幕間:アラン視点
今回はちょっとだけ長めです
物心ついた時から、オレは一人だった。
オレには親とも師匠とも言うべき男が隣に一人いたが、いわゆる親のように大事にされた記憶はない。厳しい教育と食事だけはちゃんとくれた。
寂しい、という感情も記憶もない。ただ、魔法を上手く使えた時だけは褒められた。それがきっと嬉しかったのだろう。
オレは魔法の練習だけは頑張って、任務と魔法の訓練だけをこなす毎日だったが、気付いたら一人になっていた。師匠であるあの男は気付けば居なかったら。任務で失敗したか、消されたんだろう。
定期的に任務を伝えられ、オレに拒否権なんてものはそもそも存在しない。
言われた通りの場所に行き、言われた通りに動く。暗殺任務が初めて与えられたのは10歳になるくらいだったか?
オレ自身の年齢も、闇ギルドのギルマスから20歳だと言われてるからそうなんだろうと思っているが正確かどうかなんて知らないし、興味も無い。
そんなオレに潜入任務が来たのは1年前。まさかの魔法学院への入学とセットだった。
アラン・ガーランドは良く使う名前の1つだ。まさかの17歳設定での生徒としての入学に、流石に組織に言いたいことが色々あるが頭の命令は絶対だ。
逆らう事は許されていない。逆らう時は文字通り命を懸ける事になり、今回の任務は自分の命を賭けるほどの内容でもない。
オレは金にも女にも困っていないし、今はまだ死ぬ気は無い。
それに、今回の任務を達成した暁にはオレは自由を得られるらしい。
自由
常に決められた生き方しかして来ていないオレには甘美な響だ。
同時に、良いと思うのと同じくらいには分からない。
金だけはある。
オレの見た目は悪くないらしく、女も放っておいても向こうから来るから、後腐れのない奴だけ選んで1回だけ関係を持つ。
そんな生き方しか知らないオレが自由になったとて、今の生活が変わるとは思えない。
強いて言えば、やりたい依頼以外は断れるのは魅力だ。
面白味のない依頼は詰まらないから受けたくない。
そういう意味では今回の任務は面白い。
オレの魔法は組織の独自の物だろうから見せられないが、一般的なものを学ぶのは面白そうだ。
それに魔法薬に魔道具、これらを自分で作れたら面白いだろうと思っていたから楽しみだ。そうだな、自由になったら好きに研究開発するのも良いかもな。
年甲斐もなく気分が浮き立つ。うん、オレは楽しくなっているんだろうな、と他人事のように思う。
そんな気持ちとは裏腹に学院での生活は退屈だった。
入学の際に本来の見た目と変えるため、淡い紫の髪に瞳は元のままのピンクにも赤にも見えるまま。長さのある髪は結い上げたり複雑に編んで下げたりして如何にも派手で頭の軽い男を装う。
分かりやすく寄ってくる女共を情報源に学院内の情報収集を行う。ただし、面倒なので手は出さない。
女たちからは学院の噂話、特に学院内にある怪談や不思議な話は、気付かれないように細心の注意を払って生徒たちから集めた。
探しているのは、この学院が隠している情報を掴むこと。その為に、先ずは生徒たちを寄せ付けないようにしている場所の特定だ。
つまり、怪談や不思議な話だ。人の性として怖いものは避ける、これは当たり前の危機回避だ。同時に怖いもの見たさ、これもまた人の性なので有名な怪談はハズレの可能性が高い。
本当に隠したいものはそれとなく、注意を逸らすようにするものだからそれを探す。
噂話から怪しい場所はすぐに2ヶ所に絞れた。
気になるのはさして人を遠ざけようとしていないことだったので、警戒しつつも人の目が少ない学園の裏にある山を登った。
元は火山だったようで、小さめのカルデアもあり、単純に危険だから生徒が近寄らないようにしているのか?と思ったが、念の為良く視ていくと不思議な魔力の残滓があった。
罠がないか確認しつつ、カルデアに降りていき周囲を確認すると、1部の地面は高熱で溶かされ固まった時の独特な艶を持つ状態になっていた。
他に何かないか調べていると、不思議な石?鉱石を見つけた。手に取ってみると非常に魔力伝導率が高く、そこに魔力が残っていた。
本能的に「竜」だと思ったが、ただの竜にしてはやたらと残されている魔力が濃い。同じ竜でも、人間に使役されている飛竜等とは比べ物にならない。
