➁月光
「誓いますぅ! ご主人様の為に戦います!」
薄暗い部屋、奴隷がいる檻の中。
地べたに寝そべった状態の薄汚れた奴隷が俺を見ながら誓いを立てる。
他の奴隷の女達が馬鹿にするように笑っている。
俺が、この奴隷商に来た理由は、戦えない俺の変わりに、戦闘を引き受けて欲しいからだ。
それなのに、手も足を動かない奴隷が、戦うと誓いを立てている事に笑っているのだろう。
「ジュン様、失礼しました。 この娘はルナといって、見ての通り手も足も動きません。 回復系のスキルを使っても治りませんでした。あなた様の望まれる奴隷はこちらになります……」
店主が俺に失礼を詫びて、違う奴隷を勧めてきた。
その女が俺に挨拶をする。
「リズベルです。 ご主人様よろしくお願いします」
可愛らしくスタイルもいい。
この中で選ぶとしたらリズベルが最優先だろう。
誰の目から見ても一目瞭然。
「お前のようなゴミが私のご主人様になる人に話しかけるな! お前なんか足手まといにしかならないんだよ! 分かったら黙ってろ」
「うぅぅ……痛いぃ、痛いぃです」
性格はとんでもなく酷く、足でルナを踏みつけるリズベル。
他の奴隷達もそれを見て楽しく笑っている。
店主は注意すらせず、黙って見ているだけ。
「さあ〜ご主人様、私を選んで下さい!」
「いい、この奴隷にする! この娘に決めた!」
寝そべった奴隷ルナを指差して宣言すると、愕然とした表情で俺を見る店主とリズベル。
少しの間が空き、店主が笑い出す。
「ハハハ、ジュン様はご冗談がお好きのようだ……」
「いいや、俺は本気で言ってるんだ」
俺の言葉を冗談ととらえていたようだが、ご生憎様。
一つとして嘘偽りは無く、ただ純粋な感情で選ばせてもらった。
「なっ、なぜ、ですか!? この程度の奴隷をジュン様に買わせたとバレたら、私めは、あの方に殺されてしまう」
あの方? ああシンラさんのことか!
シンラさんは俺が、この世界に転移した時に大変お世話になった人で、俺のステータスを見た時に、このスキル構成では戦えないと教えてくれた。
自分で戦えないなら奴隷に戦ってもらうしかない。
それで、シンラさんが親しいこの奴隷商に足を運んだ。
そうか、シンラさんって非常に強力な権力を持った人なのかもしれない……今度会ったら、その辺を聞いてみよう。
「シンラさんの事なら大丈夫。 俺の方から、店主は良くしてくれたと伝えておくから」
首を横に振り、否定する店主。
「い、いけません。 ルナだけはいけません! 戦えもしない役立たずの奴隷を買って、どうすると言うのですかっ? それにシンラ様からは、ジュン様に良くするようにと、一番いい奴隷を渡すように、申し付けられております!」
一番いい奴隷?
「リズベルは見た目だけではなく、戦闘も強く頭も賢い! 必ずジュン様のご期待に応えてくれます! だからリズベルを奴隷に……」
「嫌だ! もうルナにすると決めたんだ」
弱い物を馬鹿にして暴力を振るう女が、一番なはずがない。
そんな奴隷に俺は興味なんて持てない。
たとえ見た目が良かろうと、戦いで活躍できようが、人よりも賢いとしても無意味だ!
「ありがとうございます! ご主人様の為に、この命を懸けて戦います」
そう、ルナの、この言葉だけで十分。
俺の為に戦う覚悟をしてくれた気持ちが嬉しくて、ルナを選んだ。
「お前は黙ってろって言ったろうがゴミっ!」
「黙るのはお前の方だリズベル! その足を退かせ!」
俺に怒鳴られて渋々といった様子で足を退かす。
悔しそうな表情で俺を睨むリズベルを無視して、店主の方を見て、頭を下げてお願いする。
「どうかお願いします。 文句なんて言わない。 俺が自分の考えで、意志で選んだんです。 だからお願いします! 」
「わ、分かりましたぁ! もう何も言いますまい」
店主は歯を噛み締めながら苦しそうに返事する。
どうにか納得してくれたようだ。
◆◆◆
その後、別の部屋で店主と話し合い契約書にサインしていると、ボロボロの服装から可愛らしいワンピースに着替えたルナを男がお姫様抱っこで連れてきた。
先程まで薄汚れていた少女は、お風呂に入れられたのか、綺麗になっていた。
美しいフワッとした長く黒い髪と可愛らしい顔立ちをしている。
「かっ可愛い!?」
あっ……つい口から漏れてしまった。
「ご、ご主人様に……可愛いぃって言われた! やったやった♡」
喜ぶルナの表情、あどけない笑顔に俺は心奪われてしまい、何も言い出せない。
「ふふふ。 役に立たないとしても、せめて可愛らしい姿なら、ジュン様も喜んでいただけると思いまして。 いや成功ですな!」
やられた……さすが店主だ。
まさか、こんなに可愛いなんて思いもしなかった。
「元々ルナは容姿は良いのですが、手足の問題があるのに勧める訳にはいかなかったのです。」
「無理を言ってすみません」
「いえいえ、ジュン様が謝ることではありません。 それとこれを……」
店主が机の宝箱を置き、開いて中を見せる。
中身は金貨、箱いっぱいの金貨。
これ以上入らないというぐらい詰まっている。
「えっと……? これは?」
「はい! 金貨でございます。 最低でも、このぐらいは、渡さないと、怖くて眠れませんので!」
いやいやいやいやいやいや!
どれだけシンラさんの事を怖れているんだ。
あんなに優しい人は、そういないのに……
「あのー」
「いや、分かっています! もちろん分かります。 このぐらいでは足りませんよね。 もう一箱……いえ、二箱! それと他に必要な物はありますか?」
一箱で十分……ちょっとぐらいなら遊んでも十分暮らしていける程の金貨の量。
これ以上もらったら人として駄目になりそうだ。
「いや、そうじゃなくて……」
「もちろん! 奴隷はタダで構いません! もしよろしければ、あと一人か二人、奴隷を連れていきますか?」
「いやいや! そうじゃなくて……シンラさんって何者何ですか?」
「ひぃ~!? 何と恐ろしい事を!? なっ、何も知りません! 知ってはイケないのです! 先代の父上より厳しく教えられてきました……シンラ様の事を調べてはならぬと!」
「はぁ?」
何を言ってるんだろうか?
全く意味が分からない。
狼狽する店主が落ち着くまで、かなり時間を浪費してしまった。