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無駄遣いするデブと言われましたが必要経費ですわ

作者: 猫田33

「無駄遣いするデブとは離婚する!」


 騎士団長を兼任しているジャン=ドゥ・コレール伯爵の戯言に妻であるエルメスは、食べかけていたアイスクリームを味わってから詳しく聞くことにした。

 アイスクリームは、冷たい時に食べるに決まっている。形を無くす手前の柔らかさも好みであるが、気が利かず気の短いジャンが待っていられるだろうか。


「必要経費ですわ。それと金遣いが荒いだけでは離婚に応じられません」

「充分離婚理由になるはずだが。伯爵家の財産を食いつぶす気か」

「言い方が悪かったですわね。何に私が金額をかけたと仰いますか」

「食費と衣装代だ。そうでなければそんな体型になるまい。結婚前は痩せていただろう」


 確かに結婚前は、普通体型でした。しかし嫁いで伯爵領の現状と伯爵家の財務を理解し、このままでは潰れると危機を抱き行動した結果である。


「痩せておりましたが何か。伯爵領の現況を憂いて活動した結果ですわ。執事長から報告がされてますわよね」

「報告は上がっているぞ贅沢しているとな」


 ここにきて伯爵家に愛想が尽きた。穴が空いた船と共に沈みなさい。


「私が何をしていたか本当に理解できなかったのね。離婚に応じます。詳しい離婚内容は、弁護士を通して話し合いましょう」


 ジャンは、満足そうな顔を浮かべながら荷物をまとめて出ていけと言った。


「その言葉、あなた自身に言われないように気をつけることですわね」


 食堂を出ると執事長と侍女長が申し訳なさそうな視線を向けてきた。それだけであの馬鹿が報告をろくに理解出来なかったという証拠だ。


「申し訳ありません、奥さま。私の説明が悪かったのです」

「いいえ、あなた達は悪くない。きちんと理解して私をサポートしてくれたわ。私だけ頑張ってもどうしようもなかったもの。ただあなた達の今後が心配だわ」

「奥さま、私どもの心配まで」


 エルメスは、今後苦労するはずの使用人達に実家の商会への紹介状を書いて一枚差し出した。

 執事長は、渡された紹介状に驚いた後に深く頭を下げたままエルメスを見送っていた。




 場所は変わり、帝都で最も賑わう商業地区の一等地に建つシュルプリーズ商会。その商会長室には、エルメスとその姉シャネルと旦那のグッチが対面していた。


「近々離縁するだろうと思っていましたが予想以上の早さですわね。騎士団長の頭は筋肉で出来ているのではと疑いますわ」

「シャネル。ここに人はいないけど、いつも言っていることは、態度に出やすくなるから気をつけた方がいいよ」

「あら、そうね。ありがとう旦那様」


 商会を切り盛りする姉夫婦の仲が良いことはいいのだが、ソレを目指して離婚した身では何とも言えない。過去を振り返れば夫婦として支え合うということが出来たかもしれないと思う所もあったが、領地経営が引き返せない所まできていた。


「それで、仕返しするでしょ」

「もちろん。シュルプリーズ家の家訓は、『受けた恩は、十倍返し。裏切りは、百倍返し』。そのままでも一年位で勝手に自滅するけど、領民が可哀そうだから半年で決着をつけさせましょう」

「あら、エルメスは優しいわね。具体的には何をするつもりなのかしら」


 家族との会話を楽しんでいるところに戸惑った表情の執事が入ってきた。


「奥様、旦那様。エルメスお嬢様に御来客が来ておりまして」

「エルメスがここにいるって知っている人なんていないはずだけど」

「アフェクシオン侯爵がこちらと手紙をお渡ししてくださいと」

「まぁ、この薔薇を」


 ヒダがある白い虹の光沢を持つ華やかな薔薇が一本。

 エルメスは、アフェクシオン侯爵が天候不順とそれを挽回するための貿易で借金まみれになっていることを知っていた。しかしこれがエルメスが知っている薔薇なら一考の価値がある。


