2.プリントを配布する
わたくしが校内を軽く見まわってから職員室に戻ると、事務員が生徒への配布物のプリントを持ってきてくれた。
わたくしが書いた文章を、事務員の方々にお願いして書き写してもらったの。
このプリントにも、『婚約者のいる生徒は、他者と適切な距離を保つことを心がけましょう』という内容を、より丁寧な文章で書いておいたのよ。
保護者の方々はこのプリントを読んで、お子さんと学園生活について、しっかり話し合っていただきたいわ。
このプリントを配布した翌日から、王太子殿下の婚約者のベアトリスさんと、宰相閣下のご長男のウンベルト君が登校しなくなったの。
ベアトリスさんのご実家は、おそらくこのプリントを読んでベアトリスさんと話し合いをして、王太子であるフラヴィオ君の行いを知ったのでしょうね。
フラヴィオ君ったら、男爵家の庶子のマリサさんにやたらと絡んで困っているのよ。
フラヴィオ君はゴールデンブロンドの髪に黄金の瞳という王家カラーを持つ、そこそこ鍛えている大柄な生徒なの。顔も……、整っている方なのではないかしら……? わたくしには、あまりよくわからないのだけれど……。女生徒たちには、『清廉なる騎士様王子』なんて呼ばれて、あこがれられたりしているわ。
あのフラヴィオ君が『清廉なる騎士様』ねえ……。
「マリサ嬢は元平民だから気にかけているのだ」
なんて偉そうに言って、フラヴィオ君は婚約者のベアトリスさんを怒らせている。
『清廉なる騎士様』なんて聞いて呆れるわ。
そんなフラヴィオ君のせいで、ベアトリスさんはマリサさんをいじめるようになってしまって……。
「貴族の流儀を教えてやるわ!」
とか言っておきながら……。ベアトリスさんったら、やることが生徒食堂で水をかけるとか、教科書やノートを破るとか、階段から突き落とそうとするとかなのよ……。これらのどこが貴族の流儀なの……。
ベアトリスさんも派手なゴールデンブロンドで、瞳は深い青。『王太子殿下の婚約者』であることを、鼻にかけているようなところのある子ね。
上位貴族クラスの担任のダビド先生は、フラヴィオ君やベアトリスさんのせいで、だいぶご苦労なさっていたわ。
――ああ、ダビド先生、お元気ですか……? 戻って来て、また上位貴族クラスの担任をやってほしいです……。上位貴族クラスの生徒の一部は、わたくしを『貧乏子爵家の四女』だとバカにして、先生扱いしてくれません……。
サウル先生にダビド先生をいきなり左遷されたのは、かなりの痛手だったわ……。味方なんて、多ければ多いほどいいのに……。
わたくしの実家も、急に伯爵家にならないかしら……。領地さえ持たない、名ばかりの子爵家には絶対に無理よね……。
「ロザンナ先生の家など、騎士爵とたいして変わらない」
とは、フラヴィオ君のお言葉よ。
騎士爵というのは、活躍した騎士だけに与えられる爵位よ。この国では『準貴族』という扱いで、子孫には受け継がれないの。一代限りの爵位であるせいで、貴族の中には、騎士爵を下に見ている者もいる。
フラヴィオ君には、言われたその場で注意したけれど……。
フラヴィオ君ったら、あらゆる方向に対して失礼すぎるわ……。自国の下位貴族、騎士、そして、教師であるわたくし……。
どこから注意したらいいのか悩んだくらいよ。
いずれ親御さんとも話さないといけないわね。ご家庭での教育に、だいぶ問題があると思うの。
――この国の行く末を考えると、フラヴィオ君とベアトリスさんの件を放ってはおけないわ。
フラヴィオ君の取り巻きたちも、放置してはおけなかった。
宰相閣下のご長男のウンベルト君は、フラヴィオ君の主要な取り巻きの一人なの。いずれはフラヴィオ君を支える宰相になる気でいるのよ。
