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浮雲の里は渦潮の里、雪狼の里と同盟を組み、三猿忍軍や、舶来衆と戦っている。
といっても同盟相手である渦潮の里や雪狼の里が主に戦う相手は舶来衆で、三猿忍軍に関しては浮雲の里がほぼ単独で相手をしてる状態らしい。
ただそれでも、浮雲の里は三猿忍軍を相手に優勢に戦い、徐々に、いや、急速に追い込みつつあった。
元々三猿忍軍が浮雲の里を敵視したのは、東で起きた大きな争いで、それぞれ別の勢力に与したのが切っ掛けだ。
昼間は武将が率いた兵らが戦い、夜は忍び達が暗闘をしたその争いで、三猿忍軍は多くの忍びを失って、その事で浮雲の里を恨んだという。
つまり、元よりこの戦いは三猿忍軍が不利だった。
戦いに勝つには多くの戦力が必要なのに、戦いの切っ掛けがその戦力、忍びを失った事だというのだから、そりゃあ当たり前の話である。
もちろん三猿忍軍も時間をおいて忍びを補充し、戦いの準備はしていたし、何よりも足りぬ戦力を補う為に、舶来衆の力を借りた。
しかしその舶来衆を引き込んだ事で、浮雲の里は渦潮の里、雪狼の里と同盟を結び、これに抗したから。
結局、三猿忍軍の戦力は、浮雲の里を上回れない。
三猿の忍びが得意とする幻術のタネが割れてしまったというのも、彼らを不利にした要因の一つではあるだろう。
けれども、元々が三猿忍軍にとって不利な戦いだったというのが、自分の経験や、聞こえてくる話をもとに判断した、僕の考えだ。
近く、三猿忍軍を壊滅させる為、その里を攻めるという噂がある。
虚像で覆われて隠されていた里への抜け道を、浮雲の忍びが見つけたらしい。
下忍の僕にも伝わってくるくらいなので、それは恐らく本当の話なんだと思う。
幾ら情報を伏せたところで、里攻めなんて大きな動きがあるのなら、準備の段階で多くの忍びが気付く。
だから敢えて隠さず、寧ろその噂を流す事で、浮雲の忍びの戦意を向上させようとしてるんだろう。
どうせその噂が流れるのも、浮雲の里の中だけなんだからと。
ただ、幸いにも僕は、どうやらその里攻めに参加せずに済みそうだった。
何故なら若様が、その里攻めを前に舶来衆の拠点を落として来いと、頭領から命じられたのだ。
恐らくこれは、里攻めを舶来衆に邪魔されないように、注意を引き付けておく為の任務である。
もちろん、拠点を一つ攻め落とした程度で舶来衆の動きを封じられるとは思わないから、タイミングを同じくして渦潮の里や雪狼の里も、舶来衆を攻めるのだろう。
里攻めなんて、最終的には虐殺、女子供も含めて全てを根絶やしにして、溜めた財貨や秘術の類を略奪する行為に加わらなくて済むのは、正直に言ってありがたい。
攻めに加わらなかったからって、自分が奇麗なままでいられるとは思わないし、これまでにも何人もの命を、既に奪ってはいるけれど、やはり虐殺に対する拒絶感は強かった。
或いは、その里攻めを、若様への試練や教育として命じられる可能性もあったし、そうなった場合は僕も参加せざるを得なかった筈。
しかし今回の里攻めは、頭領や上忍が中心となって、選ばれた精鋭で行うそうだ。
多分、三猿忍軍の里を攻め落として得られる利益を上忍達が欲しがって、その動きを制する為に、頭領が直接指揮を執る事になったんだろう。
三猿忍軍が特別な秘術を隠し持ってて、それを上忍の誰かが手に入れた場合、頭領との力関係が変化しかねないから。
くだらない話に感じてしまうが、頭領と上忍の力関係の綱引き、要するに里内での政治は、配下の忍びの生死に直結する。
実際、その政治の結果、僕は里攻めに行かずに済み、代わりに舶来衆の拠点を攻める事になったのだ。
今回は、運が良かったと思っておこう。
滅ぼした後の利益で綱引きをされる、三猿忍軍の里は実に哀れではあるけれども。
「見ろ、アカツキ。燕が低く飛んでいる。雨が近いな」
僕と若様は、そんな他愛のない事を話しながら、南東を目指して街道を歩く。
今回の任務は舶来衆の拠点、それも砦を攻める事だから、若様が指揮する忍びの数は多い。
けれどもそんな人数が纏まって移動をすれば悪目立ちをしてしまう為、目的地の近くの集合場所までは、バラバラになって移動をする。
故に今、若様の供をしているのは、僕の他には中忍が一人だ。
尤も少し離れて中忍に率いられたグループが、前と後ろを固めてはいるけれど。
舶来衆は、浮雲の里から見て南西に位置する開戸の国を勢力圏にしてる。
ただこの勢力圏って言葉も、他の忍びの勢力と舶来衆では、些か意味が異なっていた。
というのも、浮雲の里も含めて、殆どの忍びの勢力が言う勢力圏とは、国の要人と繋がりがあり、必要があれば速やかに配下の忍びを派遣できて、情報収集やサポートを行う草を忍ばせている場所の事だ。
つまり忍びの勢力が己の勢力圏だと言ってる場所でも、そこはちゃんと国が支配下に置いていて、忍びが我が物顔で振舞えるって訳じゃない。
しかし舶来衆の言う勢力圏とは、彼らが我が物顔に振舞える場所だった。
例えば、今回の拠点攻めでは舶来衆の砦を攻めるが、その砦は森等の目立たぬ場所に密かに建てられてる訳じゃなくて、街道沿いの要地に、まるで国境を守るかのように建てられており、更に旅人から通行料も徴収している。
それはまるで、舶来衆こそが開戸の国の支配者であるかのような行いだ。
しかもそんな砦が、開戸の国には幾つも存在してるという。
これはどう考えても異常だろう。
舶来衆の幹部が妖怪であると知れるまでは、その存在が齎す利益があまりに大きいから、開戸の国もその振る舞いを特別に許してるのだと思われていた。
実際、舶来衆がやって来てから、開戸の国の発展は著しい。
以前は数ある国の一つに過ぎなかった開戸の国は、戦を繰り返して周辺の国を攻め滅ぼし、領土を広げて今では紛れもない大国だ。
また海外貿易で大きな利益を上げているから、広がった領土の全てが潤い、民も裕福になっている。
その戦にも、海外貿易にも、舶来衆の存在は大きく関わっていた。
だからこそ開戸の国の殿様は、舶来衆に勝手な真似を許しているのだと考えられていたが、……舶来衆の幹部が海外の妖怪で、戦闘員が魅了された人間であるなら話は全く変わってしまう。
恐らくは国主である殿様も戦闘員と同じく魅了されていて、開戸の国は舶来衆の、海外の妖怪の支配下に置かれているのだと思われる。