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躯と化した三猿の忍びの懐から密書のようなものを発見した僕らは、壊してしまった街道の修繕を済ませてから、浮雲の里に帰還する。
ちなみに吉次はもちろん、茜も土遁の忍術は使えないらしく、修繕は主に僕が担当した。
壊す事は簡単だけれど、修繕はとても難しくて、元通りには遠く及ばず、通行ができるようにするのが精一杯だったが、止むを得まい。
六座も土遁は使えるそうなんだけれど、彼は密書を手にしてから何やらずっと考え込んでいたし……。
もちろん僕は、密書の内容なんて見てないから、彼が何を考えこんでいたのかは知らない。
気にならないと言えば嘘になるが、過ぎた好奇心は身を亡ぼす。
知識欲と好奇心の違いくらいは、僕にだってわかってて、それが知れば自分を危険に晒すかもしれないって事くらいはわかるから、僕だけじゃなく、吉次も茜も、六座に何かを問うような真似はしなかった。
「よくやった。六座から特に見事な働きだったと聞いている。その調子で、義影の事もよろしく頼むぞ」
里に戻ると頭領から呼び出されて、珍しく褒めの言葉を直接かけられる。
任務を果たしてもこんな事はないから、三猿の忍びを討ち取って、密書を持ち帰った件は、浮雲の里にとってかなり大きな意味を持ったんだろう。
まぁ、それはさておき、義影ってのは若様の名前なんだけれど、普段は皆が若様って呼ぶから耳にする機会が滅多になくて、一瞬わからずに考え込んでしまった。
ただ頭領が若様の名前を呼んだその声には、少しだけ優しい感情が込められてた気がして、僕は頭領に初めて人間らしさを感じて、心のうちで少し驚く。
その若様は、まだ任務で湖北の国から戻っていないが、もしかすると頭領も、若様を心配してたりするんだろうか。
尤も僕に頭領の心を知る方法なんてないから、黙って頭を下げるのみ。
さて、任務を終えて里に戻れば、少しの間は自由な時間が与えられる。
今回は、その時間を使ってやりたい事が一つあった。
それは先日の戦いで、より正確には戦いになる前に三猿の忍びが見せた、あの姿隠しの術の再現だ。
残念ながら目にできたのは一度きりで、しかもそれが解除される瞬間だったけれど、それでも何となく原理の想像は付く。
恐らくあれは大気中の水分を集めて揺らがせて光を遮断し、視認されない空間を作り出す忍術だろう。
陽炎のように熱で大気を揺らがせる事もできるけれど、あの時、特に異常な熱を感じたりはしなかった。
すると集めた水を揺らがせてるのは、強い陽、プラスの属性を帯びたエネルギーか。
それは視るという行為が、光を目で受容してるのだという事を知らなければ出てこない発想だが、三猿の忍びは幻術をよく用いるから、その導入に関わる視覚そのものに対する知識が深く、こうした忍術の開発に至ったのだと思われる。
僕の結論は、あの忍術は気と法力を混ぜ合わせたエネルギーに水行の属性を付与して行使する特殊な水遁だ。
通常、忍術に用いるエネルギーは気と呪力を混ぜ合わせたものになる。
同じ精神力に由来する法力と呪力は、打ち消し合ったり反発する力が強いし、気と法力はプラスの属性が強すぎてバランスをとるのが困難だから。
しかし強い反発力や、バランスの取れないプラスの属性を利用する術もあるにはあって、三猿の忍びが見せた忍術は、その類だと思われた。
そしてそれは、浮雲の里では扱いの難しい高等忍術に位置しており、今の僕にはまだ教われない類のものである。
つまりあの忍術を再現できれば、僕はいち早く高等忍術の原理に手が届き、今より多くの切り札を生み出す事ができるだろう。
普段なら、まだ教われない筈の高等忍術の修練なんて、咎められる行為になってしまうけれど、今は敵の忍術を解析、再現して、対策を考えようとしてるって言い訳が立つ。
修行をすると称して森に入った僕は、まずは気と呪力を混ぜ合わせたエネルギーで、あの術が再現できないかを色々と試してみる。
まぁできない事はわかってるんだけれど、試行錯誤をするフリくらいはしておかないと、一直線に答えに辿り着いてあれこれし始めるのはあまりにも怪しいから。
僕は監視はされてるものだと考えて、今は敢えて回り道をしていた。
尤も多くの方向からアプローチを試すのは、別に無駄じゃない。
さっきも考えた通り、火行の属性を付与すれば、気と呪力を混ぜ合わせたエネルギーを使っても、陽炎のように大気を揺らがせる事はできる。
熱の放出を局所に限定できれば、これはこれで術として使い道があるかもしれない。
数時間かけて、僕は一通り気と呪力を混ぜ合わせたエネルギーでの再現を試した後、そのアプローチは、或いは試行錯誤をするフリはもう十分だと考えて、気と法力をごく少量だけ、混ぜ合わせてみた。
僕はこの気と法力を混ぜ合わせるエネルギーを使った忍術の使い方は知らないが、実は気と法力を混ぜ合わせる訓練は受けた事がある。
それは、幻術破りの訓練だ。
僕は法力を発生させるだけで大抵の幻術は破れるんだけれど、多くの忍びにはそんな真似はできないから、気と法力を混ぜ合わせて生まれる陽の属性が強い、不安定なエネルギーをぶつけて幻術を打ち破る。
なので一応ではあるが、僕はこのエネルギーを発生させるコツを知っていた。
気も、法力も、それ単体ならば寧ろ呪力に比べて扱いやすいのに、混ぜ合わせると途端に扱い難い、大暴れをし出す。
この大暴れをするエネルギーに水の属性を付与して、大気の水を集めて、それを揺らがせて視認されない空間を作るのか。
しかも単に光を乱すだけじゃなくて、背後の空間を映し出して違和感を持たれないようにするという、繊細な真似までして。
あぁ、これは、そりゃあ扱いの難しい高等忍術に分類される訳である。
想像してた通り、気と法力で忍術を使うのは、実に難しい。
……でも、想像以上ではないな。
一朝一夕にとはいかないが、きちんと修練を積んでいけば、ちゃんと手が届くって確信がある。
暫くの間は、この忍術をものにする事を目指して、修練を楽しめそうだった。