プラチナブロンドを短く切り、青い瞳が印象的な、見た感じ優等生タイプの子ね。学園の制服である紺色のブレザーと、青と緑のチェックのパンツを、いつもきちんと崩すことなく着ているわ。
フラヴィオ君の主要な取り巻きの中では、お笑い担当というか、和ませ役というか、それほど害のない素直な子というか……。
他の子たちが、あまりに強烈だから……。
ウンベルト君なんて、なんだかちょっと良い子のように思えてくる時さえあるわ。
ウンベルト君は、放課後には女生徒たちに「勉強を教えてください」なんて言われながら、よく取り囲まれていた。
女生徒たちは陰で、ウンベルト君を『知性の煌めき』なんて呼んでいたわ。
あの日まではね……。
「マリサ嬢、その美しさは罪だよ」
ウンベルト君は王立学園の美しい中庭にある噴水の前でひざまずき、マリサさんの罪を断じていたの。
そのせいで、ウンベルト君の婚約者のレティシアさんが、その場に乱入してマリサさんのピンクブロンドの髪を引っ張ったりして大騒ぎになったのよ。
「マリサ嬢、あなたが悪いのよ!」
レティシアさんは、とても侯爵令嬢とは思えない形相で叫んだの。派手なハニーブロンドに、真っ青な瞳が印象的な、かなりの美人なのに……。美しさが台無しだったわ。
「そうだろう、レティシア! だから、私はマリサ嬢を断罪していたのだ! 私が好きなのは、レティシアだけだからな!」
ウンベルト君は、しれっとレティシア嬢の隣に並んだ。
わたくしは心から驚いたわ!
――そうはならないでしょう!?
断罪って、花の咲き乱れる美しい中庭で、する方がひざまずいてやるもの!?
明らかにおかしいわよね!
ウンベルト君らしいけれど!
これがいつものウンベルト君だけれど……!
「ああ、ウンベルト様! そうだと思っていましたわ!」
レティシアさんも、それでいいの……!?
わたくしが呆れた、次の瞬間。
レティシアさんはマリサさんの頬を打とうとしたの。
なんでマリサさんを叩くのよ!?
叩くならウンベルト君の方よね!?
「レティシアさん、淑女にあるまじき行いですよ!」
わたくしは、レティシアさんの手首をつかんで止めた。
レティシアさんはマリサさんを罵りながら、しばらく暴れていたわ……。
レティシアさんの気持ちも、わからなくはないのだけれど……。
わたくしは学園長と相談し、レティシアさんを停学処分にしてもらった。
レティシアさんにも、落ち着いて考える時間が必要だと思ったのよ。
レティシアさんは停学の期間が終わってからも、一度も登校していないわ。
わたくしがレティシアさんのご両親を学園に呼んで、保護者面談をしたからね。
きっとレティシアさんのご両親にも、いろいろと考えることができてしまったのよ。
レティシアさんの婚約者であるウンベルト君も、プリントを配布した翌日から登校していない。
ウンベルト君も、配布物を親御さんに渡したりするような部分だけはきちんとしているのよね。けっこう真面目なのよ。
今回のプリント配布を通じて、ウンベルト君のご両親にも、ウンベルト君の学園での様子がしっかり伝わったようで良かったわ。
ああ、でも……。もしかして、レティシアさんのご両親から伝わったのかしら?
ウンベルト君のご両親は、わたくしからの学園への呼び出しにも応じない、お忙しい宰相閣下ご夫妻ですものね……。
タイミング的には、プリントだけれど……。
どちらだったのかしらね?
レティシアさんとウンベルト君は、ウンベルト君の有責で婚約を解消したわ。
宰相閣下、敵対する派閥の長と手を組めなくなって残念だったわね。
ご子息をもっときちんとご指導していたら、こんなことにならなかったでしょうにね……。