古代竜、その言葉に辿り着くと同時に冷や汗が出る。高い知力を持ち、人間などとは比べ物にならない魔力、そしてその爪や牙もまた強力で魔力、物理共に最強の存在。
恐らく、この石に見えるものは、竜の卵の欠片。だが、周りの状況を見るに竜は無事孵り、巣立ったのだろう。
そして、だからこそ一番の危険、竜の卵または幼竜の持ち去りの危険が無くなったので警備も下げられたのだと推測できる。惜しいな、竜しかも古代竜ならばその価値は計り知れない。
だが巣立ちできる程に成長しているなら、下手に手を出すのは危険だから居なくて良かったとも言える。この時はまさかここで孵ったドラゴンと直接会うことになるとは思って居なかったが……。
閑話休題
もう1ヶ所は学院の外れにある湖だった。なんでも人魚または魚人がでると言われている湖だが、一見特に変わったところは無い。
確かに魔力に溢れているが、それはこの学院全体そうなので、学院内では特に変哲もなかった。
周囲にある物は全て確認したがやはり決定的なものはなく、仕方ないので湖の中を調べたら小さな神殿のような建造物があり水の精霊ウンディーネを祀っていた。恐らくこれにより、魔力の特に濃い日などにウンディーネが目撃されたのだろう。
結局アテは2ヶ所共に外れてしまったが、湖はまだ何かある予感がある。勘でしかないが、オレの経験上この勘は無視できない。
それに古代竜の保護は分かるが、ウンディーネを敢えて置く理由はない。立地的に水不足はない。
強いて言えば古代竜は炎属性のようだからそれに対する魔力バランスを取る為、だとしてもどこか違和感がある。
そんなこんなで学院を探っている内に入学して半年が過ぎていた。
オレは珍しく教師に呼び出され学院長室へと来ていた。学生としては、何か問題になる事はしていないため、呼び出しの理由に一瞬緊張する。
一見妙齢の女性に見える学院長は少し苦手だ。あの女絶対見た目詐欺だ。
美しく、完璧な匂い立つようなプロポーションをした美女だが、オレの本能は初見から警戒を鳴らしていた。見た目に騙されるなと。
それもあり憂鬱な気持ちで学院長室へ向かったが、案の定面倒な役回りを押し付けられた。しかも、脅し付きで。
今更だが良くアッサリとオレを入学させたな、とは思っていたが案の定オレの正体なんて最初から織り込み済みだった。
その上で、学院長がどうにでも出来るので問題ないと判断されての入学だったと聞かされ、苛立つくらいには腹が立ったが実際あの化け物に勝てる絵は描けなかった。
ガチでバケモンだ、あのババア。
そのバ、学院長の依頼は来年度に入学するという無属性の生徒の面倒を1年見ること。無属性は全ての属性に通じると共に難易度が通常の属性持ちの10倍にもなると言う。
そこで各属性の優等生にサポートを依頼し、無属性の生徒に実施で属性魔法の経験を積ませる、との話だった。
正直面倒でしかない。だが、その報酬としてオレは学院の図書館にある禁書庫の一部書籍の解禁だ。
1年面倒だが、これは決して悪くない条件だった。他では決して見ることの出来ない危険のある研究論文、今は消滅した古代魔法、一般には知られない劇薬にもなる魔法薬のレシピなど多岐に渡る。
オレが読んでも良いとされたリストにはオレが読みたかった書籍が複数あったので、断る選択肢は無かった。それに学院長が気にかける生徒も気になる。
あわよくば有効活用してやろう、との気持ちもある。
ようやく、この学院での生活にも楽しみを見いだせた。
そう、思っていた。現実はオレの想像の遥か右上だった。
オレは光属性、他に風火水土闇の属性持ちの生徒たちと集められた。見事に男ばかりだな、と思っていたらやはり無属性の新入生は女だった。
まあ、見た目はそこそこ、人好きのするタイプだろうが毒にも薬にもならないのでオレはあんまり興味は無い。
研究バカな風属性の男は興味津々だったようたが、オレを含む他の面子は様子見をしていた。
特に闇の奴は陰キャなのか、早々に消えてった。本人曰く、誰も好き好んで闇魔法になんて興味ないだろうと。
闇魔法は結界関係や時間に関わる魔法が多く面白いとは思うが、オレは反属性で相性が特に悪いのが残念なくらいだ。隠密や消音も闇の方が得意なくらいだ。
そして、オレの無属性のルイーゼに振り回される日々が始まった。
何度切れるかと思ったか分からない。不器用なんて言葉じゃ収まらない。アイツは阿呆なのか?!
