第82話 アイドルだった私、教えてもらえない
「ジャオ様の想い人、誘ってくださいましたか? ってことです!」
私の質問に、ジャオが少し渋い顔をする。
「ああ、そのことですか」
「あれ? なんだかいいお返事じゃないなぁ」
私、ちょっと突っかかってみる。
「まさか、誘ってないんですかぁ?」
唇を尖らせ、ブーイング。お相手が来てくれなきゃ、話にならないじゃない!
「いえ……リーシャ様に言われた通り、誘ってはいるのですが、ね」
「えっ? まさか、断られ……」
もしそうだったら私のせいじゃないっ? 無理矢理進展させようとなんかしたからっ。
「いえ、そうではないのですが」
「え? じゃあ、」
「……実は、まだお返事をいただけてなくて」
「じゃ、聞きに行きましょう!」
私、元気いっぱいそう告げる。
「え?」
ジャオが眉をひそめた。
「ジャオ様、お誘いはお手紙ですか?」
「……ええ」
「それじゃダメです!」
ピッと人差し指を立て、チッチッチ、と舌打ちをする。
「目を見て、きちんとお誘いしなければ伝わりませんよ! 絶対に来ていただかなければなりませんから!」
「え? 絶対って……、」
たじろぐジャオに、畳みかける。
「お相手は、どこのどなたです?」
前のめりに訊ねると、困ったように微笑む。
「リーシャ様には敵いませんね」
しかし、その先は続かない。
「え? 教えてくれるんじゃ、」
「そういえばリーシャ様、どこかへ行こうとなさっていたのでは?」
くっ。はぐらかされたーっ!
「まぁ、そうですけどぉ」
ぷぅ、と頬を膨らませる。
「安心してください。きちんと返事はもらいに行きますよ。リーシャ様に言われちゃ逆らえません」
「なっ、」
まるで私が暴君みたいな!
「冗談ですよ」
くすくすと笑うジャオ。
「あ、でも返事をいただきに行くのは本当です。背中を押してくださり、ありがとうございます」
丁寧にお礼など言われてしまう。
ジャオを疑うわけではないけど、本当に連れてくる気があるのか不安に感じた私、つい口を滑らせてしまう。
「……私、この公演で『特別な時間』を皆様に提供したいと思ってるんです。だから、なにか想いを伝えたい相手がいる方には、是非、足を運んでほしい。普段言えないようなことを口にできるような、素直になれるような、そんな魔法みたいな空間を作ってみたいんです!」
思わず熱弁してしまう。
ええ、そうですとも。私は貴族なんていう堅苦しい階級社会に直面し、ビックリなことが山ほどあったのよ! せめてほんのひと時だとしても、私達のパフォーマンスに踊らされて本音をぶつけられたなら……。
「それは……すごい構想ですね」
私の熱弁を前に、ジャオが若干引いている。あ、言いすぎたかも。
「あっ、でもっ、これまだ内緒なので他言無用ですからねっ」
人差し指を口に当て、今更ながら口止めをする。そんな私を見ておかしそうに笑うジャオはやっぱり素敵で、だけど前ほど胸の痛みは感じない。私ってば、薄情女かもしれず!
「わかりました。他言無用ということですね」
そう言って頷くと、
「では、本番楽しみにしております」
と、その場を去って行った。
「本番……か」
その前に、まさかのイベント待ってるけどね。謁見。第二皇太子様か。みんな、大丈夫かなぁ。
*****
楽隊は皆、別棟に部屋を割り振られていた。私はアッシュを探し出すと、訊ねた。
「ねぇ、ルナウとのセッションだけど」
「ああ、秘密のアレですね?」
意地悪な顔で微笑むアッシュ。
「ほんっとに本番まで内緒なわけ? 通しでも一度も見せてくれないなんて」
「見せません」
頑なだ……。
「しかも、あの構成なに? 二人以外は客席待機ってなってるけど?」
「ええ、そうですよ。全員客席から見てください。なにしろ私の舞台デビューですからね」
えええ、アッシュってそんなキャラだったっけぇぇ?
「……なにか企んで、」
「ああっ、こんなことしてる場合じゃない! 早く楽器を搬入してしまわないとっ。ではリーシャ様、また後程」
「へっ?」
目をぱちくりさせてしまう。
アッシュの方から話を切り上げるなんてことがっ?
「あ、うん」
追い出されるような形で部屋を出る。
と、入れ違いに姿を見せたのはルナウ。
「おっと、リーシャか~、どうした~?」
明らかにおかしな口調で不自然に手を挙げるルナウ。
「……ふ~ん、今から練習?」
腕を組み、半眼で睨み付ける。
「そりゃ、練習は大事だからな」
ルナウも同じように腕を組んでみせる。
「完全極秘って、なんなのよ?」
「そりゃ……せっかくだし」
せっかく? なにがせっかくなんだ?
「何をしようとしてるの?」
段々本気で不安になってくる。
「リーシャがやってほしかったことを」
ぐぬぬぬ、そりゃそうなんだけどさぁ。
「……メンバーを客席に置く意味は?」
アッシュにしたのと同じ質問を投げる。
「それ……は、」
焦るルナウ。
無言の圧で、押す。
「ルナウ様、遅い!」
ドアの向こうからアッシュが現れ、アッシュの腕を取ると、
「では」
と一言放ち、どこかへ行ってしまった。秘密を共有する仲、ということか。
「……いつの間にあんなに仲良くなったのかしらね?」
そもそもアッシュはルナウを毛嫌いしていたはずなのに。
私は仕方なく部屋に戻ることにした。この分だと、本当に本番まで見られないままになりそうだ。
「ただいまぁ」
ドアを開けると、アイリーンが顔面蒼白で走り寄ってくる。
「お姉様!」
タックルに近い形で抱きつかれ、思わずよろけてしまうほど。
「え? ちょ、どうしたのっ?」
「あのっ、あの方がっ」
私の胸に顔を埋めたまま、後ろを指す。その指の先には、ソファでくつろぐ誰かの後ろ姿があった。
「え? お客様?」
ルナウの屋敷なのだから、キディ公爵とルナウ以外、ここに知り合いはいないはずだった。ジャオはさっき会ったばかりだったし、他に王都の知り合いと言えばデザイナーのロミくらいなもので、でもロミにはアイリーンだって会っているわけで……。
「あの」
こちらに背を向けている男性に声を掛けると、手にしたティーカップを置き、ゆっくりとこちらを振り返る。柔らかな茶色の髪と、同じ色の瞳。少し、アッシュに感じが似ている風体の彼は、にっこり微笑み、言った。
「やぁ、君がリーシャかい?」
私は小さく頷き、アイリーンを見る。私を見上げるアイリーンは何故か涙目で、不安を煽る。
「どちら様……でしょう?」
そう、訊ねると、彼は、言った。
「初めまして。僕の名前はバーナム。バーナム・キディです」
バーナム……って、は!?
第二皇太子の、バーナム様ぁぁっ?




