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それから暫く時が経って、僕と若様は十四になる。
初任務から無事に戻った若様は、そこで何かがあったらしく、少しの間は塞ぎ込んでいたけれど、今ではすっかり元通りだ。
そして僕は、三猿の忍術の一つを解明、再現したとの功績で、浮雲の里の高等忍術を教わる許可が出た。
もちろん僕だけが先んじる訳にはいかないからと若様も一緒にその許可が出たんだけれど、それは別にいいというか、術のコツを互いに教え合えるので、寧ろ有り難い事である。
本来なら少なくとも十五に、正式に若様の側近衆となるまでは教われないと思っていた高等忍術だけれど、三猿の忍術の再現により、僕がその一端に手を触れていると知られた為、それならば正式に教えてしまおうと決定がなされたらしい。
今は一人でも多くの優秀な忍びが必要な状況だからと。
……そう、今の浮雲の里は、他勢力の忍びとの争いが激化している。
具体的には、三猿忍軍が舶来衆と手を結び、浮雲の里に対して攻勢に出たのだ。
舶来衆はこれまで、浮雲の里だけでなく殆どの忍びの勢力に対して敵対的だったのだが、どうした事か今は三猿忍軍と明らかな協力体制を築いてた。
しかし浮雲の里はその動きを予め察知し……、恐らくはあの入手した密書でそれを知ったのだろうけれど、三猿忍軍と舶来衆が攻勢に出る前に元より友好関係にあった渦潮の里と、更に雪狼の里と同盟を結ぶ。
その同盟の目的は、当然ながら三猿忍軍と舶来衆の連合に対抗する為。
このような状況だから、僕も三猿の忍術を解明、再現した事を包み隠さず頭領に報告したし、それが殊更に大きく評価されたんだと思う。
争いがあるからこその評価というのは、あまり素直に喜べないけれども。
或いは僕の忍術の知識を増やせば、更に三猿忍軍や舶来衆の術を解明、再現するんじゃないかと期待されているのかもしれない。
尤もそうした期待をされるって事は、術を見る為にも三猿忍軍や舶来衆との戦いに駆り出されるって意味なのだが……、まぁ、今の状況だとそうした理由がなくても向こうから襲ってきて戦いには巻き込まれるから、正直に言って誤差だ。
実際、任務の行き帰りに、旅人に扮した三猿の忍びに襲われた事が、ここ最近だけで二度もある。
だが三猿忍軍も戦いで戦力を消耗してはいる様子で、襲ってきた忍びの中には、僕よりも年下の子供も混じってた。
いや、僕もそろそろ一人前とされる年齢が近付いて来たし、僕より年下の忍びは浮雲の里にだってもう当たり前にいるんだけれど、だからって実力の伴わない子供を襲撃に使う意味って何なんだろうか。
僕にはそれが、三猿忍軍の無駄な足掻きのように思えて仕方がない。
確かに幾らかの効果はあるだろう。
少なくとも僕は、そうした子供と戦う事に忌避感を覚えてるし、しかも三猿忍軍は自爆用の爆薬を渡してた。
もちろんそれは、僕が自爆用の爆薬と聞いて想像するような、使えば辺り諸共木端微塵に吹き飛ばせるって類の、高性能な物じゃない。
そんな爆薬を作れる火薬はこの世界には恐らくまだないので、腕にしがみつかれて使用されれば腕が吹き飛ぶ、くらいが精々の威力だ。
でも腕なり足なりが吹き飛べば、忍びとしては死んだも同然なので、そう、効果は確かにある。
けれどもある程度の実力がある忍びならば、余程に油断をしなければ子供にしがみつかれるような失態は犯さないし、爆薬を使用した子供は腕や足が、どころではなく殆どの場合がそのまま死ぬ。
幾らかの効果の為に、子供の命は釣り合うものなんだろうか。
そうした子供も、成長すれば一人前の忍びになり得たかもしれないのに。
将来の主戦力を未熟なうちに使い捨てにして、三猿忍軍は一体何を得るのだろう?
だからこのまま戦いが続けば、三猿忍軍は遠からずに滅ぶと思われる。
しかし今の戦いでより厄介なのは三猿忍軍ではなく舶来衆で、他の忍びとは違う奇妙な戦い方をする彼らに、浮雲の里や、同盟を結んだ里の忍びが翻弄されてるって噂を耳にした。
そもそも舶来衆を忍者と呼ぶべきなのかは、僕にはちょっとわからない。
舶来衆はその言葉の通り、船に乗って海を越えてやってきた者、またその技と道具を使う者達だ。
要するに異国人の破落戸と、彼らの使う武器や技に魅せられた破落戸の集まりである。
その時点で僕にとっては全然忍び、忍者じゃないんだけれど、彼らが生活の為に選んだ手段は忍びと同じだった。
即ち、用心棒や傭兵業だ。
舶来衆はこの国で既にそれらを担っていた忍びが構築したシステムに乗っかり、その上で商売敵として他の忍びを排除しようとしている。
まさに宿主を乗っ取り殺す、性質の悪い寄生虫だった。
当然ながら忍びはこの寄生虫を駆除しようと試みたが、舶来衆は火薬を使った武器の数々と、忍術とはまた違う何らかの術を使っていて、未だに駆除は成し遂げられていない。
なんでも末端の構成員の質は低いが、幹部が化け物のように強いという。
いや、或いは、実際に化け物なのかもしれないけれど。
そんな経緯があったから、三猿忍軍と舶来衆が手を結んだ事はかなりの衝撃で、危機感を持った浮雲の里は、元より関係の深かった渦潮の里はもちろん、雪狼の里とも同盟を組む事になったそうだ。
今はまだ、僕は舶来衆と遭遇してはいないけれど、このまま戦いが続けば何れは出くわすだろう。
その時は命のやり取りは避けられないが……、もうそれを今更だと思うくらいに、僕は人との戦いに慣れてきていた。