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【連載版】教師ですもの、当然ですわ~婚約者のいる生徒は、他者と適切な距離を保つことを心がけましょう~  作者: 赤林檎


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4.騎士団長ご夫妻との保護者面談

 わたくしはプリントを配布してから、ずっと生徒たちの様子を見ていたわ。

 他の生徒たちも何人か、登校しなくなったわね。

 王太子であるフラヴィオ君の取り巻きになろうとしていた子たちもいれば、ベアトリスさんのご実家の派閥に属している家の子もいたわ。


 ああ、だけど……。

「プリントだと、ちゃんと親御さんに渡さない子もいるわよね……」

 わたくしは職員室で小さなため息を吐くと、一通の手紙を書き始めた。上位貴族クラスのドミンゴ君のご両親を学園に呼んでもらうためよ。

 手紙は事務員にお願いして、ドミンゴ君のお宅に届けてもらったわ。


 ドミンゴ君は騎士団長の三男なの。

 フラヴィオ君の取り巻きの中で、一番大柄な男の子よ。

 いずれはフラヴィオ君の近衛騎士として、一番近くで仕えることになるはずね。


 ダークブロンドの髪は伯爵令息らしくない短さ。暗い茶色の目は、いつもまわりを警戒するように鋭かった。

 ドミンゴ君の鍛え上げられた肉体は、もはや見応えのある芸術品のようだったわ。


 口数の少なさも、逆に『武人の家系らしくて素敵』らしかった。

 女生徒たちは、『寡黙な英雄将軍様』なんて呼んでいたわ。

 ドミンゴ君は、まだ一つの戦功も立てていないのにね。

 逆にそこが、王立学園に通う女生徒たちが楽しんで付ける二つ名らしくて、わたくしには微笑ましく思えたものだった。

 わたくしだって、王立学園に通うただの女生徒だったことがあるもの。そういうのが楽しいことくらい知っているわ。


 ドミンゴ君のご両親は、わたくしの呼び出しに応えて、大慌てで学園に来てくれたわ。

 わたくしは放課後の空き教室で、ドミンゴ君のご両親と保護者面談をしたの。

 ほら、お子さんの学園生活って、親御さんにはわからない部分もあるでしょう?


