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「小一、行って!」

 地に手を突き、使う忍術は土遁、土茨の道。

 但し掘り進まれた坑道の中で茨の棘となるのは、土ではなく石。


 この戦いで僕に有利な点があるとすれば、それは地の利だろう。

 何しろここは銀を掘り出す坑道の中で、つまりサンドラにとっては苦手な銀の檻の中だ。

 満月の光も届かぬここで、十全に力が発揮できるとは思わなかった。

 あぁ、いや、正しくは思いたくない。


 だけど多分、僕の想像は正しい筈だ。

 何故ならサンドラは、戦いが始まっても人の姿のままで、狼のような姿には変じなかったから。

 彼女は忌々し気に舌打ちをして、隆起した幾つもの石の棘、中に幾らかの銀を含むかもしれないその攻撃を、腕を振るって打ち砕く。


 そしてその隙を突き、小一は石の棘とサンドラの間を滑るように潜り抜け、そのまま向こうに走り去る。

 こんな化け物を前に長々と問答をしてる余裕はなかったから、たった一言で僕の意図を察し、行動に移してくれた小一の賢さには助かった。

 続く身のこなしも、流石は若様の側近候補というべきか。

 或いは、今のサンドラの興味は僕にしか向いてなくて、小一に構う気がなかったのかもしれないが、それならばそれで、こちらにとっては好都合だ。


 数歩、地を駆けて僕に肉薄し、拳を振り上げるサンドラ。

 だがその数歩は、石の棘を隆起させた事でぐちゃぐちゃになった地面を駆ける数歩だ。

 本来の彼女の速度なら、僕に地に突いた手を上げさせる暇すら与えなかったのかもしれないけれど、乱れた地面、特に密度が薄くなって脆くなった岩場を強く踏んだ違和感が、僕に刹那の猶予を与えた。


 その刹那に、僕が取った行動は飛び込み前転。

 振り下ろされる拳が肩を掠めるが、僕は何とかサンドラの脇をすり抜ける。

 彼女の拳に叩かれた地面は、石の礫が爆発したみたいに弾け飛んでたし、拳が掠めた肩は火を押し当てられたみたいに熱い。

 多分、血も流れてるんだろう。

 濃い血の匂いがした。

 ……さっきは連れて帰るって言ってたけれど、あんな拳をまともに受けたらどう考えても死んでしまうんだが。


 しかし小一を逃がしたから、もう何も遠慮をする必要はない。

 転がり終わった姿勢のままに、再び土茨の道の術を使う僕。

 ただ今度は、誰かを通り抜けさせる必要なんてないから、坑道の上下左右、全方位から石の棘を生やしてサンドラを串刺しにしようとする。


「同じ技で、鬱陶しいね!」

 けれどもそんな一声と共に振るわれた彼女の腕は、先程と同じように石の槍を打ち砕いて……、ずぶりと、何かが肉を貫く音がした。

 もちろん貫かれたのは僕じゃなくて、サンドラの腹だ。

 彼女を貫いたのは、地から生えた鋭い棘。

 でもそれは、先程までの単なる石の棘じゃなくて、金属の光沢を帯びている。


「五行相乗、土生金」

 遅ればせながら、僕はその言葉を口にした。

 別に言わなくても忍術は使えるけれど、言葉を口にした方がこの手の術は効果を高め易い。

 サンドラの腹を貫いたのは、石ではなくて銀の棘。

 周囲の属性を変換して、地中が含む幾らかの銀を触媒にして、石の棘を銀の棘に変えたのだ。

 といっても芯まで銀って訳じゃなくて、棘の表面を銀で覆った程度だけれど。

 銀は硬度の低い金属だし、そもそも表面以外は石のままだが、それでも彼女が棘を砕けなかったのは、やはり銀が苦手とする金属だからか。


 属性変換には強い属性の力が必要となるが、ここは地中で、土行の属性が非常に強い。

 変換する材料は幾らでもあるし、触媒として使う銀もこの辺りに地中には既に含まれてた。

 一本の棘が刺さって動きを止めたサンドラに、次から次へと新たに生み出した銀色の棘が突き刺さる。


 相手の油断と地の利、それから既に一度見られていたとはいえ、属性変換という札まで切って得た好機だ。

 ここで削れるだけ、相手を削ってしまいたい。

 尤も、普通の人間なら即死だろうけれど、これでもサンドラを殺し切れる気は、あまりしなかった。

 表面だけじゃなく、芯まで銀の棘で同規模の攻撃を行えば、或いは殺せたのかもしれないけれど……。


 できればこのダメージに嫌気が差して、撤退してくれたりしないだろうか。

 若様という絶対に殺されてはいけない人が現場にいなければ、こんな化け物は大勢で囲んで叩くのが一番なのは間違いないんだから。


 小一を逃がしてまだ間もないから、もう少し時間を稼がなきゃいけない。

 なら時間稼ぎの手段は、生き埋めだ。

 使う忍術は、土行では基本となる土壁の術。

 単に周囲の土や石を動かして壁を作るだけの忍術だが、わざわざ尖らせたり、先端の密度を上げて硬くするなんて手間がない分、簡単に大きく石を動かせる。

 この最深部は多少開けているとはいえ、狭い坑道を塞いで埋めてしまうくらいは容易い事だった。


 その石壁を、僕は何枚も何枚も、重ねて作る。

 更に間の石の一部を、属性変換で銀へと変えた。

 こうして石壁に、サンドラが壊し難い銀を幾重にも混ぜ込めば、暫くの間は彼女を閉じ込める事ができるだろう。


 だが幾ら僕が忍術を得意としてるといっても、属性変換なんて高等忍術を何度も使えば、そろそろ限界も間近だった。

 法力や呪力はまだ余力があるけれど、気が枯渇しかけてる。

 気の枯渇は、体力の枯渇だ。

 作った壁があれば、小一が若様のところに辿り着き、坑道の破壊や、撤退するまでの時間は恐らく稼げる筈。

 しかし僕には、その坑道の破壊前にここから逃げ出す体力が足りない。


 ちょっと、分の悪い賭けになるなぁ……。

 僕は、壁を作る為に密度が薄くなった地面に手を突いて、最後にもう一つ忍術を使う。

 それから暫く後、坑道が破壊されて崩れる音が、坑道の壊れずに生き残った部分、もといもう単なる地中の空洞に、響き渡った。






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