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僕が任務をこなし始めたように、若様にも初任務の日がやって来た。
ただ若様の場合は立場が特別だから、他のなりたての下忍と同じ、二割が死ぬような任務に放り込まれる事はない筈だ。
当然ながら若様が受ける任務の詳細は、僕は聞かされなかったが、どうやら複数の中忍と一緒に湖北の国に向かうらしい。
湖北の国は、この里から見て北東に幾つかの国を跨いだ先で、今は他国から侵略で争いが起きてる場所だとか。
つまり若様の初任務は、恐らくその争いに関わるものなんだろう。
正直、心配はしてる。
若様の身の安全には配慮があるとは思うけれど、……それでも任務なんだから、危険が全くないって事は考えにくい。
そして若様は、特別な立場ではあるけれど、里から見ると唯一無二の、替えの利かない存在という訳じゃなかった。
今、頭領の子であるとハッキリわかっているのは後継者である若様だけだが、実際にはそれを隠されているだけで、頭領の血を引く子供は里に幾人もいる筈だ。
例えば、そう、僕だってその可能性は皆無じゃない。
仮に若様の身に何かあれば、或いは後継者として不出来であると判断されれば、里の重鎮である上忍の家のように、頭領も新たな後継者を自分の血を引く子供の中から選ぶだろう。
まぁ、大蜘蛛様にお目通りまでしている以上、若様が不出来であると判断される事は今更ないと思うけれど、人の生き死にだけはわからない。
任務で命を落とさずとも、病に倒れる場合もあった。
里の歴史にわざわざ語られはしないが、これまでにも代々の頭領が後継者を失った事は、一度や二度じゃなくあったと思われる。
なので若様も里にとっては替えの利く存在なんだろうけれど、しかし僕にとってはあの若様は唯一無二だった。
いや、情が湧いてるってだけじゃなくて、実利的にもだ。
僕が若様の側近候補である理由は、能力的にはもちろんだが、世代が同じだからというのも無関係じゃない。
仮に任務で若様の身に何かあって、頭領が新たな後継者を選んだとしても、僕の側近候補という立場はなくなる可能性が高いだろう。
尤も、側近候補だからいち早く忍術を教われたって最大のメリットはもう享受済みだし、里を抜けるという目的の上では下手に立場のない方がやり易くなるのかもしれないが……、そうであってもやっぱり若様には死んで欲しくないなって思う。
何だかんだで、随分と情が湧いてしまってるなぁ。
若様とは付き合いもそこそこ長くなってきたし、人柄が柔らかくて気も合うから、仕方なくはあるのだけれども。
だが、僕があれこれ気を揉んだところで、全く意味はない。
既に若様は初任務に出立したし、将来、若様が里を率いる為には、どういった任務に忍びが挑み、どんな風に命を散らしているのかを知る必要は絶対にある。
なので僕にできるのは、ただ無事を祈るのみ。
いずれは若様が側近候補を率いて任務にあたる日も来るだろうから、手助けがしたいならその時だ。
でもそうやって力を尽くすと、猶更に里を抜け難くなっていく気もする。
まぁ、今はそれはさておこう。
僕も若様の事ばかり気にしても居られない。
何故なら若様が初任務に赴いたのと同様に、僕も新たな任務を命じられたから。
今回の任務は、子供の誘拐だ。
実に碌なもんじゃない。
ただ前世の記憶にあるような、身代金目当ての誘拐ではなかった。
では一体、何の理由で誘拐するのかといえば……、何の為なんだろうか?
任務で班を率いる中忍は六座で、彼曰く、狙う相手は豊安の国の武将、頼然家の生まれたばかりの長子。
豊安の国は平地が多く農作に適しており、その名の通りに豊かな場所だ。
すると当然のように周辺国からはその豊かな土地を狙われる事が少なくないそうだが、それを守っているのが頼然家を始めとする武将達なのだという。
今回の任務は、その頼然家の長子を攫って、親族の屋敷に置いてくる事だった。
意味は、色々と考えられる。
単純にその頼然家に対する、子を何時でも殺せるのだって脅しか、或いは嫌がらせ。
頼然家を目障りに思う誰かが、その当主を委縮させたくて依頼したって可能性は十分にあるだろう。
或いはその子を置いてくる屋敷の親族が、当主に対して恩を売って自分の影響力を強める為に、誘拐を依頼したのかもしれない。
またはその親族を嵌める罠である事も、考えられた。
結局、いずれにしても赤ん坊を狙う碌でもない任務に変わりはない。
唯一の救いは、決してその子を死なせぬように扱うべしとある辺りか。
別に人道的な理由じゃなくて、その子を死なせると事が大きくなり、依頼主に不利益が及び、更に浮雲の里に頼然家の憎しみが向けられるからって理由だろうけれども。
それでも赤ん坊を殺せと命じられるよりはずっとありがたい。
班の顔触れは六座以外も僕の初任務の時と同じで、吉次と茜だった。
同行者が見知った顔で、その能力がある程度わかっているというのも、やり易くて助かる。
そして僕らは浮雲の里から東に六日程歩き、豊安の国の田所という、頼然家が治める町に辿り着く。