「本人は、まだいらっしゃるんですよね」

「はい」

「いってくるわ」


 待たせていた客室には、落ち着きのない男が座っていた。余裕な態度をしていれば切れ長の瞳と眼鏡の効果でとても侯爵らしいというのに笑えてくる。


「アフェクシオン様、お待たせしまして、申し訳ありません。エルメス=シュルプリーズお呼びと聞き参上しました」

「あの、その、突然押しかけて申し訳ありません。離婚されたと聞いて次の縁談がまとまる前にと気がせいて」


 侯爵なのだからもっと偉そうにしてもいいだろうに非常に腰が低い。


「なぜ当主である姉に縁談の話を持って行かなかったのですか。私は、一番良い縁談に嫁ぎますよ」

「正直侯爵とは名ばかりで金も権力もありません。それに何かあれば領民を一番に考えてあなたを蔑ろにすると思います。それでもあなたを愛しています」


 エルメスは様々な人間を見てきたがアフェクシオン侯爵は、とても貴族らしくない男だと思った。腹芸の一つも出来ず嘘も偽りもない。だがそれがおもしろいと思う。きっとこの男の周りにあつまるのは、この男が善人であるために有能な人物だろう。


「あなたの愛を受け取るかはともかく。あなたには興味がありますわ。連れて行ってくださる。あなたの領地に私を」

「それは、プロポーズを受けてくれるということで」

「ご自分で仰ったでしょう。今の自分では選ばれないと。努力してくださいまし」

「はい、頑張ります」


 エルメスは、まだアフェクシオン侯爵領がどんな場所か期待していた。




「準備が出来次第出発すると聞いていたがそろそろ来てくれるだろうか」

「エイダーよほど義理がない限り今の侯爵領に来ようとする令嬢はいないだろ。秘伝の薔薇を見せたからって来てくれるなんてナイナイ」


 側近たちが呆れて話していると門の前にシュルプリーズ家の先触れが来たと連絡があった。側近たちの制止を振り払って門へ行くと半刻程度で着くという連絡だった。先触れにお茶を出させるように伝えると、居てもたってもいられず歩き回る。


「ちゃんと来るのは、わかったので落ち着きなさい」

「わかってはいるのですがね。それでも気になって」

「そこまで気にするってどんな美女なのかしら」


 馬車の音が門の向こうから聞こえ近づけばシュルプリーズ家の家紋が見えた。門を開けて出迎えれば、フットマンが扉を開けて中からエルメスが降りてきた。


「ようこそ我が家へ。来てくれて嬉しいです」

「ありがとうございます。まさかこんな場所で待っているとはお暇ですの? あなたにはやるべきことが多いのではなくて」

「側近のアルノーという。失礼を承知で言うが、言い方がひどいんじゃないか。あんたが来るのをどれだけエイダーが待っていたか」


 側近のアルノーが、エルメスに食ってかかろうとしたのを引き止める。主人思いなのは良いが猪突猛進過ぎる。


「それくらい知っております。でもそれ以上に侯爵に助けを求める領民が多いのではないですか。民を思いやれないような方に嫁ぐ気は、毛頭ありませんわ」

「エイダーは、いつも領民思いだからこんな時くらい」

「言葉では、いくらでもいえますわね。そういうところを私は見たいですわ。それに日中働いて夜休んでほしいですし。まさか昼も夜も働いていませんわよね」


 エルメスが扇越しに見つめて来て、エイダーは照れていたが他の側近は冷汗をかいていた。


「夜は、体を休めて家族との時間を大切にしてくださいませ。時間と家族との時間は、いつまでもあるものではありません。それに本当に正念場の時に体が不調では、本来ある力が発揮出来ないものです」

「仰る通りです」

「アルノー様、ご家族は? 大事な方は? 最後にしっかりお話ししたのはいつですの。きっとわかってくれるというのは幻想ですわよ。その結果、離婚された私がいうことではないのかもしれませんが」


 エルメスの伏せられた瞳に涙は見えない。しかし泣いていない人が傷ついていないなんてことはないと思う。なんせ泣いていないエイダーの胸が痛いのだ。


「エルメス嬢は、悪くない。貴女は、貴女が出来る一番よい方法をとったと思っている。それにもし違うのならばそれを諭すのは伴侶だった伯爵の役目だ。私が断言する」

「断言までしてしまうのですか」

「私ならばそうするし、そうしたいと思う。だからそうだな。エルメス嬢の言う通り昼間しっかり働いて夜は、ゆっくり話せる時間を作りましょう。あっ、でも婚約もしていないので二人きりになるようなことはしません」


