝えます」と言ってくれた。
わたくしは学園長室を出た。校舎の窓からは、ウンベルト君やドミンゴ君が問題を起こした中庭が見えた。
夕闇に沈んでいく中庭には、生徒の姿はなかった。
王立学園の生徒たちには、学年という年齢による階級、身分という階級、成績という序列、容姿による序列などが、複雑に絡みついている。
そういえば、と一人の生徒の顔を思い出す。
アウレリオ君は昨日のうちに退学届を出し、留学を切り上げてヴィア王国に戻っていった。なんでも、国内の政情が変化したのですって。
アウレリオ君は、わたくしのところにも挨拶に来てくれたわ。
活発な子だったから、従者や護衛騎士と共に、愛馬に乗って去っていった。
――なんでこんなことになってしまったのか……。
わたくしの心もまた、暗く沈んだ。
◇
その翌日の放課後には、王宮から迎えの馬車が来たわ。
わたくしは、王家の紋章入りの茶色い馬車に乗って王宮に行った。
王宮は、遠くから見ると、オレンジと白のどこか愛らしい城に見える。けれど、近づいて見ると、屋根は明るい茶色の石、壁は灰色の石で作られている。とても立派な建物に見えるけれど、材料は他の家と変わらない。
わたくしは、使用人出入口を使って城内に入った。
王立学園の教師は、『王師』なんて言われることもある。『王を導く聖職』らしいわ。そういうことにしておかないと、教師の身分が低い場合、生徒が従わないものね。
わたくしにだって、『王師』なんて建前だということはわかっているけれど……。
――王立学園という制度の維持を考えたら、『王師』を迎えるにふさわしい扱いというものがあるのでは……?
わたくしが教師学校で習った限りでは、王家は『王師』である王立学園の教師を敬っていたはずよ。
それが、実際はどう? 王宮の使用人が使う馬車に乗せ、使用人出入口を使わせる……。とても敬われているとは思えなかった。
『わたくしを儀礼用の黄金で飾られた白い馬車に乗せ、正門前で立って出迎えろ』なんて言わないわ。相手は、国王陛下と王妃殿下ですもの……。
だけど、これはさすがに、なにか違うのではなくて?
『王師』が使用人と同じ扱いでは、生徒たちが従わなくなるわ。
王立学園に戻ったら、学園長を通じて王家に抗議してもらわなければ……。
また学園長に迷惑をかけてしまうわね……。
わたくしは小さなため息を吐いた。
国王陛下と王妃殿下のお噂は、なんとなく聞いたことがあった。
お二人のお人柄に関する噂は、みんな本当だったのだろうと、この扱いによって確信する。
わたくしは国王陛下の私室に通された。家庭訪問ですもの、謁見の間ではおかしいものね。
わたくしは深い緑色のベルベットが貼られたソファに座り、国王陛下と王妃殿下を待った。
この部屋にも、壺や絵画や彫刻、絵皿がある。そのどれもが、学園長室にあった品よりも、はるかに豪華で高価そうだった。
「いやあ、お待たせしました」
国王陛下が来たのは、だいぶ時間がたってからだった。
国王陛下は、フラヴィオ君と同じゴールデンブロンドの髪に、黄金の瞳という王家カラーをされていた。大柄なところも同じだし、顔もフラヴィオ君とそっくりだわ。
国王陛下がお召しになっているのは、白いシャツと灰色のトラウザーズ。だいぶラフな格好ね。
少し遅れて、王妃殿下も来てくださった。
元は公爵令嬢だった王妃殿下は、プラチナブロンドを古風な縦ロールに巻いていた。アイスブルーの瞳が印象的なお顔は、気の強さを感じさせる。お召しになっているフリルが多めの黄色いドレスは、なんとなく……、なんとなくだけど、少し流行遅れに見えた。
急な面会ですものね。
王族とは思えないお姿なのも、仕方ないわ……。
そう思いながらも、お二人への不安が募っていく……。
お二人は、ローテーブルを挟んで向かい側に置かれたソファに座られた。
「さあさあ、まずはお茶でも」
国王陛下は妙にテンション高く、お茶を勧めてきた。
「ありがとうございます」
わたくしはお茶を飲むふりをした。王家のお茶なんて、怖くて飲めない。
「それで、ご用件は? フラヴィオがどうかしたのかしら?」
王妃殿下がいきなり本題に入った。
そうね、わたくしだって、さっさと済ませたいわ。




