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【連載版】教師ですもの、当然ですわ~婚約者のいる生徒は、他者と適切な距離を保つことを心がけましょう~  作者: 赤林檎


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3.問題のある生徒たち

 プリントを配布してから三日後、大商会を持っている子爵家の次男のエディ君が登校しなくなった。


 エディ君はふわふわのアッシュブロンドに、琥珀色の瞳を持つ、甘く整った顔立ちの子よ。『地上で光るお星様』なんて呼ばれているの。

 エディ君って、あまり身分が高くないでしょう? エディ君のこの二つ名は、『いつでも間近で見られる王子様』という意味らしいわ。


 エディ君はご実家の意向により、いずれ大商会を王家御用達にしてもらうために、フラヴィオ君の取り巻きをやっていたようなの。

 フラヴィオ君はエディ君のことなんて、取り巻きどころか、言いなりになる手下の一人程度にしか思っていない様子だったけれど……。


 エディ君は入学してからしばらくすると、目がだんだんと死んでいくものだから、わたくしは心配して見ていたの。

 サウル先生に対して、エディ君と個人面談して相談に乗るよう指示も出したのだけど……。

 サウル先生はマリサさんとの面談で忙しくて、指示に従ってくれなかったのよね……。

 まあ、サウル先生は元から、わたくしの指示になんて従ってくれなかったけれど……。

 わたくしは心配しつつ、担任であるサウル先生の顔を立てて、エディ君を見守っていたの。


 ――そんなある日、エディ君の目が生き返った。


 エディ君には、カロリーナさんという婚約者がいるの。カロリーナさんは貧乏公爵家の三女。二人の婚約は、親御さん同士が決めたものよ。

 カロリーナさんは格下の子爵家、しかも次男で爵位を継がないエディ君がとても不満だったみたいなの。エディ君に話しかけられても無視したりと、問題のある行動が多かったわ。

