ねぇあいり?私いつも断ってるよね?
よろしくお願いします
街中が辺り一面赤と白に覆われて、可愛らしくマフラーを巻いた女子が街に溢れかえるこの季節。隣がスカスカで寂しく思う気持ちを素知らぬ振りをしながら過ごす毎日に、こんな感じの高校生活でいいのかと不安が出てくる、そんななかで。まず最初に、自己紹介をしようと思う。
私の名前は神楽 美澪。私立陽実高校の1年生だ。身長170cmほど、体重は秘密、好きな食べ物は桜餅。嫌いな食べ物は特にないけど、強いて言うならラーメンとかは好きではない、食べれるけど。成績は上の下くらい、運動は人並み程度にはできる。なぜ陽実にしたかと言えば、家から電車1本で通える、そこそこの偏差値の高校ーーそんな理由で選んだ。入ってから知ったけど、この学校には他学校にはなかなか見ない特色がある。それは取りたい教科を自分で好きに組み合わせてとることが出来る、という点と、出席日数が足りなくてもレポート提出などで融通が効く、という点だ。オリエンテーションの時に初めて聞いて驚いていたら、そのことを隣の席にいた塚本あいりに驚かれた。そんな少しばかり抜けている(自分ではそんなこと思ってないのだけど)私が、なぜアイドルになったのか。それは、5月頃に遡る。
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ゴールデンウィークが終わり、日常に戻りつつある5月中旬。陽実の放課後には、どこから気だるげな雰囲気が漂っていた。
「みーれい!放課後暇?」
手早く自分の荷物をまとめ、スクバを持ったあいりが私の机のすぐ横に来た。
「暇か暇じゃないかで言ったらそりゃめっちゃ忙しいけど」
「そっか、空いてるんだね!じゃあカフェ行かん?」
「いや聞いてよ…」
ほらほら立って、と腕を引っ張るあいりに釣られて立ち上がり荷物をまとめる。毎回彼女に予定を聞かれて答えても、それを聞き入れてもらった試しはない。まあ、結局暇だからいいけどさ。
「あ、そうだ。今から行くカフェカップル向けのとこだから、みれいこの前みたく宜しくね!」
「えぇ、また?あれ疲れるんだけど」
「お願い!あのカフェの時期限定のいちごパフェ、絶品なんだもん!ね?ケーキ代出すから!」
「えぇ…。まあわかったよ。でもそうするんだったら着替えなきゃ行けないけど、どうするの?」
「大丈夫!みれいの男子服はここに入ってるから!」
ポンポン、と自分のスクバを叩いて得意げに笑って見せたあいりに思わず苦笑する。これまでも何回かこうやってカフェに行ったことがあるけど、最近だとカフェが目的と言うより私の男装を見たいのが目的なんじゃないかな、とも思い始めてきた。それくらいの頻度で彼のカフェに誘われている。
「よし、じゃあ行こっか!着替えるの、駅前のトイレでいい?」
「うん、学校で着替えては行きたくないからね」
「それもそっか。あ、メイク道具もバッチリ揃えてますんで、しっかり頼みやすよ?」
「はいはいわかったわかった。ほら行くよ」
リュックをもってさっさと歩き出した私に、待ってよー!と言いながら駆け寄ってきてさらには追い抜いて行ったサラサラの金髪ロング(陽実は髪色自由である)を見ながら、私は笑みを浮かべた。
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「はー、めっちゃ美味しかった!」
「確かにあそこのカフェは間違いないよねー」
満足気にお腹を擦るあいりと、男装を解いた状態で駅前を歩いていた。カフェを出てから直ぐに駅に向かい、元の制服姿に戻ったのだ。
「やーとても満足満足。着いてきてくれてありがとね、美澪。とはいえまだ男装し続けてくれてても良かったんだよー?」
「こちらこそ、ケーキ代ありがとね。てかアイさんよ、もはや男装を目的にしてきてない?」
「そんなことな、ななないよ?」
露骨に私から視線を逸らすあいりの姿に苦笑しながら、会話を続ける。
「めっちゃ動揺してるやん」
「そんなことないでーす。というか、男装した美澪がイケメンすぎるのが悪いと思う!男子ですって言われても違和感ないもん!」
拗ねたように口をとがらせてこちらを振り返るあいりに、私は首を傾げる。
「そうかな?まあてか、男装してるんだから男子らしくするのは当たり前じゃない?」
「んーまあそうかもしれないけどさ。普通だったらもっと違和感とかあると思うのね?それがないのがすごいよねって」
「あー、動作の事ね。そうだなー、普段とは動き方は変えてるかな、重心の置き方とか歩き方とか、手足の動かし方とか」
「え、それってどういうこと?」
「んーそうだなぁ。男性と女性だと骨盤とか肩幅とかの大きさも違うし、それによって歩き方だったりとかも違うのね、例えば男性は膝と肩で歩いて、女性は腰と脚で歩く、みたいに。そういう細かな違いを埋めていくと、潜在的な意識でも違和感を覚えられなくなるんよね。こういうのを色々と仕込んだ上でやってる」
「身体の動かし方は分かったけど、じゃあ他のは?声とかは?」
「あー、音を震わせるというか息を当てる場所を変えてるだけだよ。低い音から高い音よりも、高い音から低い音の方が出しやすいと私は思ってるから、そんな大変じゃない」
「え、じゃあさじゃあさ、喋り方とかは?」
「特に意識するまでもないというか、一般的な高校生男子をイメージして、それをちょっとかっこよさげな感じにしたのを演じてる、ってくらいかな。大したことじゃないよ」
「うーーーーーん…………。」
聞かれるままに答えていたら、何やらあいりが考え込み始めてしまった。腕を組んでうんうん唸ってるな。どうしたんだろうか?
