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 入り口の見張りの目を誤魔化す方法は、僕が解析、再現した三猿の忍術を使った。

 あの光を揺らがせて視認されなくなる術だ。

 敵の忍術ではあるけれど、こうした時にはとても使い勝手がいい。


 夜に霧を出すのは少し不自然だし、薬や殴打で見張りを気絶させるのは痕跡が残る。

 他にも見張りに対して幻術を使うって手もあるけれど、恐らく若様達が坑道の破壊に動く際は、その手段を使うだろう。

 短時間に何度も幻術を使われると、忍びでなくとも鋭い人間なら違和感を覚えたりするから、念の為にそちらを若様達に温存したのだ。


「これが例の……。凄いな。もしかして、手助けとかいらなかったか?」

 坑道に侵入して術を解くと、感心した風に小一が、そんな風に呟いた。

 僕は思わず頷きそうになるけれど、いやいやと、一瞬考えてから首を横に振る。

 一人の方が気楽で動き易いのは確かだけれど、自分から手伝いに名乗り出てくれた小一に、流石にそんな事は言えない。

 そして万一の場合を考えると、一人よりも複数で動いた方が安心なのは確かだろう。


「便利だけど扱いの難しい術だから、誰かが近くでフォローできるように居てくれると助かるんだ。僕にこの術を見せた三猿の忍びも二人組だったしね」

 ひそひそと小声でそう返せば、小一は納得したように頷いたので、僕は少し安堵する。

 小一とは、この任務の間は一緒に行動するだろうし、同じ若様の側近候補として、これからも関わる機会があるかもしれない。

 自分から手伝いに名乗りを上げるくらいに良い奴そうだし、できれば仲良くしたかった。


 坑道の中は光が届かず真っ暗で、幾ら忍びが夜目の利くよう訓練を積んでるといっても限度があるから、中では忍び提灯を使う。

 これは一方向にだけ光が出るように工夫がされた提灯で、中の蝋燭に火を付ければ正面だけが照らされる。

 また中の蝋燭が常に真っ直ぐになる機構が付いていて、いざという時は忍び提灯を地に向けて立てれば、光をどこにも漏らさずに済む。

 多分、便利なんだろうけれど、僕はスイッチ一つで付けたり消したりができる懐中電灯を知ってるから、あんまり便利には感じられないって代物だ。


 まぁ、僕の我儘はさておき、忍び提灯の光を頼りに僕らは坑道を進む。

 坑道は下に向かって伸びているので、今、坑水が溜まってるとすれば、それは一番奥だろう。

 内部の構造は草から聞いていたけれど、話で聞くのと実際に目の当たりにするのでは、印象が変わる。

 開発が始まって然程に経たない銀山だという話だったけれど、坑道はそれなりに長く伸びているし、枝分かれもあって入り組んでいた。

 これはもっと以前から六山の国は銀鉱脈を発見していて、周囲に露見しないように隠しながら掘ってたのかもしれない。

 鉱山開発は適当に掘ればいいって訳じゃなく、専門の技師を雇う必要があるから足は付き易く、完全に隠す事ってかなり難しいと思うのだけれども。


 それでも黙って歩き続けると、暫くすれば坑道の最深部に辿り着く。

 最深部は少しだけ広くなってて、隅には採掘用の鶴嘴がそのまま置かれてる。

 ただ肝心の坑水は、今がたまたまそうなのか、それとも小まめに汲み出しているのか、殆ど溜まっておらず、隅っこに小さな水たまりがある程度だった。

 なんだか、これなら放っておいてもいい気がしてきたけれど、一応は処理をしておくか。


 若様達が坑道を破壊するといっても、全てを完全にぺしゃんこにするって訳じゃない。

 入り口や、一部の坑道を破壊して、六山の国に鉱山開発を危険だと思わせる事しかできないだろう。

 だがそれでも十分で、鉱山開発が一端中断すれば、再開前に下流の国々が六山の国に働きかけて、銀山の利権に食い込む筈だ。


 しかし鉱山開発が中断される期間は流石に読めなくて、もしかすると年単位で崩壊した坑道は放置されるかもしれなかった。

