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夏のバス停で

作者: 清水ハル

ある日の夢を基に書いたお話です。




雨が、バス停のちっぽけな屋根を激しく打つ。

一面を覆う雨雲は薄明るいが、雨が止む気配はない。



夏休み。部活が昼までだったので、

いつものバス停でバスを待つ。

この方面に帰るのは僕くらいなので、帰りはいつも1人だ。



いつものごとくスマホゲームをしながら待っていると、

軽い足音が近づいてきた。



顔を上げると、そこには見慣れた顔

―クラスメートの神宮司つばめの姿があった。



「隣、いい?」



彼女がにこっと笑みを浮かべながら傘をたたむ。

うん、と頷くと、じゃ失礼、と言って

ベンチに腰掛けようとする。



「そこ、濡れてるよ」



僕が言うと、彼女は慌てて立ち上がり、スカートをはたく。



「早く言ってよ笑」

「言ったよ」



こういう抜けてるところも目が離せないんだよな、

と思いながら、部活用の予備のタオルを差し出す。



「大丈夫、ありがと」



そう言って彼女は高級そうなレースのハンカチを取り出し、

濡れたスカートを拭く。

…こういうハンカチを持ち歩くあたり、

流石お嬢様なんだよな。

まあ、うちの高校は田舎ながら、そういう人が多いけど。



「…え、この時間帯、バス2本しかないの?」

「そうだよ」

「いつも夜に帰るからわかんなかった」



彼女はそこそこ強豪の吹奏楽部所属だ。

僕のような弱小卓球部と違い、

夏休みでも毎日遅くまで練習している。



「今日さ、先生ブチギレて、本当に帰っちゃったんだよね」



おもむろに彼女が口を開く。



「で、どうする?てなって、しばらく自主練してたんだけど、

なんだかアホらしくなっちゃって昼前に解散したの笑」



そういうことだったのか。

どうりでいつもは見ない、この時間にここにいたわけだ。

けたけたと笑う神宮司の笑顔から、目が離せない。

彼女が笑うたびにボブの髪が揺れ、

節々から無邪気さが伝わってくる。



「…なんかさ、雨の日ってエモいよね」

「そう?」

「うん。何かが始まる前触れ、みたいな」



前触れ、か。

そんなふうに捉えたことはなかったな。



「前触れ?」

「うん。水って浄化するイメージでしょ?」



神宮司の話はいまいちピンと来ないが、

普段から彼女の独特な感性には惹かれるものがあった。



それから、しばらくの間沈黙が横たわった。

雨は、ましになるどころかゲリラ豪雨のように

バタバタと音を立てながら降り続く。

彼女はスマホを見るでもなく、

黙って降り続く雨を見つめていた。



霧がかった空気が、あたりを神秘的な雰囲気で包み込む。

何かの始まり、か。

僕は彼女の言葉を頭の中で反芻する。

クラスではただ軽く話すだけの僕たちにもまた、

何か変化は起きるのだろうか。



僕は彼女の端正な横顔に目を向ける。

ぱっちりとした大きな瞳。

上を向いた長いまつげ。

きゅっと口角の上がった、薄いピンクの唇。

少し濡れた、華奢な肩先。



彼女は僕の視線に気づいているのかいないのか、

ただ黙って降り続く雨を眺めている。

そんな彼女にどこまでも惹かれていた僕は、

思わず口を開いて言った。



「ねえ、キスしてもいい?」



思いもがけない言葉が口を付く。

彼女もこちらを振り返り、一瞬、目を丸くする。

自分で自分の発した言葉に驚いていると、

彼女もまた、思いがけない言葉を口にした。



「ハンカチ越しなら、いいよ」



唖然とする僕を尻目に、さっきのとは違う、

薄い桜柄のハンカチをポケットから取り出す。

小柄な彼女が一歩近づき、手を伸ばしてハンカチを

僕の唇の前に差し出す。

僕は呆然として動けないでいると、

彼女は首を傾げ、笑みを浮かべた。



「…いいの?」



綺麗に畳まれたハンカチを差し出しながら、

彼女は悪戯っぽく笑う。



「…冗談だよ」



僕は心臓の音が全身に響き渡っているのを悟られないよう、

平静を装いながら言う。


 


「だよね笑」



そう言って笑いながら彼女はハンカチをしまう。



「そういうのは、

ほんとに好きな人のためにとっておかないとね」



そう言って彼女は、人差し指でちょんと俺の唇に触れる。

その瞬間、顔が火を吹きそうなくらいに熱くなるのを感じた。




「…あ、バス来た」



ちょうどいいタイミングで、バスが滑り込んでくる。

彼女の視線は、即座にバスの扉に向けられる。

俺は顔が赤いのがバレずに済んでほっとしつつも、

彼女の悪戯な笑顔や指先の感触が頭を離れず、

悶々としていた。



バスの扉がゆっくりと開き、彼女が先に乗り込む。

俺はその後に続いてバスに乗り込む。



バスの中はガラガラだった。

なんとなく僕は、最後尾の席の端っこに座る。

彼女は後ろから2番目の2人席の窓側に座っていた。

耳からは、有線イヤホンの白いコードが伸びていた。



―そういうのは、

ほんとに好きな人のためにとっておかないとね。



雨が打ち付ける窓を見つめながら、

彼女の言葉が頭の中を反響する。



…ほんとに好きなのは、君なのに。



そう思いながら彼女の後ろ姿に目をやるも、

彼女はそんな想いには気づきもしないかのように、

ノリノリで音楽を聴いている。



相変わらずの無邪気な様子に安堵しつつも、

僕は胸の奥がちくりと痛むのを感じた。



バスがトンネルを抜け、カーブを曲がる頃には

雨は止んでいた。

彼女は僕の一つ前のバス停で降りようとする。

その後ろ姿を眺めながら、僕は物思いに耽っていた。



窓の外に目をやると、曇り空はすっかり明るくなり、

うっすらと光が差している。

それはまるでなにかを祝福するかのようで、

思わず目を奪われる。



バスが停まり、彼女は軽やかに降りていく。

その足元の水たまりが光を反射して、きらきらと揺れていた。



扉が閉まる直前、ふっと振り返った彼女が小さく手を振る。

僕は何も言えず、ただ黙って振り返す。



―いつかこの想いが届く日が来るのだろうか。



そんな問いを胸に抱えたまま、

バスはゆっくりと発車していった。





























ここまで読んでくださりありがとうございました。

雨の日のバス停での一幕、いかがだったでしょうか。

ご興味があれば代表作の長編や他の短編等も見てくださると嬉しいです。☺️

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