「わかった!美澪、女優なんなよ!」
「なんで?!」
「男装うまいから!」
「えぇぇ…それだけ?」
「うん!」
「全く…まあ、頭の片隅に置かなくもなくもないというかない。」
「えー?……ねえみて!なんか向こうに人集りある!」
ひとしきり喋って満足したのか、駅の広場の端の方にある人垣に駆け寄って行ってしまった。全く自由人だな、とあいりの後を追いかける。
「ちょっと早いよ、あいり。何かあった?」
「なんかね、ユツバーが生配信?してるらしくて!」
「あー、最近流行りの動画配信者ってこと?それがどうしたの?」
「え、ちりめんちゃんねる、知らない?あの人たちがちりめんちゃんねるだけど」
「知らないな、誰だい四国とかが出身ぽいネーミングは」
「登録者数300万人越えの愛媛出身の3人組イケメンユツバーだよ!今めっちゃ流行ってる」
「へぇー、そうなんだ。なんで愛媛出身なのにみかんとか柑橘系の名前付けなかったんだろ」
「ね、やっぱりめっちゃイケメン!!加工とかしてるかと思ってたけど、現物の方が顔いいかも」
「もう聞いてないのね、分かった分かった」
きゃいきゃいと喜んでいるあいりをほっといて、私は私で彼らを観察する。
仕切っているのは…黒髪センター分けの人か、身長180くらいありそうだな。しっかりとした性格のお兄さんタイプかな?
よく笑いを起こしてるのは…銀髪短髪(なんか語呂良い)だな。身長175くらいのちょっとチャラい系?あんま合わなさそう……いや、知らんけど。
そんなふたりに甘えたような素振りを見せてるのは…ピンク髪ウルフの160後半くらい?弟系あざといキャラってとこか。こういうの大抵腹黒よね、知らんけど(2回目)。
騒がれるだけあって、確かにみんな顔が整ってるな。キャラ付けもしっかりしてるけど、喋りを聞いてても嫌な気持ちにならない感じの爽やかさ。みんな体幹とかしっかりしてるから、ダンスとかでもやってるのかな?最早それってアイドルでは?
「ねぇねぇ」
夢中になっているあいりのブレザーの袖を、ちょいちょいと引っ張る。
「ん?なーにー」
視線はしっかりと彼らに注がれたまま、あいりが返事をした。めっちゃ夢中じゃん、むしろ邪魔してごめん。
「彼らってダンスとかやってる?」
「え、よく気づいたね!そうめっちゃダンス上手くて、世界大会とかでも上位入賞とかしてるんだよ!」
質問した途端ぐるりと勢いよく振り向いて、熱弁してきた。おおぅ、思ってた以上にガチファンだったみたい。
「そ、そうなんだ。ありがとね」
私の声が既に聞こえていないのか、熱視線を彼らに向けている。楽しそうだなー、と思いながらも私はそこまで彼らに興味が無いので、人垣の方に目を向けた。
なかなか若い子が多いな、まああのルックスで売ってるんならそりゃ若いファンが多いか。みんなめっちゃキラキラした目を向けてる、え、なんならうちわ持ってる子まで居ない?ガチ勢かよ…
と、ちょいちょい、と腕が引かれた。なんだ、と思い横を見ると、あいりが少し涙目でこちらを見ている。
「ね、美澪、一緒にきて!」
「え、どゆこと?」
あれよあれよという間に、人垣を抜けてちりめんちゃんねるの前に連れていかれた。どうやら、観客参加型の企画に巻き込まれたらしい。立候補した本人は、推しを前にして緊張したのか、全く私の前に出てこようとはしないけど。
さて、どうしようかーーー。
ありがとうございました
美澪達の高校は首都圏近郊をイメージしてます