 わたくしもカロリーナさんには、口頭で注意したことがあったくらいよ。


 だけど、エディ君がフラヴィオ君の取り巻きとして、生徒食堂でマリサさんと同席したりするようになると……。

 カロリーナさんの様子が変わったの。


「エディ様、どういうことですの!?」

 カロリーナさんが、自分からエディ君に話しかけたのよ。


 わたくしは生徒たちの様子を見るために、昼食は生徒たちに混じって生徒食堂でとることにしていたの。

 エディ君はフラヴィオ君やウンベルト君、騎士団長の息子のドミンゴ君と一緒に、マリサさんの隣の席についていたわ。

 マリサさんは、わたくしと同じ席よ。学年主任として、マリサさんを放置しておけないもの。


「『どういうこと』とは、どういうことでしょうか?」

 エディ君はこの時には、まだ死んだ目をしていたわ。


「なんでこのテーブルでお食事されているのです!?」

「私がフラヴィオ殿下たちと一緒に、食事をとっていることですか……?」

 エディ君の表情が、さらに暗くなった。エディ君以外は、みんな上位貴族クラスの子たちばかりですものね。


「違うわよ! 男爵家の庶子が隣のテーブルにいることよ!」

 エディ君はマリサさんに死んだ琥珀色の瞳を向けた。

 マリサさんは戸惑った顔をして、エディ君とカロリーナさんを見比べていたわ。


 エディ君はマリサさんと目があうと、まるで花が開くみたいに華やかな笑みを浮かべた。


 ――わたくしはゾッとしたわ。


 わたくしも王立学園を卒業し、教師学校を経て教師となり、今では一年生の学年主任にまでなった。

 デビュタントとして社交界に顔を出したこともある。

 わたくしは地味な茶色の髪と瞳をした『貧乏子爵家の四女』ながら、それなりにいろいろな貴族たちを見てきたわ。


 ――ああ、エディ君、このタイプだったの……。


 エディ君は、ものすごく優秀な子なのよ。

 だけど、エディ君には、お兄様がいる。生まれながらに大商会の跡継ぎに決まっている、お兄様が……。

 家柄も子爵家よ。王立学園には、エディ君より爵位が上というだけの、エディ君より成績もなにもかもが劣る生徒が大勢いた。


「ちょっと、どこを見ているの!?」

 カロリーナさんは、エディ君を怒鳴りつけた。


 エディ君の目は、もう死んでいなかったわ。

 ――狩りの時間を迎え、歓喜する猛獣の目をしていた。

 エディ君は、マリサさんの価値に気づいてしまったのよ。


「そういえば、マリサ嬢が隣の席にいたな、と思いまして」

 エディ君の口ぶりは、カロリーナさんが指摘したから見ただけだと言いたげだった。

 その通りよ。

 間違っていない。

 一つの嘘もないわ。

 だけど……。

 エディ君の笑みは……。言葉は……。

 カロリーナさんに対して、別な意味を匂わせていた。


「ロザンナ先生、マリサ嬢、お騒がせして申し訳ありません」

 エディ君は、また華やかな笑みをマリサさんに向けた。

 カロリーナさんは唇を震わせながら、黙ってその場を立ち去った。


 エディ君はその日から目に光を取り戻し、事あるごとにマリサさんに話しかけるようになっていったの。


「次の授業は音楽室でだね。一緒に行こう」

 エディ君とマリサさんは同じクラスだから、当然ながら移動教室の行き先も一緒よ。音楽室以外にも、理科室とか、体育館とか……。


 マリサさんには婚約者がいないの。ああ、マリサさんに婚約者がいてくれたら……。きっとエディ君から守ってもらえたと思うのに……。


 あるいは、同じクラスの女生徒たちに、マリサさんのことを頼めたら良かったのだけど……。

 エディ君は『地上で光るお星様』。そのエディ君が、マリサさんをお姫様のように扱ったものだから……。

 同じクラスの女生徒たちには、とてもマリサさんのことを頼める雰囲気ではなかったの。


 エディ君はマリサさんの存在を使って、カロリーナさんの嫉妬を煽っていた。


 ――それと同時に、もう一つ……。


 これまでのエディ君は、フラヴィオ君のグループの中で、一人だけ下位貴族クラスという『除け者』だった。

 だけど、マリサさんという、王太子であるフラヴィオ君さえ興味を持つ『特別な価値ある存在』を見つけてしまった。

 グループ内で『自分だけがマリサさんと一緒のクラス』であるということに、優越感を覚えたようだったわ。


 マリサさんは、王太子であるフラヴィオ君すら欲しがる女の子。

 エディ君がついに見つけた、自分でも手に入れられるトロフィー。

 それが、マリサさんだった。


 ――エディ君……。


 エディ君だって、学生時代だけでも、上位貴族より優位に立ってみたかったのよね。わかるわ。エディ君にもプライドがあるのよね……。

 だけどね、エディ君、相手が悪いわ。

 学生時代には、終わりが来るのよ。

 その後はどうするの?

 この王立学園で踏みつけた相手が、国王陛下や騎士団長になるかもしれないのよ。


 あの子たちは、潔く負けを認めるような子たちではないわ。

 いくら大商会があったって、お金だけでは限界があるでしょう。

 エディ君は卒業後も、自分が無事でいられると思っているの?


 エディ君自身は、自分をすごく賢いと思っているようだけれど……。

 エディ君だって、まだ若いものね。まだまだ、いろいろなことがわかっていないのよね。


 わたくしは、できる限り生徒たちを守ってあげたかった。

 それはエディ君に対してだって同じよ。


 エディ君は、わたくしにとって、ただちに対処しないといけない問題児になった。


 だから、わたくしは警告文を貼り出して、生徒たちのご家族に向けてプリントを配布したの。


 エディ君も優等生タイプだから、わたくしの予想通り、プリントをきちんと親御さんに渡したわ。

 エディ君のご両親は、わたくしに面談の申し込みをしてきた。

 大商会を経営しているだけあって、動きがとても速かったわ。

 わたくしはすぐにでもお会いしたいというお返事をした。


 そして、エディ君のご両親にお伝えしたの。

「クーラ男爵家の庶子であるマリサさんとは、特に親しくなりたいご様子です。婚約者のカロリーナさんよりも、マリサさんが気になるようですわ」

 と――。


 エディ君のご両親は、他にもマリサさんに興味を持っている生徒がいないかと訊いてきた。

 わたくしは正直に、フラヴィオ君たちのグループのことをお伝えしたわ。

 エディ君のご両親は、わたくしにお礼を言うと、帰って行かれた。


「後のことは自分たちでやります。ご心配なく」

 なんて言いながら……。


 わたくしがエディ君にしてあげられることは、ここまでだった。


 カロリーナさんもプリントをご自宅に持ち帰って、ご両親に見せたようよ。

 カロリーナさんは、きちんとご両親と話し合いをしたみたいね。

 その結果、カロリーナさんのご両親は、エディ君との婚約を解消することに決めたの。


 ――ああ、エディ君も、もう終わりなんだわ……。


 まわりの人々への嫉妬にまみれながら。

 自分のプライドを満足させるために策をめぐらし。

 密かにマリサさんを利用しようとしていたエディ君……。


 そんなに賢いのなら、なぜ、わたくしの言葉を信じてくれなかったの……?


 ご両親と兄上は、エディ君に期待しているのよ。

 王太子殿下の友となり。

 三女とはいえ公爵家の娘を娶って王族との縁を結んで。

 その先――。

 大商会は、さらに大きくなるはず。

 エディ君にだって、きっとなにかしらの『良いこと』があるわ。

 だからね、エディ君――。


 わたくしは、伝えて問題のないことは、すべてエディ君に伝えたのに……。

 どれもこれも、エディ君にとっては、まるで魅力がなかったの?


 エディ君は、王太子殿下の求める女性を欲しがり、せっかく結んだ公爵家との縁も台無しにした。

 エディ君は学校に来なくなり、そのまま退学していった。


 ――商家には『商家の掟』がある、と聞いたことがある。


 その後、エディ君がどうなったのか、わたくしは知らない。

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