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【100話完結!】国民的アイドルを目指していた私にとって社交界でトップを取るなんてチョロすぎる件  作者: にわ冬莉
王都編

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第73話 アイドルだった私、イリスの告白

 ……今、なんて?


 私は涙ながらのイリスの告白を、口をぽかんと開けて聞いていた。


「ちょ、待ってイリス! あなたの好きな人って……アッシュ様だったのっ?」

 隣でルルが驚いた顔をしている。彼女も知らなかったのか。

「そうよっ、私、ずっとアッシュ様のことをお慕いしてたの。小さい頃からずっと! だからアッシュ様に声を掛けられて、マーメイドテイルに入ることが出来てとても嬉しかった。練習も、ずっとアッシュ様と一緒にいられて嬉しかったっ。ただ傍にいられるだけで幸せだったの」

 泣きながら、思いの丈を吐き出す。


「アッシュ様の視線の先にはいつもリーシャ様がいて……私の事なんて見てもくださらない。それでも! 私は幸せだったの! だけどっ、婚約の話が来て、それは、いつかはその日がくるってわかってはいたけど、でもっ、私、もう心の中がぐちゃぐちゃでどうしていいか……」


 しゃくり上げながら話すイリスに、私はどう声を掛けていいかわからなかった。


「まさかアッシュ様をお慕いしてたなんてっ。なんで言ってくれなかったの?」

 ルルが動揺を隠せない様子でイリスの背を撫でる。

「言えるわけないじゃない! アッシュ様はあんなにも一途にリーシャ様を愛しているのに! 私がアッシュ様を好きだなんてわかってしまったら、彼を苦しめてしまうものっ」


 ああ……、

 私は項垂れた。イリスはこんなにも、アッシュを思っているんだ。


「イリス、私、」

「いいえリーシャ様! 何も仰らないでくださいっ。私、リーシャ様にこんなこと言うつもりじゃなかったんですっ。困らせるつもりなんかなくて、ただ……」

「うん、わかってる。婚約の話については、私からマクラーン公爵に相談してみるね」

「あ、ありがとう……ございますっ」

 イリスが私の手を握り、頭を下げる。


「私はっ」

 握った手に、ぎゅっと力が籠る。


「私はアッシュ様の幸せを願っているんです。相手がリーシャ様なら申し分ありません。どうか、どうかあの人を悲しませないで欲しいのです」

「イリス!」

 ルルが慌ててイリスを私から引き剥がす。

「そんなこと言っちゃダメよっ。エイデル家は伯爵、」

「わかってるっ。わかってるけどっ」


 なる……ほど。


 我が家は伯爵家。アッシュは子爵家。普通に考えれば、男性側が自分より爵位の高い令嬢を娶ることはあり得ない、っていう。


 正直、私にはまだ結婚の何たるかなんてわからないし興味もない。ただ、この世界ではそういうものなのだろうな、と漠然と考えていただけ。まだ先の話、と見ないふりをしているだけなのかもしれない。

 でも実際はイリスのように、十代も半ばを過ぎれば婚約の話もあるし、結婚する場合だってあるわけで。しかも相手は家と家が決めた見ず知らずの相手、ってことも日常茶飯事なのだろう。


 黙り込んだ私を気遣うように、ルルがイリスを連れて私の部屋から出て行った。私はなんだかドッと疲れて、そのままソファに身を沈めた。


 この先、自分がこの世界で生きていくためには、何を飲み込み、何を守ればいいのか。アイドル活動だけをただがむしゃらに……という選択肢だけでは、いつか立ち行かなくなってしまうのかもしれない。


 自分が自分であり続けられるようにするには、何が必要なのだろう。

 私には珍しく、そんな風に深く、人生を見つめ直したのである。


*****


 コンコン


 夜、部屋のドアが鳴る。

 うん、わかってる。アイリーンよね。


「どうぞ」

 声を掛け、目を向けると、そっとこちらを覗き込むアイリーンの姿があった。

「いらっしゃい」

 声を掛けると、まっすぐに私の隣に座る。

「……お姉様は何も悪くありませんわ」

「へっ?」

 急にそう言われ、思わずアイリーンの顔を覗き見する。


「別に、盗み聞きしたわけではありませんわよっ。でも……お姉様、元気なさそうですし、その、イリスがお屋敷を出るときに泣いていたようなので……何かあったのだろうと」

「うん。泣いてたね。私が泣かせたわけじゃないんだけど、もしかしたら私が泣かせたのかもしれないなぁ」


 複雑だ。


 私という存在がなければ、二人はうまく行くのだろうか、などと考える自分と、この世界の制度そのものに問題があると感じる自分とがせめぎ合う。恋愛とは、かくも鋭い。


「イリスのお話は、結局なんでしたの?」

 私はアイリーンにイリスの婚約話の件を話した。それから、想い人がいる、という話も。

「そうなのですね。お相手はもしかして、アッシュ……ですか?」

「ええっ? なんでわかったのっ?」

 私は全然気付かなかったのに!


「もしかして、と思うことが何度かあったのです。イリスがアッシュを見つめる視線とか。元々コーラスの二人はアッシュとの接点が高いですし、アッシュはとても紳士的ですもの。そういう気持ちを抱くのは、自然かもしれませんわ。でもきっと、皆に迷惑をかけないように、イリスは気持ちを押し殺していたのでしょうね」


 そうよ。あれだけ仲のいいルルにすら言ってなかったんだもの。


「なるほど、それでお姉様は難しい顔をなさっていたのね」

「だって……」


 婚約話の方はまだいい。マクラーン公爵に話せば何とかしてくれそうな気がするから。でも、アッシュの方は……。


「お姉様はアッシュのこと、好きではないのですか?」


 アイリーンに聞かれ、返答に困る。そりゃ、アッシュは優しいし、嫌いじゃない。マーメイドテイルのことも色々手伝ってくれて、いい人だと思う。


「嫌いじゃないわよ? 好きか、って言われたら、そりゃ、好きなんだけど……」

「恋愛感情ではないという事ですか」

 ふぅ、とアイリーンが息を吐く。


「では、質問を変えてみますね」

 コホン、と咳払いをして、アイリーンが私の目をじっと見つめる。


「アッシュがイリスと結ばれたら、お姉様は心から祝福できますか?」


「……え?」

 そんなこと、考えたことなかったな。私はアッシュもイリスも大切な仲間だと思ってるし、その二人が相思相愛で結ばれることになったら、それってとてもおめでたいことじゃない?


「少し、考えてみるとよろしいかと思います。とにかくお姉様は、自分自身にうとすぎますので」


 首を竦めてそう言うアイリーンの意図が分からず、私は苦笑いしか返せなかった


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