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「どうだった?」

 門を出ると、そこで壁にもたれて待っていた頭領が身を起こして問うてくる。

 改めて考えると、僕の用事で頭領を待たせてるって、結構とんでもない事だろう。


「許可はもらえました。それから、あの方が守り神だって言われてる理由が、よくわかりましたよ」

 もちろん頭領が待っててくれたのは、それが大蜘蛛様に面会するという用事だからだ。

 大蜘蛛様はそうさせるだけの存在だって事が、面会してみて良く分かった。


 僕は、彼女と幾らか語り合っただけなのに、自分の心身のバランスが取れた事を、今は明確に実感してる。

 知らず知らずのうちに囚われていた枷から、解き放たれたような心地だ。

 そうなれたのは、ここ最近の心の変化で、僕が前向きに今の状況を受け入れようとしているからってのも当然あったんだろうけれど、それでも大蜘蛛様が与えてくれた切っ掛けはとても大きい。

 亀の甲より年の功とは言うけれど、……あぁ、大蜘蛛様は妖怪ではあっても女性だから、あんまり年齢に関して言及するのは命に関わるかもしれないが、里を興りから見守ってきた守り神との会話は、僕の心によく効いた。


 恐らく大蜘蛛様は、僕が前世の記憶を持ってる事に関して、まだ何か知ってるのだろう。

 例えば、どうして僕に前世の記憶があるのか。

 特別な力を持った子供が生まれるっていう、天の両眼の日とは一体何なのか。


 そもそも、あれ等は本当に月なんだろうか?

 僕の知る限り、天に輝く二つの月は、何時も似たような距離を保って並んでる。

 あれが別々の衛星だとしたら、そんな事はあり得ないと思うんだけれど……。


 だけどそれを追求する心算は、今はなかった。

 この世界に生きる人々はあの不思議な月も当たり前のように受け入れているし、僕が知る必要のある事だったら、多分、大蜘蛛様は教えてくれたと思うのだ。

 故に、今の僕はそれを知る必要はないのだろう。

 或いは、それを知る事による弊害だってあるのかもしれない。


「大蜘蛛様が、上忍になったらまた会いに来いと」

 話の最後に、大蜘蛛様から上忍になったらまた会いに来るようにと言われた。

 ただ今の浮雲の里で上忍になるのは、生半可な事じゃない。

 そもそも上忍は、実力次第でなれる中忍とは全く別の存在だからだ。


「上忍か。それは随分と見込まれたな。……だが今の里の状況とアカツキなら、上忍になれても不思議はないが、大変だぞ」

 頭領も僕の言葉に、少し驚いたような顔をする。


 今の浮雲の里にいる上忍は六人。

 いずれも里を支える名家の当主だ。

 これに加えて頭領に後継ぎができれば、その子が次の頭領になるまでの間は上忍として扱われる。

 基本的に浮雲の里にいる上忍の数は、六人ないし七人。

 つまり上忍とは里を差配する役職であり、これを決めるのはその身に流れる血であった。


 但し例外として、他の里にまで名を恐れられる程の戦果を挙げた忍びは、特別に一代限りの上忍となる。

 または開祖が扱ったという、気、法力、呪力の三つを混ぜ合わせたエネルギーを使用する忍術を会得した場合も、同様に。


 そして頭領の言う通り、今の里の状況から考えると、……上忍になる最も手っ取り早い道は、先代の頭領や上忍達を皆殺しにした、舶来衆の幹部、サンドラを討ち取る事だろう。

 いや、僕の場合、忍術の修練に注力して、気、法力、呪力の三つを混ぜ合わせたエネルギーを使いこなせるようになった方が早いかもしれないが、どのみちそんな強力な忍術を使えるようになっても、使い道は舶来衆との戦いだろうから、結果的にやる事は一つも変わらない。

 寧ろ少しでも勝率を上げる為に、忍術の修練は少しでも注力しておくべきだった。


「どのみち、舶来衆との戦いは避けられないですしね」

 敵を倒す道の途中に、或いは敵を倒した先に上忍という目標があるなら、それを目指すのも悪くはない。

 そんな風に考えて、僕はそう口にしたんだけれど……。


「いや、それが、……もしかすると、法衆が動くかもしれない。舶来衆との戦いに関して説明しろと、都からの召喚状が届いたんだ」

 しかし頭領は眉を寄せて首を横に振り、想定外の言葉を返してきた。

 ……だが、なるほど、そういう事もあり得るのか。


 法衆というのは、都を守護する高僧達の事だ。

 これを説明するには、まず都が何なのかから説明しなきゃいけないんだけれど、これまで河西の国や湖南の国、豊安の国や六山の国、月湖の国や緑砂の国、開戸の国等の様々な国を見てきたけれど、これらの国は僕の感覚から言うと領と呼ぶ方がしっくりくる。

 というのも、それぞれの国の規模は小さく、また国を治めるのも国王ではなく、国主だから。


 一体何が違うのかといえば、国主は国の主である事を任じられて、それぞれの国を統治していた。

 つまり国主を国の主に任じられる、それより上の存在が他にいるって事である。

 それこそが神武八州と呼ばれるこの地を統べる皇、或いは天子と呼ばれる存在だ。

 全ての国主は、この皇からそれぞれの国の主として任じられているから、国の差配、統治をする事ができている。

 この皇が住まう場所こそが、都と呼ばれるこの地の中心だった。


 そんな都に、頭領は呼び出しを受けてるという。

 しかもその理由は、舶来衆との戦いに関する説明を求められての事らしい。

 また随分と急な話だけれど……、あぁ、これは舶来衆の幹部が、海外の妖怪であるという話が伝わったのだろうか。


 これまで都が忍びの戦いに口を挟んでこなかったのは、それが忍び同士の争いだからだ。

 元々、都はこの地で起きる戦いに関して、過度な干渉は行わなかった。

 国同士が戦争になっても、あまりに規模が大きくなったり、仲裁を求められたりすれば動く事もあるけれど、名分があっての戦いならば基本的には口を挟まない。

 だから忍び同士の争いならば、国同士の争いよりも更に干渉なんてして来る筈がなかったんだけれども、これが海外の妖怪による神武八州への侵略であるなら話は全く変わってくる。


「どうするんです? いや、それよりも、急いで出立しなくていいんですか?」

 舶来衆の末端は妖怪に魅了された人間で、開戸の国も舶来衆に、その幹部である海外の妖怪に乗っ取られてる。

 こう伝えれば、場合によっては神武八州を統べる皇が周辺の国主に開戸の国を、舶来衆を討てとの号を発する事もあり得るだろう。

 開戸の国は大きく、繁栄していて、それを乗っ取った舶来衆、更にその幹部の力は強大だが、周辺国が連合を組み、更には法衆までもが妖怪退治に乗り出せば、流石にどうしようもない筈だ。


 しかしその場合、浮雲の里が舶来衆を、先代の頭領や上忍達の仇を討つ機会は失われる。

 もちろん浮雲の里もその戦いに協力せよとのお達しはあるかもしれない。

 だが戦いの主役が忍びでなくなる事は間違いなかった。


「アカツキを供にしようと思って、用事が終わるのを待ってたんだよ。休む間もなくで悪いが、付き合ってくれ。どう伝えるかは、正直迷ってる」

 あぁ、それを相談したくて、僕を供にするべく、こちらの用事を先に片づけてくれたのか。

 そして迷ってというならば、頭領にも先代達の仇を取りたいって気持ちや、これからの浮雲の里には舶来衆を打ち破ったって実績が必要だと、そんな考えがあるって事だ。


 これは本当に、実に難しい問題である。



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