表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/56

29


 渦潮の里から浮雲の里に戻ってくると、若様の顔色が酷く悪かった。

 疑問に思って、どうにか話を聞き出すと、何でも僕が里を離れてる間に、小一が裏切って三猿忍軍に通じていることが分かった為、若様が処断したという。


 ……あぁ、恐れていた時が遂に来たのか。

 今は三猿忍軍や舶来衆との戦いが続いてるから、来るとしたらもっと後だと思っていたのに。


 僕は、小一とは一度しか任務を共にしていないけれど、彼が内通を計るような忍びでない事くらいはわかる。

 どちらかというと、僕の方がよっぽど、自分の為なら浮雲の里を裏切れるだろう。

 若様も、小一の人柄はよく信頼していたようで、だからこそ今はショックを受けてた。


 恐らくだけれど、三猿忍軍に通じていたというのはうその話で、小一は犠牲にされたのだ。

 彼は若様に信頼されていたから、その教育の為に、或いは試練として、裏切りの汚名を着せられて、死ぬ事になったのだと僕は思う。

 もしかすると、その役割は僕が担う予定だったのかもしれない。

 若様と年齢が同じで、親しくしている僕は、その役割に選ばれる可能性は高かった。

 しかしここ最近、敵の忍術を解析、再現したり、舶来衆の幹部が海外の妖怪であるという情報を持ち帰ったりと、手柄を幾つも立てたから、使い捨ての教材とするには惜しいと判断されたのだろう。

 または既に高等忍術を学んでる僕をターゲットにした場合、若様が返り討ちにあうかもしれないと考えたのか。


 いずれにしても、僕は自分を対象に、そうした処断が行われるのではないかと想像して、警戒をしていた。

 何故なら、若様と頭領の性格があまりにも、親子と思えぬ程に違う為、頭領には、そうなるに至った何かがあるんじゃないかと感じたから。

 最初は、大蜘蛛様との接触が、その変貌の切っ掛けではないのかと考えていたが、しかしお目通りの後も若様には特に変化がなかった。

 そうなると、残る可能性としては、里の頭領となる、後継者への教育が最も怪しいだろう。


 すると、側近候補として信頼させた忍びを、後継者の手で裏切り者として処断させるというのは、如何にもありそうに思える。

 そこで裏切り者を処断できないようでは、若様には後継者の見込み無しとして、或いは小一と諸共に、頭領に始末されていたのかもしれない。


「小一とは、一度しか任務を共にしていませんが、彼が裏切りを働くとは思えません。何か裏があるのでしょう。ですが、その裏を調べる事は、今の若様には許されないと、僕は思います」

 僕に言えるのは、これくらいだ。

 若様もいずれ、答えを得るだろう。

 その時に彼がどうなって、どういった行動を取るのかは、僕にはわからない。


「……小一は、追手が俺だと知ると、驚いたように動きを止めて、何も抵抗せずに斬られたんだ。一体、何がどうなってる? 言え、言ってくれ。その裏とはなんだ?」

 若様はそう問いかて来るけれど、僕は黙って首を横に振る。

 口にできる言葉は、もう残ってない。


 以前、若様は頭領に、アカツキを、つまり僕を頼りにするようにって言われてたらしい。

 恐らくその時は、僕が小一の代わりに処断を受ける予定だったのだ。

 その対象が自分から逸れた事は幸いだけれど、けれどもそれを素直に喜ぶ気には、ならなかった。

 久しぶりに思うけれど、本当に忍びは碌でもない。


 だが僕もまた、その忍びの一人である。

 或いは僕がその立場だったのかもしれないのだから、小一の死について思うところは幾つもある。

 されど小一の死に激高し、この里をひっくり返そうと思う程、僕と小一の関係は近くはないから。


 僕にとっての関心は、若様がこの件でどう変化するかだ。

 いや、今回の事は始まりで、これから若様は、こうした後継者としての教育を幾度も受ける事になるのだろう。

 できる限り、若様には大きく変わって欲しくはないが、それで若様が後継者として失格の烙印を押されても困る。


 どうすればいいんだろうか。

 自分が生き延びるだけなら、これまで通りに手柄を立てて、使い捨てるには惜しいと思わせればよいのだとわかった。

 しかし自分のみならず、若様の事までどうにかしようとする力は、今の僕には足りてない。


 そもそも僕と若様は育ってきた環境が違い、考え方が違い、……故に望む幸せの形が違う。

 僕は若様がどうなれば幸せなのか、それを理解してる訳じゃなかった。

 彼を救うのは彼自身でしかなく、僕はほんの少しそれの手伝いがしたい。

 だけど僕の力は大きく環境を変えるにはあまりに微力で、せめて他に、味方になってくれる誰かがいればいいんだけれど……。


 ふと、思い当たったのは、この里の守り神でもある大妖、大蜘蛛様だ。

 もし彼女が、頭領よりも今の若様を気に入ってくれれば、若様は今のままでいられるかもしれない。

 考えの読めない妖怪に頼るのはリスクの高い行為ではあるが、里の重鎮、上忍や頭領の思惑を超えるには、それくらいの思い切った手が必要だろう。


 尤も、今の僕には大蜘蛛様と面会する手段がなかった。

 伝手といえば他ならぬ若様自身がそうだけれど、まだ下忍に過ぎない僕が大蜘蛛様に面会するのは、幾ら若様のとりなしがあっても難しい。

 ならば、やはり今の僕がするべきは、より多くの手柄を立てて早く中忍になる事か。


 若様が頭領となって、側近候補として中忍になるのではなく、それより先に実力で、中忍に相応しいと誰からも認められれば、若様が変わってしまう前に、大蜘蛛様に会える可能性は十分にある。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
正直若様のための教育でアカツキが死ぬ必要あるとは思ってたけど、里抜けるために死体擬装でもするんじゃないかと予想してた。さすが忍者、残忍て言葉があるだけのことはある
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