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第2話 アイドルだった私、前よりグラマーに

 私の名前は、リーシャ・エイデル。

 マドラ・エイデル伯爵の長女で、年齢は十七歳。明るい栗色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。体は華奢なのに、とってもグラマー。大人しくて穏やかな性格である…らしい。


 母は五年前に亡くなり、再婚した継母と半分血の繋がった妹がいる。つまり、父は外に女を作っていたということだが、この世界ではさほど珍しくもないようで。


継母の名はシャルナ。妹は十四歳のアイリーン。わかりやすい構図だが、継母は私を毛嫌いし、妹ばかりを可愛がっている。


 私は縁談が決まったばかりだったが、お相手のダリル伯爵家次男、アルフレッドが駄々をこね、私との婚約を破棄したいと言い出したらしい。理由かまた、えげつない。妹のアイリーンと結婚したいのだそうだ。


 まぁ、この界隈ではよくある話?


 私、リーシャがアルフレッドをどう思っていたかは知らないけど、私にとってはすべてがさっき知ったばかりの設定でしかない。特に傷ついてもいないし、はい、どうぞ、ってなもんなんだけど……さすがにそうも言えず。


 大体、三日眠ってて、目が覚めたら別人格、なんて家族を混乱させるに決まってるから、とりあえず私は都合のいい設定『記憶喪失』を発動することにした。

 これでもアイドルやってたんだもん。演技の勉強だってしてる。設定をちゃんと把握して、リーシャの人となりを理解出来ればうまく立ち回ることはできるんじゃないかと思う。


 問題は、この状況がいつまで続くかってこと。


 もしかして一生このままなのかな?

 私、あっちの世界ではどうなっているんだろう。そして、リーシャはどうなってしまったんだろう。

 色々とわからないことだらけではあったけど、今は仕方ない。目の前の問題をひとつずつ解決していくしかないだろう。


「では、覚えていることは?」

 さっきから同じような質問を繰り返すのは、この屋敷のお抱え医師。おじいちゃんに近いおじさんで、偉そうに髭なんか生やしているけど、この世界では髭率高いのかな? 父であるマドラ伯爵も立派な髭が生えている。金に近い茶色の髪に、ザ・威厳! みたいな顎髭。眼光鋭く、あまり感情が読めない風。


「覚えていることは何もありません。私、自分が誰で、今までどんな人生を歩んできたか、何も思い出せないんです」

 私はわかりやすく俯いて、声を落として不安げな顔をして見せた。

「……エイデル伯爵、記憶がないこと以外、特に問題はなさそうなのです。このまま少し様子を見てはいかがかと」

 かしこまって言ってるけど、結局「なにもわかりません」ってことじゃない。適当だな、この医者。


「そうか……。原因不明であるというのは心配だが、記憶をなくしたというのは、リーシャにとっては良かったのかもしれんしな」

 難しい顔でマドラが頷いた。


 そりゃそうか、婚約破棄がショックで倒れちゃったんだもんね。それを忘れてくれてるなら、みんな都合がいいってことよね。ああ、なんだか肩透かしを食らった感じ。私、堂々と記憶喪失やってればいいし、多少変なことしても『あれは本来のリーシャではない』って周りが勝手に思ってくれるってことじゃない? お互い損はない!


「とにかく今は体を大切にしなさい」

 マドラはそう言うと、医者のおじさんと一緒に出て行った。メイド服のおばさんが深々と頭を下げる。


 なんだかあっけないな。娘が原因不明の病で倒れて三日間も意識不明だったって言うのに。そんなもんなのかな?


「お嬢様…あの、私のことも…」

 おばさんが悲しそうな顔で私を見た。

「あ、えっと、ごめんなさい」

 私、なんだか申し訳なくて謝ってしまう。そっけない態度の父親や、顔すら見せに来ない継母と妹は置いておいて、彼女は本当に私を心配してくれてるってわかるし、なのに誰なのか全くわかんないんだもん。


「いいえ、目を覚ましてくださっただけでも充分嬉しゅうございますよ。私はマルタです。メイド長をしております。お嬢様のことは生まれた瞬間から存じておりますわ」

 ああ、乳母的な立ち位置の人なんだ。きっとリーシャの良き理解者だったんだろうな。


「そう…ですか」

 私はふっと笑顔を向け、マルタを見た。

「少しずつ元気になりましょうね、お嬢様。ご無理のないよう」

「そうします」

 マルタは優しく微笑むと、朝食の準備をしますので、と部屋を後にした。


 そういえばお腹が空いた。


 私は、誰もいなくなった部屋を見渡すと、ベッドから降り、窓際の大きな机に向かう。綺麗に整頓された部屋。机の上には数冊の本が並んでいる。引き出しを開けると、リーシャ宛に届いた手紙が入っていた。見たこともない文字なのに、ちゃんと読める。不思議な感覚だ。


 あ、これ婚約者のアルフレッドからの手紙だ。一通の便箋に手を伸ばし、中を開ける。

「うっわ、」

 そこに書かれていたのは婚約破棄を申し出る文言。なになに?


「親の決めた縁談を受け入れるべきなのはわかっていたが、アイリーンとの運命の出会いが私の心を支配してしまった。申し訳ないが、この度の縁談は白紙に戻してもらいたい。そしてアイリーンとの愛を貫きたいという思いを認めてほしい、か」


 まぁ、婚約者にこんなこと言われたらそりゃショックだろうな。


 引き出しを漁ると、他にも色々なものが出てくる。これは…日記?

 グリーンの表紙が綺麗な一冊のノートをパラりとめくる。

 やっぱり日記だ。

 そこには、母親が亡くなった辺りからの出来事が数日おきに書かれていた。短い文章ではあるけれど、彼女の人となりを知るには充分な資料だろう。ゆっくり時間をかけて読むことにしよう。


 ノートを閉じると、部屋の扉をノックする音。そしていい香りが鼻腔をくすぐる。


 まずは腹ごしらえ、である。


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