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 金属の溶け込んだ水が全て有害だという訳じゃない。

 例えば温泉だって、金属の溶け込んだ湯は幾つもあるだろう。

 しかし実際に害があるかどうかは、今回の件では関係がなかった。

 多くの人は実際の害のあるなしよりも、自分の不安を重視するから。

 まぁ、この世界では成分を調べて安全かどうかを確認する手段もないのだから、それも当然の話である。


 さて、坑水を排除しろって命じられたが、具体的にどう動くかは僕に任せられた。

 若様の側近候補の中から二人連れて行っていいらしいけれど……、どうしようかなぁ。


 能力も知らない相手と組むよりは、一人で動いた方が気楽だ。

 でもこれを要らないって言うと角が立つ。

 しかも側近候補なら、誰だって若様の傍で活躍して功績をアピールしたいだろうから、僕に選ばれるのって明らかに貧乏籤である。

 こんな時、吉次や茜くらいに見知った相手がいれば、遠慮なく指名できるんだけれど、僕はこれまで、他の側近候補とあまり接する機会がなかったし……。

 実に面倒臭い。

 若様は、僕に人を使う経験でも積ませたいんだろうか?


「では水行か、土行の得意な忍びを一人お借りしたく」

 少し悩むフリをしてから、僕は最小限の人数を貸して欲しいと申し出た。

 坑道の破壊工作を行うとなれば土行を得意とする忍びは手元に置いておきたいだろうから、恐らくは水行を得意とする忍びが貸し与えられるだろうと考えて。

 いや、実際には水行も土行も僕が使えるから、誰が来ても良いんだろうけれど、借りた忍びに何もさせないと、それはそれで問題だから。

 水行を得意とする忍びなら、坑道内への侵入の助けや、坑水の排除、どちらにおいてもやるべき仕事を割り振れる。


 だけど予想外だったのは、

「それならせつが。水行も土行も使えますから、条件には合うと思います」

 側近候補の中から一人、立候補者があった事。

 彼の名前は小一こいちで、年齢は確か僕や若様の一つ上だ。


「いいの? 土行が使えるなら、若様の傍でも活躍できるのに」

 こちらへやってくる彼に、僕は小声で問う。

 能力があるのに、自分から貧乏籤を引く事なんてないのに。


 けれども小一は、首を横に振ってやはり小声で、

「構わないよ。幾らアカツキでも、一人だと大変だろう?」

 そんな風に答えてくれた。

 ……そうか、彼は良い奴か。

 ますます申し訳なく思ってしまうが、しかし人が要らないとも言える筈がない。


「よし、よくぞ自ら申し出た。小一、アカツキの補助は任せたぞ。今夜中に坑道の破壊は終える。巻き込まれぬように坑水の排除は速やかに終わらせよ」

 救いといえば、小一の立候補が若様には好印象な様子だった事だろうか。

 若様の言葉に、僕と小一は膝を突いて頭を下げた。



 坑道内の構造、様子は、既に現地の草から伝えられてる。

 この情報がなかったら、若様も流石に、今夜中に坑道の破壊を行うなんて事は言い出さなかっただろう。


 鉱山とは言うけれど、採掘は山の天辺で行われるだけじゃないので、山の水源よりも坑道が低い位置にあれば浸水が起きてしまう。

 或いは雨が降っても同様だ。

 こうして坑道内に侵入した水を坑水と呼び、採掘の邪魔になる為に外に汲み出す。

 そしてこの坑水は坑道内の金属が溶け出している為、これをそのまま捨ててしまうと、場合によっては環境汚染が引き起こされる。

 または積極的に外に捨てずとも、坑水が染み出して地下水と合流すれば、似たような結果になってしまうので、採掘を止めた廃坑からも汚染被害が出たりするらしい。


 前世の記憶から引っ張った知識で、凄くうろ覚えだけれど、確かこんな感じだった筈。

 ただ今、僕が生きてるこの世界で、坑水を完全にどうにかする事は恐らく不可能だ。

 坑道という空間がある限り、浸水は起こって水が溜まる。

 そもそも下流の国で環境破壊や健康被害が出る程、大規模に鉱山開発をする技術も労力も、六山の国にはないと思う。

 だから坑水の排除も完璧を求められてる訳じゃなくて、できる限りをやればいい。

 そのできる限りの方法だったら、一応は僕にも考えがあった。


「とりあえず坑道に潜って、水が溜まる場所を探そうか」

 坑道への侵入は、入り口の見張りの目を誤魔化しさえすれば、そんなに難しくはないだろう。

 鉱山によってはどうせ中は暗いのだからと、朝も昼も夜も関係なしに人員を交代させて掘り続ける、なんて場所もあるというけれど、六山の国にそんな力はないので採掘は普通に昼間だけだ。

 つまり夜なら、坑道内に入ってしまえば人目を気にする必要はなくなるし、何が起きても誰かを巻き込む恐れは最小限で済む。 

 若様もその心算で、夜の間に破壊を終えるって言ったんだと思う。


 空には、既に二つの月が上ってる。

「……今日は、天の両眼か」

 それを見て、小一がそんな風に言った。

 あぁ、確かに、今日は両の月が共に満月だ。


 満月が二つともなれば月の光でも明るく、忍んで活動するにはあまり向かない。

 何より、二つの月に空から見られてる気になって、少し落ち着かなかった。

 僕が生まれた日は、この両の満月が赤く染まっていたそうだから、そりゃあ不気味だったんだろうなぁって、そんな風に思う。



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