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状況はイーブンに戻したが、戦いはまだこれからだ。
今は二対二だが、……これだと不利なのは僕らの方か。
今の幻術、それから姿隠しの術を見る限り、恐らく相手の実力は中忍に迫るだろう。
そのままずばり中忍だと断定するには、僕に術を破られたくらいで動揺の声を出す辺りが、些か抜けてはいるけれど。
ただその一点だけで侮るには、使う忍術のレベルが高すぎた。
六座と茜が合流してくれれば、確実に質も数もこちらが上回るんだけれど、それまでは吉次と二人で耐えねばならない。
「俺が合わせる。好きに動け」
油断なく忍び刀を構えた吉次が、小声で僕にそう告げる。
下忍として長く生き延びたベテランの勘だろうか、吉次は僕に状況を委ねた方が、勝算が高いと踏んだ様子。
確かに、僕もそう思う。
今のこの状況なら、僕が好きに動いた方が、二人が生き延びられる確率は高くなる。
だからって下忍になって間もない僕に、ポンと命を預ける判断は、そうそうできるものじゃないんだけれど。
いや、それができるからこそ、吉次は今日まで生き抜いてこられたのか。
いずれにしても許可が出たなら、僕も好きにやらせて貰おう。
まずは相手の強みを潰す。
僕は指を組んで印を結び、気と呪力を混ぜ合わせていく。
敵の忍びは、一人は音による幻術を用いて、もう一人は視覚を誤魔化す術を使った。
恐らく視覚を誤魔化す術を使った方は、幻術を使う際には視覚を利用するタイプである可能性が高い。
それこそ目を合わせたり、或いは光を発してそれを幻術の切っ掛けにしたり。
他にも僕が思いもしない術の掛け方をしてくる可能性はあるけれど、それ等を纏めて潰す為には、この忍術が最適だ。
生じたエネルギーに木行の属性を付与して、僕は風を起こす。
風は唸る音を発しながら、辺りの砂を掴んで巻き上げる。
僕が使った忍術は、風遁、砂嵐の術。
この術の効果が及ぶ範囲では、常人は音も聞こえず、目も開けず、立っている事さえもままならない。
相手も忍びである以上、この砂嵐で無力化されるなんて筈はないけれど、それでも音や、視覚を使った幻術を使えなくはなるだろう。
しかし木行に対して優位な属性である金行の忍術を得意とする吉次は、その忍術で己の皮膚のみならず眼球までもを硬化して、砂嵐の中でも目を閉じる事なく、自由に動く。
更にこの術は、割と派手で遠くからでも何かが起きてるのが見えるから、六座や茜への合図にもなる。
まずはこれが僕の一手だ。
意図を読み取った吉次は既に動いて、忍び刀を敵に振るう。
僕に合わせるって言ってただけあって、動きが速い。
でもこの程度で仕留められる相手じゃないだろう事は、僕にもわかってる。
砂嵐の中で、吉次の刀を受け止めたのは、敵の片割れ。
やはり、すぐに対応して来たか。
相手が対応した方法は、吉次と同じく金行の硬化だ。
目の前に吉次という、砂嵐の中で自由に動く答えがいるのだから、可能であればその真似をすればいい。
もう一人の敵は土壁を出して自分の周囲をすっぽりと囲い、その中に隠れてた。
だが僕らに即座に襲い掛かってくる程の戦意の高い、浮雲の忍びに恨みを抱く三猿の忍びが、砂嵐から隠れる程度の消極的な手を使うとは考えにくい。
そうなると狙いは僕か、或いは逃走か。
三猿の忍びがこの辺り、浮雲の里の勢力圏をうろついていたのは、別に散歩じゃないだろう。
まぁ、忍びが里の外を出歩くなんて、大抵が任務の為である。
任務には大きく二種類あって、一つは里の外に出向いてその場で完結するもの。
そしてもう一つは、その成果なりなんなりを頭領に届けて初めて成功となるものだ。
彼らが担う任務が後者で、今はその成果を頭領に届ける為の帰り道だったとしたら、敢えて自分達から僕らを襲い、その最中に片方が強く注意を引き付けて、敵に奪われてはならない、届けるべきものを抱えたもう一人を逃がすって手段は、使ってもおかしくない。
それなら最初から素直に逃げてくれと思ってしまうけれど、三猿の忍びもまた、浮雲の忍びに憎まれている自覚はあるんだろう。
自分達の所属を知れば、浮雲の忍びは仲間を呼び集めてしつこく追ってくると思ったから、一人を犠牲にしてでも、もう一人を逃がす道を選んだ。
それが、任務を達成できる可能性がより高いと考えて。
あぁ、嫌だ。
それに気付いてしまった以上、僕は決めなきゃいけない。
即ち敵を逃がすか、逃がさないか。
もっと言ってしまえば、敵を二人とも殺すのかどうかを。
この状況で敵を逃がしても、別に咎めはされないだろう。
精一杯に戦った結果だし、そもそもこれは僕らに課された任務の外だ。
他の浮雲の忍びはともかく、僕には三猿の忍びへの恨みなんてなかった。
何しろその存在を知ったのも、今さっきなのだから。
しかし三猿の忍びが果たそうとしてる任務は、浮雲の里に被害を及ぼすものかもしれない。
そして浮雲の里に被害があれば、僕は里を抜け出し易くなるだろうけれど……、駄目だ。
もしかするとその被害は、吉次や六座や茜の、或いは若様の死って形になる可能性もあるだろう。
これを見逃せば、何かがあった時に僕は後悔をする。
だから、その為に、仕方がなかったなんて言い訳も利かない状況で、僕は自分で決めて、敵を殺す。
術を維持する手を止めても、吹いた風が完全に止むには、ほんの少しではあるが時間が必要だ。
そのほんの少しの間に、僕は手を地に当て、次の術を行使する。
気と呪力を混ぜ合わせたエネルギーに、付与する属性は土行。
僕から真っ直ぐに敵が出した土壁までの道を、いや、更にそれを越えて遥か向こうまで、広い範囲で競り上がった土が槍となって空を突く。
土遁、土茨の道。
本来はこの土の槍、……いや、茨の術だから棘?で、敵を突き刺す術だが、今回の行使の目的はそうじゃない。
次いでとばかりに破壊した土壁の中は、僕の想像通りに空っぽで、だけどその向こう側の地の下から、耐え切れずにもう一人の敵が弾き出された。
そう、敵は土壁を出して隠れた後、土遁の術で地を掘って、戦いの場を離れようとしていたのだ。
しかし僕が土茨の道を使った事で、敵は隆起する土の動きに、地中で巻き込まれる事になる。
そんなの、幾ら鍛えた忍びであっても、耐えられるようなものじゃない。
いや、下手に耐えようとしていたら、動く土の質量に押し潰されていただろう。
そして、弾き出されて致命的な隙を晒した敵の首が、すぱりと斬られてころころと、ぐしゃぐしゃに荒れた地の上を転がる。
「よくやった」
敵の首を斬ったのは六座で、まだ風は唸って音を立てていたけれど、僕には彼の発した言葉が、妙にハッキリと聞こえた気がした。
逃がす心算だった仲間を失った敵は、一矢報いんと必死に暴れはしたけれど、六座と茜が合流した僕らに何ができる筈もなく、呆気なく死んだ。