「学園からの配布物は、きちんと親御さんに見せるようにと言っているのですが……」

 わたくしはドミンゴ君のご両親にプリントを手渡した。

 ドミンゴ君のご両親は、二人仲良くプリントをのぞき込んでいたわ。


 ドミンゴ君は『学校からの配布物のプリント』なんていう代物には、まったく興味を示さないタイプよ。

 さすがにプリントを持って帰ることはしただろうけれど……。

 きっとプリントは、今もドミンゴ君の鞄の底にあって、すっかりしわくちゃになっていると思うわ。


「婚約者のいる生徒……。たしかにドミンゴには、エステラ嬢という婚約者がおりますわ。けれど……」

「適切な距離……? 他者とは……?」

 ドミンゴ君のご両親は、顔を見合わせておられたわ。


 エステラさんは侯爵家の跡取り娘で、ドミンゴ君は婿入りする予定なの。

 ドミンゴ君のご両親は、受け継ぐ爵位のないドミンゴ君の将来を考えて、エステラさんを選んだのよ。エステラさんは、自分で領地経営もできそうな頭の良い子なの。

 わたくしがこんなことを言ってはいけないかもしれないけれど……。エステラさんはドミンゴ君にはもったいないような、本当に聡明なご令嬢なのよ。


「ドミンゴ君は王太子であるフラヴィオ君のご学友として、人脈の拡大に取り組んでおられるようでしたわ」

「人脈の拡大ですか……?」

 ドミンゴ君のご両親は、あまりピンとこないご様子だった。

 これまでのドミンゴ君は、剣や乗馬にしか興味がなかったものね。

 いきなりドミンゴ君が『人脈の拡大に取り組んでいる』なんて言われても、なかなか信じられないわよね。


「下位貴族クラスの生徒とも分け隔てなくお付き合いされて」

「あの、それで……」

 この国の騎士の頂点である騎士団長が、助けを求めるように夫人を見ているわ。

 お二人は、『どこが問題なの?』とでも思っているご様子ね。

 わたくしったら、少し遠まわしに言いすぎてしまったわ。


「クーラ男爵家の庶子であるマリサさんとは、特に親しくなりたいご様子です。婚約者のエステラさんよりも、マリサさんが気になるようですわ」

 わたくしは感じたままをお話した。


 ――ドミンゴ君は、負けず嫌いなのよ。


 ドミンゴ君の恋――おそらく、初恋――は、闘争本能と共に始まった。

 ドミンゴ君もフラヴィオ君やエディ君とは違った意味で、獣のような野性味あふれる男の子なの。

 マリサさんが逃げれば逃げるほど、追いかけたくなる。

 フラヴィオ君たちもマリサさんを追いかけていると知れば、勝気な性格が刺激される。

 格下だと思っているエディ君に何歩もリードされていると感じたら、本気になってしまう。


 ドミンゴ君を止められる力のあったダビド先生は、サウル先生が鉱山分校に左遷してしまった。

 わたくしも、他の先生方も、事務員の方たちも、ドミンゴ君を止められるほどの力はない。


 ――ドミンゴ君はね、マリサさんを連れて王立学園の中庭に行き、近くに咲いていたピンクの薔薇の茎を力強く折ったの。


「マリサ嬢、これを……」

 ドミンゴ君がどこか不器用な手つきで、マリサさんにその薔薇を差し出した。

 場所は、ウンベルト君が問題を起こしたのと同じ、噴水のある中庭よ。


 わたくしはマリサさんがドミンゴ君に連れて行かれたことを、隣国の第二王子であるアウレリオ君に教えてもらったの。


「ドミンゴ君、学校の植物を傷つけてはいけません!」

 わたくしは思いついた口実を叫びながら、二人に駆け寄った。


「そうだったのですね……。わたくし、そんなこと知らなくて……。ロザンナ先生、申し訳ありません」

 マリサさんはドミンゴ君から薔薇を受け取って、わたくしに渡してくれた。

 ドミンゴ君は、わたくしを今にも殺しそうな目で見ていたわ。


 わたくしは、この時のことをドミンゴ君のご両親に話して聞かせた。

「わたくしはドミンゴ君のことを思って、恥をかかせないように注意いたしました。ですが、ドミンゴ君のあの態度はなんでしょうか? 学園では教職員の身分に関係なく、生徒たちには指示に従っていただくことに決まっています。お二人も卒業生なのですから、ご存知でしょう?」


「いや、しかし……。その男爵家の庶子は、どういった女生徒なのでしょうか……?」

 騎士団長がマリサさんについて質問してきた。


「マリサさんは伯爵令息であるドミンゴ君に声をかけられて、中庭に連れて行かれた女生徒ですが……。ご質問の意図を説明していただいても?」

 わたくしは騎士団長に笑いかけた。

 騎士団長からの説明はなかった。


「ロザンナ先生、ありがとうございます。わたくしたちのドミンゴへの指導が、行き届いていなかったようですわ……」

 騎士団長の代わりに、夫人が血の気の引いた顔をして、わたくしにお礼を言ってくださった。


「ドミンゴ君は大柄で力が強く、学園で指導するにも限界があります。ご理解ください」

 わたくしも、他の先生方も、仕事中に怪我なんてしたくないのよ。


 わたくしだって、ドミンゴ君には「婚約者がいるのに、他の女性を口説くなど許されませんよ」と注意したわ。

 だけど、ドミンゴ君は、返事すらしてくれなかったの。


「この件は、エステラさんの耳にも入っているはずです。エステラさんはとても理知的な子です。エステラさんには、ドミンゴ君が悪いのか、マリサさんが悪いのか、判断できていると思いますわ」

 エステラさんは、本当にきちんとした良い子なの。自分の婚約者が迷惑をかけたことを、マリサさんにも、わたくしにも、詫びてくれたわ。エステラさん自身は悪いことなんて、なにもしていないのに……。


 エステラさんは暗い顔をして、「あんな方が婚約者で恥ずかしいですわ……」と言っていた。

 そんなエステラさんも、プリントを配布してから登校していなかった。

 きっとエステラさんにも、ご家族と話し合わないといけないことがあるのでしょうね。


 騎士団長ご夫妻との保護者面談の翌日、ドミンゴ君は退学した。辺境騎士団への入団が、急に決まったそうよ。


 エステラさんとの婚約は、ドミンゴ君の有責で破棄された。

 王の覚えめでたき騎士団長様だって、貴族社会で生きている。

 エステラさんのご実家は、豊かな領地を持ち、領民を慈しむ、立派な侯爵家なの。貴族にも平民にも尊敬されている名家よ。絶対に揉めたくないわよね。


 ドミンゴ君には、王都の騎士団で騎士になっている兄たちがいる。

 騎士団長ご夫妻は、ドミンゴ君以外の息子たちも守らないといけないわ。

 ドミンゴ君は、普通だったら、もう二度と王都には戻れないでしょうね。


 ――ああ、だけど……。


 あの負けず嫌いのドミンゴ君が、粗野で粗暴な辺境騎士団に入れられたらどうなるか……。

 両親や兄に見放され、国王の近衛騎士となる栄光の未来を失い……。

 このミセリア王国を逆恨みして、憎悪を募らせながら……。

 荒々しい辺境の地で、鍛え上げられたりしたら……。

 ドミンゴ君は、憎しみの鎧を着込んだ、悪鬼のような男になってしまうのでは……?


 わたくしには、騎士団長ご夫妻の決断は、恐ろしい怪物を生み出すように思えてならなかった。

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