第83話 アイドルだった私、第二皇子と対峙
「……は? え? あの、え?」
私、ちょっと何が起きてるのかわけがわからずに焦る。私の腕の中でアイリーンが何度も頷いた。
「えっと、バーナム……様? あの、第二皇太子の……ですか?」
人間って、本当にびっくりすると一周回って落ち着いちゃうものなのね。私、案外ちゃんと聞き返しちゃった。
「急な訪問、申し訳なかった。一刻も早くあなたにお目にかかりたくて、来てしまいました」
「えっと、なんでまた?」
「なんで、って……あのルナウを動かした女性なのでしょう? そりゃ興味も湧きますよ」
優雅な物腰。
にこやかな顔。
紳士的な態度。
けど、私にはわかる。
「そうでしたか。わざわざ私に会うためにここまでおいでいただくだなんて、光栄ですわ」
にっこり笑って、答える。
こいつ、目が笑ってない!!
「ルナウから少しだけ話は聞いてます。まさか彼がパーティーを開催する側になるなんて、本当に青天の霹靂なのです。しかも気になる女性がいるだなどと。一体彼に、何をしたのです?」
冗談めかして話してはいるが、目は真剣そのものだ。
「あら、お聞きになってませんかしら? ルナウ様がたまたま私の公演をご覧になって、いたく感動なさったのだそうですよ?」
「ああ、そうそう。手紙にはそんなことが書いてあったかな。何でも大道芸のようなことをなさっているとか?」
カッチーン。
こいつ、なんでいきなり突っかかってくるわけ? わざわざ喧嘩売りに来る皇太子なんて、いるっ?
「あら、ご覧になる前からそのような偏見を持たれるのですか? どのような舞台かもご存じないのに?」
段々白熱し始めるやり取りに、アイリーンが震え出す。
「あの、お姉様?」
もうやめろ、と彼女は言っている。わかってる。わかってるのよ、アイリーン! でもね、私、こういう物言いの奴、大嫌いなの!
「それは一理ある。こう見えて僕は明日の舞台を楽しみにしているんですよ。まさかルナウまで取り込んでしまうだなんてね」
「あら、飛び込んできたのはルナウ様の方ですわ。それに、とても楽しそうですのよ?」
「楽しそう? ルナウが?」
少し、表情が変わる。
「ええ。他のメンバーとも打ち解けて仲良くやっておりますし、ルナウ様の歌声、お聞きになったことございます? 何しろあれだけの容姿ですし、あのお姿で歌やダンスを披露するルナウ様は、そりゃもう、完璧なアイドルですわ」
「……あい、どる?」
聞きなれない言葉に首を傾げるバーナム。
「あ、そう言えばバーナム様、私達のために壮行会を開いてくださるとお聞きしました。護衛の件といい、なにからなにまでご丁寧にありがとうございます」
「……ルナウのためだからな」
「ええ、よ~っく理解いたしましたわ」
強い口調で述べると、バーナムがフンッと鼻を鳴らし立ち上がる。
「レディの部屋を突然訪問したこと、申し訳なかった。表面上の話ではなく、どうしても自分の目で確かめたかったのでね」
「ええ。とても正しい判断かと思います。こと、大切な人のためであるならば尚更」
「ほぅ……」
「ただし、それを理由に私の大切な人を傷つけるような真似は許しませんから」
キッとバーナムを睨み付ける。相手が王族だとか、第二皇太子だとか、そういう大事なこと、すっかり忘れちゃってたんだけど。
「……リーシャ嬢、誰に向かって口を利いてるのかわかっておいでか?」
さすがに言いすぎたか、と後悔するも、残念ながら私、反省はしない!
「ええ、もちろんですわ。この国の第二皇太子様ですよね? だけど私に会いに来たのは、友人思いの、ただのバーナム様でしょう?」
私の言葉に、バーナムがハッとした顔を向ける。
「なる……ほど。確かにあなたは違うようだ」
「違う?」
オウム返しをしてしまう。
「ルナウが言っていたのですよ。リーシャは違うんだ、とね。なにも違わないだろう。相手はただの伯爵令嬢だ、と思い込んでいましたが……ふむ」
上から下までじろじろと眺め回される。値踏みするようなその視線、ハーベス・キディ公爵と全く同じ! なに? 王家の人間はみんなそうやって人を値踏みするわけっ?
「悪くないかもしれないね」
「何のお話か分かりませんが?」
「ルナウとの縁談ですよ」
「お断りしてますけど?」
「ああ、そうか、もう断って……はぁぁ?」
心底驚いた声を張り上げ、バーナム。
「……断った?」
「ええ」
「ってことは、ルナウはもう君にプロポーズをっ?」
「それに近いことは言われましたが」
「ルナウが……女性にそこまで……。で、なんで君が『断る』んだ?」
「は? その気がないから……?」
首を傾げ言うと、バーナムが口を開いたまま固まる。あらあら、皇太子様ったらそんな顔しちゃダメなんじゃない?
「相手はキディ家だぞ?」
またそれか。
「わかっておりますが?」
「どこに断る理由が?」
どいつもこいつも、そればっかり!
「お聞きしますけど、どうして世の中の女性が漏れなく全員王族に嫁ぎたいと思っているとお考えなのですか?」
「思わない……のか?」
「ええ、ちっとも」
「ちっとも……?」
「これっぽっちも」
指で『少し』のジェスチャーを交え、わかりやすく説明する。
「……なる、ほど」
目を泳がせるバーナム。ちょっとだけ、不憫。
「私がルナウ様に取り入って、妻の座を狙っているのではないかと思ったわけですね」
溜息交じりに、そう言うと、
「まぁ」
と、あっけなく白状する。
「ルナウ様とは御学友だと伺ってますが、本当に仲がよろしいんですね」
「……まぁ」
今度は少し照れたように顔を背ける。
「ルナウ様のことが心配なのでしたら、尚のこと舞台をご覧いただきたいですわ。きっと驚くと思います」
「……そう、か」
狐につままれたみたいになっちゃってるけど、大丈夫なのかしらね?
「失礼いたします。そろそろお召し替えを……えええっ? バーナム皇太子様っ!?」
部屋を訪れたメイドがバーナムの姿を見て、ひっくり返ったのであった。




