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忍術の習得が早い僕は、十三歳になる頃には大人顔負けの実力、なんて風に評される事が増えた。
ただ忍術だけが忍びの全てではないので、こんな評価は適当に囃し立ててるだけのものだろうから、少しもあてになりはしない。
何しろ一番最初に教わる火吹きの術も使えない忍びが、実は武芸者も顔負けの気の使い手だったりする事もあるのだから。
客観的に見ると、同世代の忍びよりは頭一つ飛び抜けてるが、他を置き去りにする程の圧倒的な才がある訳ではない……、つまり天才には手の届かない秀才といったあたりになるのだろう。
ただ幾つかの忍術に関しては、習得した後に少しばかりそれを改良して、その事は他の忍びには秘密にしていた。
どうやら僕は、忍術に関しては本当に幾らかの才があるらしい。
恐らくそれは、前世の記憶があるからなんだろうけれど、精神力に由来する力、法力や呪力が、かなり強い出力で扱えるのだ。
別の世界で生きた経験が、高僧や陰陽師のように、僕の心を強くしているんだろうか。
肉体に関しては生まれてこのかた、忍者としての修行をずっと積んで鍛えているから、気の力もそれなりだった。
実際、殆どの忍びは大体が修行のお陰で気の力は強いが、法力や呪力の出力が弱い為、強力な忍術を扱いきれてないって印象がある。
でも僕はさっき言った通り、気よりも法力や呪力の方が強いので、結果として他の忍びよりも忍術の扱いが上手いって訳だ。
そして高度な忍術には、気よりも呪力や法力の出力こそが重要なものが幾つもあるそうだから、僕が忍者としての真価を発揮できるのは、それらを会得してからになるだろう。
尤も高度な忍術は下忍の身分じゃ教わったり、秘伝の書を見せて貰う事もできないから、それを会得できるのは若様の側近として中忍になってからの話である。
つまりは少なくとも数年は待たねばならなかった。
とはいえ大人顔負けの、一人前に近い実力が身に付いたと判断されれば、待っているのは実戦を伴う任務だ。
普段は若様の傍に仕える僕だけれど、若様が大蜘蛛様にお目通りをしている間、およそ一週間程はその役割から解放されて……、他の忍びと合同の任務に駆り出される事となった。
そこで休みじゃなくて別の任務に行けってなる辺りが、実に忍者らしいなぁって思う。
休みだったら、その一週間は修行と称して森で過ごそうと思ってたのに。
しかし不満を言ってもどうにもならないし、僕が成長する為にはきっと実戦も必要だろう。
幸い任務の内容も、村を焼き払えだとか子供を攫えだとか心苦しい物ではなく、妖怪の退治って話だし。
「いや、アカツキ、お前さんもついてねぇなぁ。初任務が妖怪の相手だなんてよ。これも若様の側近への期待のあらわれって奴かねぇ?」
ニヤニヤと笑いながら、こちらを煽るような口調で言ってくるのは、今回の任務の同行者の一人で、下忍だがベテランの実力者である鉄の吉次。
ちなみに鉄というのは、金行に属する己の肉体を硬化するという忍術が得意だからって、吉次が自分で名乗ってる二つ名だ。
忍びが自分で二つ名を名乗るって、物凄く小物臭がするんだけれど、それでも齢三十を超えても生き残り、実戦任務に出続けてる下忍なので、実力は間違いなかった。
確か、硬化以外には忍術は碌に使えないって話だけれど、体術に優れ、気の扱いにも長けるらしい。
「なぁ、知ってるか? 里の忍びは初任務で半分が死ぬんだってよ。そうならないように、アカツキよ。お前は俺の後ろにしっかり隠れてろよ」
僕が返事を考えてると、吉次は更に絡んで来るけれど……、いや、なんか庇ってくれるみたいな事を言ってる。
こんな絡み方してくるのに、こいつ、もしかして優しい奴なのか?
恩を売ろうとしてるのかもしれないけれど、実は初任務で少し緊張していたので、その言葉はありがたくて、僕は吉次に向かって頭を下げた。
尤も、忍びが初任務で半分死ぬというのは些か以上に大袈裟な話だ。
実際には二割くらいで、本当に半分が死ぬのは大体ニ十歳までに、みたいな話である。
大袈裟に脅してるのか、単に吉次が数字に弱いのか。
……ちょっと後者な気がしてしまう。
「やめろ、吉次。新入りに絡むな。それから、甘やかすな。アカツキ、初任務でも俺の班に入る以上はしっかりと働いて貰う。確かお前は、五行を一通り扱えるんだったな?」
そんな吉次に対して叱る声を発したのは、今回の任務で編成された班のリーダーである中忍の六座。
二十を幾つか過ぎた年頃の六座は、吉次よりも年齢は下だが、中忍なので立場は明確に上となる。
恐らく、実力もだ。
さっきの話の通り、里の忍びはニ十歳までに半分が命を落とすので、それを越えて生き残ってる六座もまたベテランで、運と実力を兼ね備えているのだろう。
五行というのは、この世界にある陰陽とはまた別の軸の属性だ。
木、火、土、金、水の五つの属性があって、これと陰陽で世界は構成されるという。
例えば、火の陽は熱が上がり、火の陰は熱が冷えるといった具合に。
この五行の属性を、主に呪力と気を混ぜ合わせて練った力に付加する事で、基本的な忍術は発動する。
多くの忍びは得意な属性と不得意な属性があって、吉次が金行の忍術しか使えないように、得意な属性の術しか使えなかったり、或いは不得意な属性だけは使えなかったりするのだけれど、僕は五行のどの属性も、別に得意でも不得意でもなかった。
妖怪はこの五行のいずれかの属性を強く帯びている事が多く、相克する、弱点となる属性で攻めれば滅ぼし易くなる。
また吉次を例に出すと、対象の妖怪が木行、木々や風、雷の力を扱う場合、金行の忍術を使う吉次は有利に戦えるだろう。
しかし妖怪が火行、火や熱の力を扱う場合、吉次は手も足も出なくなりかねない。
だから班のリーダーである六座は、事前に知ってはいても念の為にもう一度、僕に扱える属性を確認したのだ。
五行の一通りを扱う。
これが恐らく、僕の初任務が妖怪の退治となった理由だろう。
ベテランの下忍の吉次と、中忍の六座、それから僕と……、最後にずっと黙ったままの少女、名前は確か茜で、僕より少し年上の齢が十五の彼女を加えた四人で、今回の妖怪退治は行われる。