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獲物を仕留め損ねた化け猫が怒って、更に爪を振り上げるけれど、これはもう避けていい。
自由に避けれるのって、凄くありがたいなと思いながら、僕はその一撃を後ろに大きく跳んで躱す。
そして腕を大きく振って、袖から取り出した苦無、忍びが使う投擲武器を化け猫に投げた。
けれども、化け猫がにゃあと一声鳴くと、投げた苦無が地に吸い寄せられるように、落ちてしまう。
あぁ、この猫、もしかして金行の妖怪か?
金行は、吉次がやるように身体を金属のように硬化させる事もできるが、今のように金属を操ったりもできる。
もう少し具体的に言うと、磁力を発生させて金属武器の無効化が可能だ。
恐らく武芸者が化け猫を仕留めそこなったのも、この磁力による武器の無効化が原因だろう。
僕の攻撃をか弱い抵抗と見て取ったのか、化け猫はあざ笑うように一声鳴いて、大きく宙を跳ぶ。
猫がネズミを捕まえるように、前脚で僕を押さえ付けようとして。
しかし、ここからの相手は僕だけじゃない。
化け猫の前脚を、がっちりとその腕で受け止めたのは、割って入った吉次だった。
「吉次さん、多分、金行です」
「おぅ、よくやった。囲むまで火遁は使うなよ」
吉次に化け猫の属性を伝えれば、相克する火行の忍術はまだ使うなとの指示がくる。
……流石は、ベテランか。
僕は、吉次が抑えてくれている間に一撃を加えようと思って、準備に入っていた火遁、火行の忍術の行使を止めた。
確かに、包囲の前に苦手な火行を見れば、化け猫が警戒して逃げる恐れがある。
それならば、包囲して逃げ場を潰してから、一気に仕留めるのが上策だろう。
化け猫は、自分と組み合う吉次と、次に僕、いや、正確には血を流す僕の胸の傷を交互に見て、苛立たし気に野太い声で鳴く。
どうやら吉次と手強い邪魔者と認識したが、それでも目の前で血を流す獲物、僕を諦めきれずに怒っているらしい。
こちらから誘導してるとはいえ、自分に向けられる感情が強い食欲というのは、正直ゾッとしなかった。
「へへへ、食いたいか? やらねぇよ。アイツを食いたいなら、俺をどうにかしてからにしなぁ」
吉次は化け猫と組み合いながらも、馬鹿にしたような口調でそんな言葉を口にする。
化け猫が言葉の意味を理解しているとは思わないが、声の調子から自分が馬鹿にされてる事は察したらしく、怒りと共に牙を剥き出し、何度も吉次に噛み付く。
だが金行の忍術で己を硬化し、更に鎖帷子まで身に纏ってる吉次には、その牙も通らない。
いや、それだけじゃないか。
吉次は攻撃の受け方が抜群に上手いのだ。
金行を使うのは化け猫も吉次も同じで、互いに硬化を使い合えば、元々の鋭さで牙は皮膚を食い破るだろう。
鎖帷子を着込んでいても、それだけで全てを防げるという訳じゃない。
しかし吉次は、化け猫の攻撃に勢いがつかぬよう、力が籠らぬように、至近距離にありながらも上手く間合いをずらして受けてる。
この感想は二度目だが、流石はベテランだ。
あの技は、今の僕には真似のできないものだった。
やがて化け猫は埒が明かぬと、膂力で強引に吉次を振りほどく。
僕に代わって吉次が攻撃を受け、稼いだ時間はそんなに長くない。
でも忍びにとって、その少しばかりの時間があれば、同じ町の中で駆け付けるには十分である。
「待たせたな。どうだ?」
現れた六座が、吉次に問う。
既に化け猫は、前後左右を、僕、吉次、六座、茜に囲まれていた。
「アカツキが上手くやりましたよ。間違いなく金行でさぁ」
囲んでしまえば、この化け猫退治もそろそろ終幕だ。
化け猫の逃げ足がどんなに速くても、この包囲は簡単には抜けられない。
吉次の報告に六座は満足げに頷いて、
「そうか。なら仕留めるぞ。茜、アカツキ、娑三華だ。合わせろ」
僕らに仕上げの指示を出す。
吉次が下がり、僕、茜、六座が少し動いて、包囲の形は三角に変わる。
化け猫は、これまで経験した事のない状況を警戒してるのか、僕らの隙を伺うようにジッと見て、今は動かない。
でもその判断は、間違いだった。
気と呪力を混ぜて練り、生み出されるエネルギーに火の属性を付与して、娑三華の準備が整う。
娑三華は、名前は多分、山茶花に掛けてるんだろうけれど、三人掛かりで使う火遁、火行の忍術だ。
僕、茜、六座は同じ速度でゆらゆらと、化け猫を中心に円を描くように歩く。
そして三人の位置が入れ替わり、描いた円が完成した瞬間、その内側では天にも昇る業火が起こる。
身を焼かれた化け猫は、驚きと苦しみに鼓膜の裂けそうな悲鳴を上げるけれど、もう打つ手なんてありはしない。
そして、やがて僕らが足を止め、娑三華の火が消える頃には、そこにはもう何も残っていなかった。
河西の国と湖南の国の境にある宿場、それから色街を脅かした化け猫の退治も、これで終わりだ。
六座は、茜に僕の手当てを言いつけて、吉次を連れて色街に支配人への報告に向かう。
「アンタ、運が悪かったね」
滞在用にと貸し出された部屋に戻って、僕は茜の治療を受ける。
胸の傷を見た茜はそんな風に言ったけれど、僕は首を横に振った。
まさか、そんな事は少しもない
二割が死ぬという初任務を生きて無事に乗り越えたのだから、幸運とまでは言わなくとも、不運である筈がないだろう。
「ふぅん、そう」
そう言って茜は、それ以降は特に喋る事もなく、僕の傷を水で洗って、擦り潰した薬草を塗ってくれた。
とても丁寧に、優しい手つきで。