 エイダーが慌てて補足するとエルメスが声を出して笑った。淑女として振舞う姿しか見たことがなかったのでとても意外で驚く。快活という言葉が似合う笑顔に目を追ってしまう。


「このようなデブにそのような心配をなさるなんておかしな人」

「どのような姿でも貴女は魅力的ですので」


 しっかり働いてエルメスとの時間をしっかり確保しようとエイダーは誓ったが、エルメスが侯爵領の問題を次々解決し休日を満喫出来るようになるなど思ってもみなかった。そしてエルメスもまた、エイダーの感謝と領民とのふれあいで色々と変わっていった。


 


 エルメスが離婚して半年。帝国建国日に行われる授与式が終わり、パーティが始まっていた。大陸の覇者にふさわしい華やかなパーティは、昇爵した人物や賞を皇帝より授与された人物に人が集まっていた。


 そんな中でジャンは、機嫌が悪く舌打ちをしながらワインを飲んでいた。

 本来ならジャンの周辺にも、人が集まり祝いの言葉を聞くことになるはずだった。騎士団長就任三年であり、領地経営もうまくいっているので伯爵から侯爵へと昇爵されると囁かれていた。しかし内示がなく日中は、式典の警護に立っていた。

 さらに驚かされたのは、爵位を落とされると言われたアフェクシオン侯爵家が帝国の最高栄誉である金獅子賞を授与されたことだ。


「よい夜ですなコレール伯爵。奥方の姿が見えないがどちらに」

「いいえ、財産の使い込みを見つけてしまいまして離縁したのです。帝国のため騎士団長として励んでおりましたが、夫として不足だったようです」


 少し演技混じりに話せば気遣うような声をかけられる。妻に逃げられたと笑いに来たのだろうが、捨てられたのはジャンではなくエルメスだ。

 エルメスと婚約させられた時は、いつも見ていた令嬢に比べ、なんて太っているのかと思った。さらに伯爵令息に対し男爵家の令嬢が反論し、きつい口調で話すのに腹がたった。貴族らしかった父でさえ、エルメスに頭を下げまくっていたのを思い出す。

 コレール伯爵家は帝国建国からある由緒ある家柄で、数代前に商人から貴族になった成り上がり程度が偉そうにするのはおかしい。


「アフェクシオン侯爵並びにシュルプリーズ令嬢!」


 シュルプリーズ令嬢というのは、エルメスしかいない。現当主の子どもは子息だけだ。侯爵にどうやって近づいたのかわからないが存分に笑ってやろうと前に出る。


「はっ?」


 髪と瞳の色は、同じだがそこにいたのは見たこともないドレスを着こなした妖艶な美女だった。軽く微笑みを浮かべた唇に、涼やかな目元、優美にカーブを描く体型を見て丸かった元妻とは思えない。


「元奥方が、あのような美女ならば使い込まれても貢いでしまいそうだがな。イテテッ」


 話しかけてきた伯爵の妻が、伯爵の手の甲を抓っているのが見えた。


「なぜ貴様がここにいる」

「あらごきげんよう元旦那様、アフェクシオン侯爵の婚約者になりましたの」


 エルメスは、アフェクシオン侯爵と組んだ腕を見せつけた。得意気な顔のすぐ横には、侯爵と同じ瞳の色をしている耳飾りまでつけている。


「婚約者だと、痩せて様変わりしたようだが我が伯爵家から今度は侯爵家の財産を食いつぶす気か」

「とんでもない、エルメスさんが来てから赤字気味だった財政が黒字になりました。黄金の女神を拝見出来るならきっと彼女に似ているでしょう」

「エイダー、それは言い過ぎよ」


 そう言いながらジャンの目の前で、仲睦まじい姿を見せつけられ苛ついてきた。


「ところで姉からコレール伯爵領の状態が最悪だと伺っていたのですが、領地に帰られた方がよろしいのではなくて」

「なぜそれを」


 主要産業だった鉱山と牧畜がうまくいかなくなり、失業者が増えたために山賊が増えている。代理を任せている執事長になんとかしろと指示を出したら、屋敷に勤めていた全員分の辞表が郵送されてきた。早急に代理を配置させなければならないが、コレール伯爵家には分家が存在しないため分家に頼めない。他家からの人材を求めれば、まともな連中は伯爵家の窮状を知り断りの連絡が来ていた。


