21
僕も小一も、振り向きざまに腕を振って手裏剣を投げる。
しかし空を切り裂き飛んだ手裏剣は、拍手を止める事こそできたものの、いつの間にかそこにいた、銀髪で、真っ赤な目をした女の手に受け止められていた。
肌はやや褐色がかってて、それからどことなく獣の匂いを漂わせた女は、受け止めた手裏剣を坑道の床に放り投げ、
「随分と好戦的だね。そんなに私と戦りたいのかな? 気が合うね」
そう言ってニィっと笑う。
……拙いな、投げられた手裏剣を躱すでなく、叩き落とすでなく、難なく受け止めるって、少なくとも体術に関してはずっと僕らの格上だ。
女の発する気配に突き動かされるように忍び刀を抜いた小一を、僕は手で制する。
誘われるままに戦って、勝てる相手じゃなさそうだ。
幾らかでもいいから時間を稼いで、状況を打開する手を考えなきゃいけない。
「攻撃をした事は申し訳ない。唐突に声を掛けられて驚き、思わず手が出てしまったのです。……しかし、舶来衆の方とお見受けするが、このような場所で何を?」
恐らく戦いは避けられないけれど、無策で戦える相手じゃないから、少しでも情報を抜く必要がある。
幸か不幸か、相手は僕らを舐めていた。
もちろん、幸は即座に戦いにならなかった事。
そのお陰で、こうして策を練る時間を稼ごうとできる。
だが不幸なのは、相手が僕らを舐めれるくらいに、実力差がありそうな事か。
「ふぅん、まぁ大した攻撃じゃないからいいけどさ。そうだね、お察しの通り私はアンタ達が舶来衆って呼ぶ組織の一人で、サンドラっていうよ。あぁ、アンタ達は別に名乗らなくていいよ。忍者はどうせ名乗れないんだろう?」
サンドラと名乗った女は、嘲るように少し笑って、自分が舶来衆である事を肯定する。
この国の人間にはまるで見えない容姿の彼女は、恐らく舶来衆の幹部の一人だろう。
しかし僕にはそれだけじゃなくて、……そう、サンドラの纏う雰囲気、発する空気が、とても人間のものだとは思えなかった。
ただ、同時に、気を緩めると見惚れそうになるくらい、その姿形は奇麗だ。
儚げな美しさではなく、まるで刃のような機能美を、その姿から僕は感じる。
「私はね、銀山なんてものが見つかったって言うから、潰しに来たんだよ。そうしたらうちの組織の連中と揉めてる忍者が、何やらコソコソ動いてるじゃないか。どうやら目的は一緒のようだから、見逃してやろうと思ったんだけれど……」
僕の問いにペラペラと答えてくれてるけれど、それは親切にもというよりは、まるで獣が何時でも狩れる獲物を弄ぶかのようだ。
でも、少しだけわかってきた。
他の忍びはサンドラの纏う雰囲気や空気を、舶来の、外国の人間だからそうなのだと思ってるらしいが、けれども違う。
ほぼ間違いなくサンドラは、多分、他の舶来衆の幹部とやらも、海外からやってきた妖怪である。
彼女を目の前にしてから、僕の胸の古傷が、ずっとジクジクと疼いてた。
まるでこの傷を付けた化け猫が、縄張りを主張しているかのように。
人と変わらぬ姿をしてはいるが、それが人間である証明には何もなりはしない。
何らかの術が幾つもあるこの世界なら、人の姿に化ける事なんて簡単だろうし、そもそもの姿が人に近い妖怪だっているのだから。
どうやらサンドラは、銀を苦手とする妖怪のようだけれど……。
「アンタ達は違う用事で動いてるようだし、こっちなら潰しても問題ないかなって思ってね。……でもそっちのアンタには、珍しい技を見せて貰ったし、どうしようかなって考えてるところだよ。満月が二つも空に昇ってると、どうにも血が騒ぐからね」
そしてその言葉に、僕はサンドラの正体に察しがついた。
獣の匂い、銀を嫌い、満月に血を騒がせる。
前世の記憶の中には伝承のようなものでしか存在しなかったけれど、この世界ならそういったモノが居てもおかしくない。
「人狼か。という事は舶来衆の他の幹部も、海を渡ってきた妖怪なんだね」
僕が小一に聞こえるように口にすれば、これまでこちらを敵とも看做さずへらへらとしていたサンドラの表情が変わる。
どうやらその表情を見る限り、当たりだったらしい。
これで相手側の侮りは薄くなってしまったが、しかしその分、注意は僕の方に強く向く。
「へぇ、この国で、私の正体を知ってる奴がいるなんてね……。面白い。アンタの名前、やっぱり知りたくなってきたよ。いや、言わなくていいさ。持って帰って、ゆっくり聞き出す事にするから」
今、一番拙いのは、サンドラにここに来てる忍びの中に若様が、浮雲の里の後継者がいるって知られる事だ。
銀山を潰したいサンドラと、浮雲の里の忍びの目的は一致してたから、その動きは見逃されているけれど、流石に若様の存在が知られれば放置はしてくれないだろう。
若様の身に何かがあれば、僕ら全員の首はないものと考えた方がいい。
だったら今、僕がすべきはサンドラの注意を自身に引き付け、その間に小一を逃がして、若様に、より正確にはその護衛をしてる中忍達に、ここに舶来衆の幹部がいると伝える事だった。
彼らなら、若様を抱えた状態で舶来衆の幹部とやり合うなんて無謀な真似はしないだろうから、恐らく速やかな撤退を選んでくれる。
後は僕が、どうにか状況を切り抜ければいいだけなんだけれど、……生き残れるかなぁ。
流石に今回は、ちょっとばかり自信がない。
まぁいいや、戦い方も決めたし、覚悟も決まった。
これで結果がどうなっても、それは自分が選んだ道だ。
受け入れる事ができるだろう。