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「一刻も早く、我らはそれぞれの父の仇を討つ為に動かなければなりません!」

 合議の席で、新たな上忍となった一人が若様に、もとい新たな頭領にそう訴える。

 今行われてる合議は、里の首脳である頭領と上忍がお互いの考えや人柄を把握し、意見を交換し、これからの里の動き、方針を決める為に行われていた。

 では何故、僕がこの場にいるのかといえば、若様が頭領になった事で、僕も正式に側近衆となったからだ。

 尤もこの場での発言権がある訳じゃないので、黙って頭領の傍に控えるのみだが。


 しかし先程からその上忍は、感情的にその訴えを繰り返すばかりなので、合議の場には少し辟易とした空気が流れ始めてた。

 幼い頃から親元で育てられた頭領はともかく、上忍は十歳になるまでは他の忍びと同じように、親の顔を知らずに育った筈だが、どうしてそこまで感情的になってるんだろうか?

 そりゃあ、親を失って哀しいって気持ちは頭領にもあるだろうが、今は里が揺らがぬように差配するのが先決だと、感情を飲み込んでこの場に座っているのに。


 ちなみに頭領は、今は里が負った痛手を回復するべき時で、舶来衆に対しては守りに徹するべきだって考えらしい。


「……アカツキ、お前はどう思う?」

 不意に、頭領の視線がこちらを向いて、僕に意見を問うてきた。

 もしかして、賛同意見が欲しくなったのか、それともこの空気を換えたいのだろうか。

 うぅん、多分、後者かな。

 側近衆が頭領に賛同する意見を出しても、上忍達には特に響かないだろうし。


 場の面々の視線が、僕に向く。

 正直、こういうのは苦手だが、……だが問われた以上は答えなきゃいけない。


「先代の頭領や、上忍の方々の仇を討つ事は不可能です。ですが、舶来衆に対しては変わらず攻めねばなりませんし、仇を討つ為の動きも見せねばなりません。その理由は三つあります」

 不可能だの言葉に、先程から仇を討つ事を訴えていた上忍の顔が不快そうに歪むが、頭領の指示で話す僕の言葉を遮る事はしなかった。

 でも頭領は、自分とは真逆の意見を述べる僕に黙って頷き、言葉の続きを催促してくる。


「一つ目は、同盟に対して浮雲の里が弱ったと思われる姿を見せれば、彼らが戦いから離れる恐れがあります」

 三つの理由がありますとは言ったが、それはどれも単純な事だ。

 全てはここで弱った浮雲の里の姿を見せればどうなるかって話に過ぎない。


 まずは同盟に対してだが、浮雲の里が弱った姿を見せれば、渦潮の里はともかくとして、雪狼の里は足並みを揃えて戦ってはくれなくなる可能性が高かった。

 元々この同盟は、浮雲の里が三猿忍軍と舶来衆に攻められるからと、舶来衆を嫌う他の忍び勢力を誘って成立したものである。

 故に同盟を主導する立場である浮雲の里が守りに徹する、消極的な姿勢を見せるようだと、戦いの負担を他に押し付けているようにも思われてしまう。


 渦潮の里は、海の支配権を巡って舶来衆とは戦い続けてるから、浮雲の里がどうあれ戦う姿勢は崩さない。

 しかし雪狼の里は、自分から手を出さなければ、舶来衆が先に狙うのは、浮雲の里や渦潮の里になるのだ。

 浮雲の里が揺らぐ今、雪狼の里に戦いから手を引かれれば、状況はますます悪くなる。



「二つ目は、里の内側に対して弱気な姿勢を見せれば、里の忍びが不安、不満を抱き、統制が難しくなります。また先代の頭領や、上忍の方々の仇を討たない事に、反発もあるでしょう」

 次は内側に対してだが、里の忍びも頭領や上忍が替わった事で、この先どうなるのかを不安に思ってる。

 この状況で新たな頭領や上忍が弱気な姿勢を見せれば、里を見限って離れようとする者が出てくるだろう。

 実際、僕だって頭領が別の誰かだったなら、今が好機とばかりに里を抜け出していた筈だ。


 一人が抜ければ、櫛の歯が欠けたように、次々と抜けていく。

 また抜けぬ者はその状況に不満を抱き、責任は不甲斐ない頭領や上忍にあると考える。


 そして上忍の方々の仇を討たない事への反発は、少なくとも目の前に一人、確実にしそうな者がいた。


「三つ目は、敵に対して守勢に回れば、彼らの機で戦いを仕掛けられる事になります。今はどうしても幹部の脅威にばかり目が行きますが、舶来衆の戦闘員が使う銃は、力を発揮する場が整えば大きな脅威となります。こちらが攻め手である事の主導権は、手放してはなりません」

 最後は敵に対して弱気な姿勢を見せ、戦いの主導権を手放せば、敵に有利な状況での戦いを強いられるようになる。

 舶来衆の戦闘員が使う銃は、数を揃えて並べられると手が付けられない武器だ。

 しかし運用には色々と制限がある為、これと戦うには銃が使い難い状況で戦いを仕掛ける事が重要だった。

 それこそ、狙いが付けにくい夜に夜襲で一気に距離を詰めるという忍びの戦い方は、銃の強みを殺す戦い方である。

 もしも浮雲の里が守勢に回れば、舶来衆は悠々とこちらを攻める場を整えてから、銃を並べて忍びを撃ち殺しに来るだろう。


「仇を討つのは不可能か。それなのに動きを見せるというのは?」

 僕が三つの理由を並べ終えると、頭領は更に問うてくる。

 確かにさっき並べたのは、舶来衆と戦い続けなきゃいけない、こちらから攻めなきゃいけない理由ばかりだ。


 だけど仇を討つのが不可能な理由は物凄く単純だった。

「先代の頭領や上忍の方々が敵わぬ相手に、今の里に勝てる者は居ないでしょう。ですから不可能と申し上げました。しかしそんな強さに、なんの秘密がないとも思えません。相手の強さの秘密、弱点、動向を調べる為の諜報こそが、仇を討つ事に繋がると考えます。我らはそれを得手とする忍びですので」

 何しろ、里で最も強い忍び達が殺されてしまった相手である。

 代替わりしたばかりの頭領も、上忍達も、先代達には遠く及ぶまい。

 下手をすると、先代達が持っていた秘術の幾つかは、今代には受け継がれずに絶えてしまった恐れだってあった。


 ……案外、仇を討つ事を強固に訴える上忍は、これを誤魔化す為にそうしてるんじゃないだろうかと、ふと思う。

 先々代がまだ存命な家は大丈夫だろうが、あそこは確かそうじゃなかったし。

 秘術が失われたとなれば、上忍の地位を守り続ける為の力を失ったって事になる。


 これは、頭領と一度相談した方がいいかもしれない。

 上忍も里を守る前に自分の地位を守らなければならないから、場合によっては里に不利益を齎す動きを取りかねなかった。


「……なるほど。さて、皆はどう思う? アカツキの意見は俺とは違ったが、考慮に値する説得力のあるものではあった。改めて皆の意見を聞きたい」

 僕の言葉を聞き終えた頭領は、何度か深く頷いた後、上忍達を見回して意見を求める。

 すると上忍達が自分の意見を述べだして、合議はまだまだ終わりそうにない。

 件の上忍は、僕を物凄い目で睨んできたが、意見を求められれば再び仇討ちを主張してた。


 それを聞きながら改めて、頭領の側近は、僕には向いてなさそうだなぁって、そう思う。




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