「私の生家は、国有数の商会であるシュルプリーズ商会ですわよ。私と離婚後にシュルプリーズ商会を領地から締め出したようですが、商人の情報を甘く見ないでくださいませ」


 扇の向こうから見える瞳には、ジャンを悪意を持って嘲笑っているように見えた。


「まさか一揆の主犯はお前か。この毒婦」

「あらあら領地が貧しいのに見栄ばかりはる方に言われたくありませんわ。あなたは騎士団長として稼いでおりましたが、あなたの見栄と屋敷の維持費で全てなくなって領地にかけられるお金がありませんでした。だから貧困で犯罪が多かったのですよ」

「そんな馬鹿な。そんなわけがない」


 騎士団長の給料は、危険で責任を伴う立場のため決して安い給料ではない。執事長に屋敷について聞いていたが、足りないなどありえない。


「若い騎士を連れて華を愛でに週三日行って奢るなんてことをすればなくなるのは道理ですわ。確かにイベリスは、可愛らしいですが身請けの約束までしてしまうとは」

「なぜそれを知っている」

「イベリスがいる娼館の主のマドンナは、私の知己ですわ。普段決してそのようなことは話さないのですが、私が不憫過ぎると泣きながら話されましたわ」


 招待客たちは客の情報を話したマドンナに動揺するものもいれば、友人に心を砕いて泣くような人物かと動揺しているのが見える。


「私は、貧しい伯爵領のため領地資源の見直しと販売方法の強化をしておりましたのよ。昔こそ大粒のルビーやサファイアが出ておりましたが今は小さいものばかり。でもデザイン次第ではとても美しいですわ」


 胸元を彩っているのは、小花を花冠にしたようなネックレスで小花の花びらは小さい宝石のようだ。照明の明かりを細かく反射しステンドグラスのようにキラキラと輝いている。


「特に牛の質がよろしかったので牛の料理法の宣伝や開発も行っていましたわね。最近では、牛肉はコレール領と言われるほどでしたが知らないでしょう? 食べ飽きたと仰ってましたもの」

「確かに食い飽きたが、みんな似たようなものだろう」

「まぁぁ、牛肉は日常的に食べられませんわ。ましてコレール伯爵に出されるような牛肉は、下級貴族ではお祝いごとでなければ食べられませんわ」

「そんなわけ……ない」


 しかし思い出すのは、騎士団の昼食に牛肉を下級騎士が嬉しそうに食べている様子だった。領の特産で食べなれたものだったので特に気にしていなかった。


「嘘ではありませんわ。高いからこそ価値があるのですが高額すぎても買い手がつきません。だから伯爵領の牛の販売が伸び悩んでおりましたわ。それに商品は、常に改良が必要ですのに財政が現状維持で精一杯。私が指示していなかったら一昨年発生した牛の疫病で全滅でしょうね」

「牛の疫病?」

「コレール伯爵知らないのか。牛が次々と眠るように死ぬ奇病で原因がわからないため、それに罹った牛は、食べないようにと触れが出ていたはずだが見ていないのか」


 ジャンは、何か言おうとしたが周辺の殺気に近い視線を向けられて声が詰まった。そういえば執事長が寄越した報告にそんな記述があったが対策するようにしか言わなかった気がする。その年は、騎士団長に昇格した年で些細なことだと思った気がする。


「まぁ、そうだろうな。我が領地でも問題になった疫病が、コレール領で猛威を振るわなかった原因を調べていた。それでエルメスが指示した疫病対策で広がらなかったと報告されてどれだけ驚いたか」

「まぁ、知ってらしたの?」

「もちろん。だからこそコレール伯爵が離縁したと聞いて、一番大事な薔薇を持って急いで求婚した」


 微笑みを浮かべ笑いあう美男美女は絵になるが、正直ジャンにはどうでもよい。


「しかしそいつが金を生む以上に浪費するのは問題じゃないのか」


 エルメスが周囲に聞こえるほど大きなため息を吐いた。


「先ほどの話を聞いていましたか。新しいものを作るには資金がいるのですわ。駄目だと言われたので仕方なく食費の名目で出していたのですわ。これで答えになったかしら」


「だがそれらの話は、伯爵領での話だろう。侯爵領の主な産業は、穀物と海洋貿易。違う分野なら完全にお荷物になっているんだろう」

「一流の商人というのは、価値がないものを価値あるものにするのですよ。アフェクシオン侯爵領の新事業を開発として海産物の販売をしましたの。魚だけでなく海藻や、そのほかの珍味などね」


