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 どれくらい眠っていたのだろうか。

 意識を取り戻した僕は、自分が今置かれてる状況を確認し、どうしてそうなっているのかを思い出し、手に力を込めてそこから這い出す。


 そう、目を覚ました僕がいたのは硬くて冷たい地面の中。

 逃げる体力の残ってなかった僕は、サンドラを閉じ込める壁を作った後、それによって密度の薄くなった地中に姿を隠していたのだ。

 呼吸は、口に咥えた竹筒頼りで。

 忍術に使われる遁って字には、遁走とか、逃げ隠れをするって意味がある。

 だから今回、僕がサンドラから逃れる為に地中に身を隠したのは、正しく土遁の術だっただろう。


 まぁ、そんな事はさておき、地面から這い出した僕は、手探りで自分の隠し持つ道具を漁り、そこから蝋燭を取り出した。

 火付けの手段は忍術だ。

 指を擦って一瞬だけ火を熾し、蝋燭の芯に着火する。


 僕は、一度大きく息を吸って、それから深く深くそれを吐く。

 ……はぁ、なんとか助かった。

 意識を失う前は気が殆ど底をついていたけれど、眠ったお陰である程度は回復してる。

 これならここを抜け出すくらいには、忍術も使える筈だった。


 蠟燭の光に照らされて、僕が作った壁が見える。

 真ん中に、大きな穴の開いた壁が。

 やっぱり、あのくらいじゃ殺せなかったし、閉じ込めておく事もできなかったか。


 壁のすぐ傍に隠れたのは、石と銀、それから僕が生み出した苔の匂いが混じって、僕の呼気の匂いを隠してくれるかもって期待したから。

 いや、こんな風にいうと僕の口が臭いみたいで非常に嫌だけれど、サンドラが人狼であるならば、その嗅覚は並の人間の比じゃないだろう。

 だから別に僕が臭いとかじゃなくて、ごく普通であっても離れた場所に隠れてしまうと見つかる可能性が高かった。

 でもここなら、彼女が苦手とする銀の匂いを嫌って、深く探ろうとしないかもって考えたのだ。


 果たして僕の狙い通りになったのか。

 それとも、サンドラが敢えて僕を見逃してくれたのか。

 どちらなのかはわからないけれど、ひとまず脅威は去ったとみていい。


 肩が痛かった。

 確認すると、忍びの衣装もその下の帷子も、サンドラの拳が掠めた位置だけ削り取られるように損傷してる。

 そして僕の肩まで、抉った上から焼いたみたいになっていた。

 一体、どうしたらこんな風に負傷するのか。

 いや、もちろん拳が掠めたからっていうのはわかってるんだけれど、何とも不可解な傷の負い方だから。


 さっき、五行相乗の忍術で生み出した苔がこの辺りにも一面に生えていて、穴にまでそれが及んだのだろう。

 傷付いた僕の肩にも、苔が幾らか付いている。



 ……さて、どうしようかなぁ。

 僕は肩の苔を払って応急手当をしながら、考えこむ。

 当然ながら、ここから脱出するのは確定なんだけど、僕が悩み、迷うのはその後だ。


 何故なら、今なら僕って、浮雲の里には死んだと思われてるだろうし。

 つまり里を抜けて逃げるなら、今は千載一遇のチャンスといっていい。

 また仮に生きてる事がバレたとしても、忍び同士の戦いをしている今、僕に追手を出す余裕もない筈。


 だけど、悩ましいな。

 今回はチャンスが来たのが突然過ぎて、準備が少しも整っていなかった。

 まず僕の実力が、単独で複数の腕利きと遭遇すれば、対抗できる程に育ってない。

 あちらこちらで戦いが起きてる今、里を抜けて逃げ出したとしても、どこかで忍びに襲われる可能性は、決して低くないだろう。

 高等忍術をもっと自在に扱えるようになれば、もう数年程の修練をを積めば、腕のいい忍びが複数相手だったとしても逃げ切るくらいはできるようになると思うんだけれども。


 それに下忍をしながら世情を学んだといっても、僕が知ってる地域はまだ浮雲の里の勢力圏内くらいだ。

 前世に生きた世界には、優れた地図が存在してた。

 国内のどこに何があるかって、調べればすぐに分かったし、何なら国内だけじゃなくて世界の殆どが、軍事基地とか機密性の高い場所を除けば、その位置を知る事ができる。


 でも今生きてる世界は、そうじゃない。

 地理は国を守る観点から秘匿され、まともな地図は国が隠してしまう。

 だから遠く離れた場所を知るには、人伝に話を聞いて情報を集めるより他になかった。

 僕がもう少し成長して、信頼を稼げば、遠方の任務を任せる為に、里が把握してる遠い地域の情報も教えて貰えるのかもしれないけれど……。


 まぁ、今回は信頼を稼いだと思おうか。

 命懸けで時間を稼いで、敵の幹部と共に生き埋めになって、それでも逃げずに帰ってきたとなれば、里からは、僕は逃げ出さない忍びだって思われるだろう。

 そうすれば遠方の任務も任せて貰い易くなる筈だ。

 今回の件は、その布石だと考えればいい。


 それに、今回の件で僕が死んだと思ってる若様を放ってそのまま逃げるのは、なんていうか心苦しいし、ちょっと心配になってしまう。

 もっと自由に生きたいし、広く世界を見回ってみたいとも思うけれど、若様が今のままの若様で頭領を継いでくれるなら、僕のその願いは、強引に里を抜けるって手段を取らなくても、ある程度は叶うかもしれないって、そんな風にも思えるから。


 ……とりあえず、ここを抜け出して帰ろうか。

 ここで浮雲の里への帰還を選べば、再びサンドラと遭遇し、戦う日が来るかもしれない。

 帰ったら、その日に備えて準備して、次こそちゃんと殺し切ろう。

 それができるくらいに、僕はもっと強くなるのだ。

 


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