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 次の瞬間、僕の放った火行の忍術、火遁、銀倍火による真っ白な炎が、その子供の体を包み込む。

 炎の色はその燃焼温度で変化するが、この忍術による炎は並の火と比べて倍程は熱い白い炎なので、銀倍火だ。

 燃焼温度による色の変化には、更に熱い青い炎があるけれど、ここまで高温の温度になると、殺傷能力はあまり変わらないだろう。


 これは僕が浮雲の里の忍術を改良した物である。

 今まで、ずっと秘匿して来たけれど、今、このタイミングに限っては、その使用に躊躇いはなかった。

 いや、躊躇ってる余裕なんてないと考えたのが正しいか。


 こんなところに、単なる子供が迷い込む筈なんてない。

 しかもその子供は、真っ赤な髪に、輝くような金色の目をしていたから。

 その正体が舶来衆の幹部、つまりは海外の妖怪だって、誰にでもわかるだろう。

 また以前と同じように、妖怪を前にして、僕の胸の古傷も疼いてる。

 ……本当に、サンドラと似たような登場の仕方なんてしないで欲しい。


 秘匿した忍術の一つや二つ、舶来衆の幹部を仕留める為ならバレてしまっても構わなかった。

 どうせ、三猿の忍術を解析、再現したり、そこから新たな術のバリエーションを増やした事で、僕の忍術の腕は既に知られてしまってる。

 以前、別の舶来衆の幹部、サンドラに遭遇した後、強力な術の開発をしたのだと言えば、多分通る筈だ。

 それに銀倍火は威力は高いが、その分、術の燃費も悪い為、他の忍びが簡単に真似れる忍術じゃない。


 しかし、そんな覚悟と共に放った白い炎を受けても、

「本当に酷いなぁ。さては君が、サンドラに怪我をさせたって忍者だね? 悪いなぁ。悪いなぁ。悪い侵略者は殺さなきゃ」

 何て言いながら、現れた舶来衆の幹部はケラケラと笑ってる。

 そしてその笑い声と共に、舶来衆の幹部の小さな体は急に大きく膨らんで、みるみるうちに見上げる程の巨体に成長してしまう。


 背の高さは、防壁の上に作られた物見櫓と同程度だから、十メートル程か。

 体重はもう、想像も付かない。


「なんだこの巨人は!?」

 中忍の一人が驚きの声を発するが、僕はこの妖怪の正体に察しが付く。

 多分、この海外の妖怪はスプリガンだ。

 前世の知識に、薄っすらとある。

 人狼のようにメジャーな化け物という訳ではなかったが、漫画だかアニメだかでその説明が取り上げられてて、頭の片隅に引っ掛かるように残ってたそれが、今、転がり落ちて来た。


 スプリガンは、普段は子供だったり、人の半分程の背丈しかない小人だが、いざ戦いになると見上げる程の巨人になる妖精だ。

 その役割は守護者で、遺物や遺跡を守るという。


 つまり先程からスプリガンが口にしてる悪い侵略者とは、彼が守護する何かに、僕らが脅威を齎してるって意味だと思われる。

 するとスプリガンが守護する何かとは、この砦か、……いや、開戸の国の全体か。

 自分が守るべき対象が脅かされたから、このスプリガンは何らかの能力でこの場に駆け付けた可能性が高かった。


 これは、実に厄介な相手だ。

 僕の想像が当たっているなら、開戸の国のどこを攻めても、このスプリガンが現れるって事になる。

 何が何でも、今、この場で殺さなきゃならない。

 そうしなきゃ、開戸の国を舞台とした舶来衆との戦いでは、何時、どのタイミングでこのスプリガンに奇襲されるかわからないって恐怖に、ずっと付き纏われる事になってしまう。


「火行はあまり効きません。手応えから、恐らく土だと思われます」

 だが幸いにも、相手の属性には察しが付く。

 使った忍術は火行だったが、同じ属性だから効いてないという訳ではなさそうで、相克されてるって感じでもない。

 すると相生、吸って力に変えられた可能性が高かった。

 その後、急に大きくなったのも、単に戦いが始まったからってだけじゃなくて、僕の忍術を吸った影響もあるんだろう。


 もちろん、土属性の妖怪だからって必ず火行の力を吸える訳じゃないんだけれど、……流石は舶来衆の幹部と言うべきか、かなり強力な妖怪だ。

 だが、殺し切れない程じゃない筈。

 若様がこの場にいる事は心配だが、周囲にこれだけの数の忍びがいれば、最悪の場合でも若様を逃がすくらいは容易い。

 また既に中忍の一人が若様を庇える位置に入っているし、何よりもスプリガンの視線は、今は真っ直ぐに僕に向いてた。


 けれども、

「撤収だ! 既に目的は果たしている。ここで化け物の相手をする意味はない。無駄死には避けろ!」

 辺りに若様の声が響く。

 鶴の一声に、戦う心算だった僕や、他の忍びの戦意は霧散する。


 ……あぁ、若様が正しい。

 僕らの目的は、砦を破壊した時点で達成だ。

 いや、より正確には、この場に幹部の一人を引っ張り出せた事で、浮雲の里が行う、三猿忍軍の里攻めに注意を向けさせないって役割は、より強く果たせたと言えるだろう。

 確かに、ここで無理に犠牲者を出すよりも、速やかな撤退を選ぶ事は正しい判断だった。

 今の戦力ならばスプリガンは殺せるだろうが、一体何人の犠牲が出るかはわからない。

 そう考えると、この場で戦うのは確かに気が逸り過ぎではある。


 ただ、後々まで見た場合、スプリガンという脅威を残してしまう事が、果たして正しいかどうかは疑問だけれど……。

 僕はスプリガンの能力を推察できたが、前提となる知識を持たない若様が、違う判断をするのは当然か。


「口寄せ、鬼蜘蛛。アレの足を止めろ!」

 そして若様は、地に手を突き口寄せを、契約を交わした妖怪を召喚する忍術を使い、体長が五メートルはあるだろう巨大な蜘蛛を呼び出した。

 どうやら若様は、あの蜘蛛の妖怪に殿を任せる心算らしい。


 ……あれが、口寄せの忍術か。

 初めて見る忍術に強く興味を惹かれるが、けれども今は好奇心を剥き出しにしてる場合じゃない。

 若様が決断した以上、僕の判断よりもその指示が優先だ。


 鬼蜘蛛と呼ばれた蜘蛛の妖怪は巨大だが、それでもあのスプリガンと比べれば、その姿は頼りなく感じてしまう。

 妖怪の強さは、見た目や大きさだけではないとわかってはいるんだけれども。

 僕は使おうとしていた忍術を切り替えて、辺りに霧を出現させる。

 同じ事を考えた忍びは複数いたらしく、辺りはあっという間に濃い霧に包まれた。


 その霧を切り裂いて、太い腕が降ってくるけれど、それを大きく跳び退って避けた僕は、踵を返して一目散に走り出す。

 背後から、地を叩く轟音がして、次に蜘蛛の怒りの声と、巨人の野太い雄叫びが響くが、そんなものは一切無視して。



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