 部下が最近王都に海産物が美味しい店が出来たと言っていたが、それもエルメスの差し金だというのだろうか。


「それらの食べ物を食べておりましたらこの通り痩せましたの。エイダーは喜んでくれたわ、とても健康的になったって。おわかり? 自分の保身や見栄のためではなく私の心配をしてくれた。そんな人を愛さないわけがないわ」


 エルメスが言い切ると乾いた拍手が会場に響いた。この場で最も尊いスルファム帝国皇帝が、玉座に座り見下ろしていた。


「素晴らしい夫婦愛だ。あぁ、まだ婚約だったな。アフェクシオン侯爵」


 アフェクシオン侯爵とエルメスは、皇帝へ臣下の礼をした。


「私が話を聞きたい者たちが揃っているな。まずコレール伯爵、お前は本日行った授与式が不服だったと聞いている」

「そのようなことはございません」

「そう思ってくれるか。ならばコレール伯爵家が侯爵家になることはない、という判断も理解してくれるな。金獅子賞もないな」


 ジャンは、皇帝の言葉と真意が読めず戸惑うしかない。皇帝は話し続け陞爵も最高賞もエルメスがいなければ、納税額が足りず推薦出来ないと言った。


「侯爵家にだったから税収が上がったのではないですか。侯爵家には権力があります」

「権力だけで金が手に入るなら我が家は、国一番の富豪だぞ。そうだろう臣下たちよ」


 どこからともなく会場からクスクスと笑い声が聞こえてきて、あざけられているとジャンの顔が熱くなる。しかし皇帝が言葉を続けると途端に静かになった。


「今伯爵領がどうなっているのか理解出来ていないようだ。君の領地で一揆が起きたと連絡がきた。この始末どうつけてくれるのかな」

「領兵を直ちに招集し鎮圧を」

「ほうほう、それで原因をそのままにしてまた同じことを繰り返すのか。ここまで愚かだったとは、先代コレール伯爵の苦労が偲ばれるな。それを補助するためのエルメス嬢だったのに本当に救えない」


 皇帝は、出来の悪い生徒でも見るように肘掛けに頬杖をつきながらため息を吐いた。


「ですが私は、騎士団長として成果を出しているはずです」

「お前は、まだ何も成果を出していない。軍人が成果を出すということは戦場で勝つということだ。まだ乙女のお前は成果があるといえるのか」

「確かに最近は、情勢が安定していますから戦争がありませんわね。あれだけ人に俺は体をはる仕事だと言っておいてしたことがないとは思いませんでしたわ」


 ジャンは、もう言葉すら出せなくなってきた。なぜ皇帝と元嫁とその婚約者に責められなければならないんだ。


「不服そうだな。ふむ、金銭感覚を磨くために辺境砦に行ってもらおうか。ちょうどあそこに騎士団長を移動させたかったから行ってこい」

「辺境!?」


 辺境に異動させられるのは、騎士団で問題を起こしたものが左遷される場所だった。昇格が望めず荒々しい問題児ばかりで、精神を病むものや希望退職するものもいると聞いていた。


「五年頑張ったら考えてやってもよいぞ」

「本当ですか」

「あぁ、考えといてやる」


 五年経てば昇格の機会があるのならばこの話を受けて、エルメスとの離婚が忘れられた時に再婚するのもいいだろう。


「辺境に異動拝命します」

「コレール伯爵、引き際は大事ですわよ」

「それくらい知っている」


 これより後のコレール伯爵は、歴史上から姿を消した。辺境の任務中戦死したとされているが、字面の通りかあまりの待遇のキツさに逃げ出したかで意見が割れている。


 後にエルメスは、アフェクシオン侯爵と共に慈悲の領主夫妻と呼ばれたり、近代料理の母とも言われている。

 しかし一番有名なのはアフェクシオン侯爵が亡くなるまで、虹色の光沢を持つ白薔薇を胸に挿し続け白薔薇の貴婦人と呼ばれていた。

 白薔薇の名は、「最も愛しい君」アフェクシオン侯爵のエルメス夫人への愛がよくわかる代物だった。

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