 すると今は水が少なくとも、ここより高い場所から水が染み出してくれば、坑道を崩した後もその中に水は溜まるかもしれない。

 更にその溜まった水が、地下に染み込んで水脈に合流してしまうかもしれないから。


「小一、ちょっと水気が足りないから、忍術で水を引っ張ってくれない?」

 けれども僕が考えてた処理の手段は、今の水の量だとちょっと使えなさそうだ。

 もちろんその手段は忍術なんだけれど、これまでも幾度か説明したように、忍術を使うには気や法力、呪力を混ぜ合わせたエネルギーに、五行の属性を付与して使う。

 この五行の属性は、木、火、土、金、水と五つあって、まぁ、だから五行って言うんだけれど、お互いに関係しあってる。

 ざっくり言うと、木は火の燃料になるし、火が燃えた後には灰という土が残るし、土の中には金属が眠ってて、金属には結露して水が付き、水は木を育てる為に必要だって具合に。

 また火は水に消え、水は土に堰き止められ、木は土に根を張り養分を吸って枯れさせ、金属の斧は木を切り倒し、金属は火の熱で柔らかくなったり溶けたりする。

 前者を相乗、後者を相克っていうのだけれど、例えば以前、僕と六座と茜が娑三華の術で化け猫を屠ったのは、金行に対する火行の相克を利用した。


 でも今回は、水行に対して土行で相克、水の排除を仕掛けるのは、少しばかり分が悪い。

 何故なら鉱山という場所に存在する金属、金行が水行の力を発生させる事を助けているからだ。

 その場にある水を剋するだけなら可能だが、後から後から湧き出る水を剋し続けるのは不可能だろう。

 故に、今、僕が使いたいのは相克ではなく、相乗だった。

 そして相乗の理屈を適応するなら、そこにある水の力が、もう少しばかり必要になる。


「えっ、水を排除するんじゃなくて増やすのか? ……まぁ、何か考えがあるなら、別にいいけれど」

 首を傾げた小一は、それでも素直に僕の言葉に従って、忍術で水気を呼んでくれた。

 周囲の空気中の水分や、地中の水分を、引っ張り出して大きくして、小一が大きくした坑水に、僕はここに来るまでに採取しておいた苔を放り込んでから、片手を突っ込む。


「五行相乗、水生木」

 僕がそう宣言しながら手を五分の一回転させると、その手が真緑に、いや、大量の苔に包まれた。

 これは属性変換。

 浮雲の里で高等忍術を学ぶ許可を得た僕が、つい最近覚えた技術である。

 五行の理屈に従って、そこにある属性が付加されたエネルギー、或いは物質を、別の何かに変換するという、ハッキリ言ってとんでもない忍術だ。


 当然ながら無制限に使える訳じゃないんだけれど、今のように水と小さな触媒から、植物を生み出す事すら可能だった。

 ……いや、そもそも忍術って、火を吹いたり、霧を出したり、木を操ったり、身体を硬化したり、地中を掘り進んだり、とんでもない現象ばかりを引き起こす術ばかりだけれども。


 僕が生み出した苔は、大量にあった水を喰らいつくして爆発的に増え、坑道内の辺り一面を覆い尽くす。

 この苔は生存に太陽の光は必要としないが、坑道内に生じた水は貪欲に吸い取り、坑水の発生を防ぐだろう。

 坑道が破壊されても、苔はここに残り続けて、ずっと役割を果たし続ける。

 まぁ、銀山の開発が再開されれば、この苔は採掘の邪魔になるかもしれないけれど、……そこは僕の関与するところじゃない。


 何にせよ、これにて与えられた役割は無事に果たせたと、僕と小一が安堵した時、パチパチと手を叩く音が坑道内に響いた。




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― 新着の感想 ―
強キャラ来た! 五行の金属の斧で木を伐るって明らかに人の手が入ってる無理矢理感。
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