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 街道近くの森の中、定められた集合場所に集結した忍びの数は、中忍、下忍合わせて百二十名。

 これは軍としては物足りない数だが、一人一人が忍術や特殊な戦闘技法を会得してる忍びの部隊だと考えると、実に大きな戦力だろう。

 その中には、当然のように僕も含めた若様の側近候補がいるけれど、その顔ぶれからは小一と、もう一人数が減っていた。


 時間は、もちろん二つの月が天に輝く深夜。

 今日の月は半月で、二つをぴったり合わせると、一つの満月になりそうだ。


「者共、砦攻めだ」

 若様の声は、大きくはないけれどよく通って、この場の皆の耳に届く。

 大勢を前にしての堂々とした姿には、やはりこの方は人の上に立つ者として生まれてきたのだなと思わされる何かがある。

 そう感じてるのは、きっと僕だけじゃないだろう。


「目的は占拠ではない。破壊だ。敵も砦も物資も、全て焼き払え」

 言葉は実に破壊的だが、そこに込められた感情はなかった。

 淡々と、為すべき事だけが告げられる。

 そう、今回は敵の砦を落としても、そこを占拠して保持するは不可能だし、物資だって持ち帰れない。

 何の利もなく、ただ敵を倒し、殺す為だけの戦いだ。


「中忍は敵の幹部、妖怪の出現を頭に入れて警戒しろ。速やかに終わらせて、開戸の軍が動く前に撤収するぞ」

 舶来衆の幹部が、こんな国境付近の砦に詰めているとは考えにくいが、それでも開戸の国は舶来衆の勢力圏である。

 砦攻めに時間を掛ければ、幹部である妖怪が出現する可能性はあるだろう。

 また、騒ぎを聞きつければ開戸の国の軍も動く。

 開戸の国が舶来衆の、妖怪の支配下にあるとしても、公にできる名分もなしに、国の軍と表立って戦いになるのは拙かった。

 忍びが表の世界への野心を見せて国盗りを始めたと、多くの国に思われて、無用な警戒をされかねない。


「では手筈通りに、掛かれ」

 若様の言葉に忍び達は、応と一声、揃えて答えて動き出す。



 関所のように街道を跨いで造られた砦を囲う防壁の門は、この時間は当然のように閉まってる。

 こうした砦を幾つも有する事で、舶来衆は開戸の国に出入りする旅人の数や身元を把握し、忍びの侵入を阻止してた。

 もちろんこうした砦を避け、森を通って国境を越える事は可能だけれど、突如として消えた、また湧いた旅人の姿は、意外に目立つものなのだ。

 故に開戸の国への侵入は、他の国に比べて段違いに難しいとされる。

 更に国を牛耳るのが海外の妖怪であるならば、もう開戸の国は十分に忍びにとっての死地で、魔境と呼ぶべき場所だった。

 さて、今回の攻撃は、そんな魔境の守りを少しでも揺らがす、舶来衆にダメージを与える一撃になるだろうか。


 防壁に設けられた物見櫓の下へとそっと近づいた二人の忍びが、互いに手を組んで構え、更にもう一人がやって来てその手の上に足を乗せる。

 二人が組んだ手を大きく、その上に乗った一人を放り投げるように振って、同時に放られた忍びも手を足場に大きく、高く跳ぶ。

 あの忍び達は、投げた二人も、投げられて跳んだ一人も、全員が気の扱いに長けた忍びだ。

 気の力は、使い手に限界を超えた身体能力を与えるから、普段からこなしてる跳躍の訓練の成果も相俟って、高さが十メートルはあるだろう物見櫓の上にまで、その跳躍は軽々と届く。


 物見櫓の上には見張りが居ただろうけれど、こんな高い場所に跳んで入ってくる者がいるなんて予想をしてる筈もなく、あっという間に死という形で無力化された。

 そして物見櫓を出てきた忍びが、防壁の上から巻梯を垂らし……、下に残った二人の忍びを防壁の内側に招き入れる。

 これで攻撃の、第一段階は成功だ。

 物見櫓の上の見張り、舶来衆の戦闘員に自爆されれば厄介だったが、これを密かに排除できれば、閂を外して内側から門が開く。


 後は数十名の忍びが第一陣として門から雪崩れ込み破壊の限りを尽くす。

 更に第一陣の迎撃に敵の戦闘員が出て来た瞬間に、残る忍びが四方八方から防壁を乗り越えて侵入し、夜襲に動揺した敵の混乱を煽る。

 砦の規模から考えて、恐らく三百程は舶来衆の戦闘員が詰めているだろうが、遠間で大量の銃を使われるならともかく、夜襲で距離を詰めてしまえば、その程度の数は忍びの部隊は物ともしない。


 ちなみに余談になるが、砦と城の違いにハッキリとした定義はないそうだ。

 城は単なる防衛拠点というだけでなく、行政施設を兼ねるというが、別に必ずしもそうであるとは限らない。

 砦は規模が小さく、城は規模が大きい傾向にあるけれど、大規模な砦や、砦と変わらぬ規模の小城だって皆無じゃなかった。

 結局は、それが砦と呼ばれるか城と呼ばれるかは、所有者や周辺の住人がどう認識しているか次第なんだろうけれど、今、僕らが攻めている舶来衆の砦は、行政機能を持たない小規模な防衛拠点という認識で間違いないだろう。


 舶来衆の有した軍船は、渦潮の里が有する大型船と違って、明らかにこの国の物とは全く様式の違う、海外から持ってこられた物だったけれど、砦の様式はこの国の物と変わらない。

 防壁は石を積み、土を固めて作られた物だったが、中に入ってしまえば建造物の殆どは木製だ。

 浮雲の忍びが揃って火遁、火行の忍術を使えば、あっという間に砦は炎に包まれる。


 当然ながら、防壁の内側も土を積んで段差を作ったり、柵を立てて防衛側が有利に戦える工夫は凝らされているんだけれど、奇襲によって混乱した舶来衆の戦闘員は、その工夫を活かしきれてはいなかった。

 いや、仮に活かせたとしても、忍びの身体能力の前に、どれ程の障害になり得たかは疑問だが。


「二立、腕利きを率いて敵の退路を断て。何も残すな。全て焼け。六座、怪我人を集めて後方に運べ。この程度の戦いに無駄死にを出させるな」

 若様が、状況を見ながら次々に指示を出している。

 戦況は浮雲の忍びが舶来衆の戦闘員を圧倒してるが、それでも若様に油断、慢心した様子は欠片も見られない。

 僕を含む側近候補は、攻め手に加わる訳でもなく、そんな若様の傍にジッと控えてた。

 万一、敵の手がここまで届きそうになった時、若様を守る為にだ。

 尤も、そんな重要な役割が僕らだけに任される筈もなく、他に中忍が二人、同じく攻め手に加わらずに、護衛として残ってる。


 なので僕らは一欠けらの油断もなく、周囲を警戒していたのだけれど……、

「ひっ、ひっ、ひっ。酷いねぇ、全部焼いて、全部殺しちゃうんだ。悪い悪い侵略者だ」

 ふと気付けば、子供が一人、僕らの目の前に立っていて、そんな言葉を口にした。




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