何故、人の話を聞かない、マニュアルを読まない!!!無属性魔法以前の話だ!!
悪意があると言われた方がしっくり来るくらい、魔法薬の実験で成功したことはない。余りに雑で適当で考えなし過ぎる。
平民で料理もしてたなら、薬草を細かく刻むくらい、何故出来ないんだ!!
何で素手で熱しているビーカーを触る?!子供だってダメなの知ってるだろうが!!
一般常識はせめて持っとけよ!
これが男だったら間違いなく殴っていたが、オレは一応ターゲット以外の女には手を上げる気ないが、流石に、キレても許されると思う。
他人が振り回されているのを眺めているのは面白いが、当たり前だが自分がやられて楽しい訳もない。
だが、アイツのお陰で思いがけない出会いがあった事だけは感謝してやってもいい。
手のかかり過ぎる見た目だけは可愛い阿呆の相手が憂鬱過ぎて昼寝してたら寝過ごしてしまった。まあ、同級生が誰かしら助けてるだろうと言う思いもあって意図してサボった。
案の定、割とお人好しのリリアナ・ローズウッド男爵令嬢が面倒を見ててくれた。
余り接点がないが同じクラスがいくつかあり、目立つ派手さはないが色素の薄めな金髪に、新緑のようなペリドットの目が綺麗な女生徒だ。流石貴族と言うべきか所作が綺麗だが、本人は非常に親しみやすく平民への差別も無さそうなのが周りの評判を上げている。
この日まで、リリアナの特異さに気付かなかったのは我ながら落ち度だった。
単に特筆すべき点のない下位貴族の令嬢で真面目な優等生としてしか認識していなかったのに、まさかあんなにオレの状況を見ていたとは想定外だった。いつの間に観察されていた?
人の視線には気を付けるように教育されているし、自分でも視線や空気感には敏感である自負がある。
リリアナに目の奥が笑っていないから怖いと聞き出した時、本能的にこの女は危険だと思った。即座に消す事も検討したが、こいつが何処まで誰に話しているか分からない上、どこまでオレの事を知っているのか見抜いているのか分からないまま消すの方がリスクがある。
根はお人好しで世間慣れしていないお嬢様から情報を引き出すなんて簡単だろう、と彼女に付きまとい、情報を引き出そうとした。が、引き出せた情報はさしてなかったが、オレの勘がまだ隠しているものがあると言う。普段は何処までも普通の女で、少し不器用で一生懸命で不思議だ。
所謂面白い女なのだが、目が離せない。隙がないようで隙だらけで、オレに無理やり暴かれてからは好意を隠さなくなった。
言葉にはしないが、目が、表情が、オレの声が顔が、オレ自身を好きだと。絆されないで居るのは難しかった。
同時に口を割ろうと色々試したが、出来なかった。想定外に手強く残る手段は拷問になるが、そこまでする必要があるのか未知数のため躊躇われた。
リリアナの生育環境から、学院内での生活まで全て把握したが、彼女がオレの素性を知る術は無かった。珍しく真っ当でクリーンな実家、学院長との接点もない。
だが、リリアナはオレの本性も闇ギルドについても知っている気がする。警戒心しているのか、彼女は少しも漏らさないが。
さあて、リリアナ、お前は本当に何をどこまで知っているのかな?
どうやって聞き出すべきか、身体に聞くべきか楽しい悩みを考えつつ、オレは今日も楽しくリリアナの傍で過ごす。
読んでいただきありがとうございます。