第12話 アイドルだった私、社交界デビューを飾る
大広間は華やかな飾りつけをされ、メイドたちはいつもの倍以上動き回っていた。
いよいよ、アイリーンの婚約披露パーティー……その時がやってきたのである。
外には続々と貴族たちの馬車が乗り付け、絢爛豪華な衣装を身にまとった貴婦人たちがこれ見よがしにお互いを称え合う、不可思議な光景がそこかしこで儀式のように執り行われている。
私はアイリーンが選んだというシンプルな淡い黄色のドレスに袖を通し、広間へと向かった。
「うわぁ、ゴージャス…、」
昔見たアニメのお姫様みたいな恰好の人がいっぱいいる! これは…アガる!!
女の子なら一度は憧れを持つに違いない舞踏会のシーン。その只中に自分がいるなんて、すごい!
私はマルタに連れられ、父エイデル伯爵の隣に鎮座する。アイリーンは主役なので、あとから登場するらしい。継母であるシャルナは、フロアのど真ん中で既に『社交』を始めているようだった。
「エイデル伯爵、本日はお招きいただきありがとうございます」
立派な髭を携えたおじさんが恭しく頭を下げ挨拶をしてくる。
「ようこそおいでくださった」
「こちらが…?」
おじさんが私を見て、言った。
「ああ、長女のリーシャです」
紹介され、私は慌ててカーテシー…っていうんだっけ? ドレスを摘み、膝を曲げてお辞儀をした。
「これは美しい! うちの息子とうまく話が合えばよいのだが」
舐め回すように私を見るその視線に、背筋が寒くなる。ああ、旦那候補の父親ってことなんだ。これは…なしだな。
「ご子息はどちらに?」
私、顔を確認しようと思わず聞いてしまう。おじさんはフロアを見回し、
「ああ、家内と一緒にいるようだ」
と言って片手を上げた。
向こうで奥さんらしき女性が小さく手を上げる。その隣にいるのは…は?
「ちっさ!」
思わず声に出してしまう。
だって、あの子まだ小学生くらいじゃないのっ?
「もうすぐ十三になる。なぁに、今は小さくともすぐに大きくなってあなたを《《満足させる》》青年になりますよ。はははは!」
下ネタかよ!
とは突っ込めないので、黙る。
ああ、貴族同士のお見合いってこんな感じなのかしら。十七歳の女の子に、十二歳の男の子って……弟じゃん。ダンス、踊れるのかなぁ?
今日の公開お見合いが急に怖くなってくる。変な人ばっかりだったらどうしよう……。
ひっきりなしに訪れる来賓に、私は必死で笑顔を振りまいていた。まぁ、握手会と同じようなもんだから特に問題はないのだけど。そんな私を見て、父であるエイデル伯爵は次第に機嫌がよくなってくる。
「お前がこんなに社交的だったとはな!」
ご満悦だ。
前のリーシャがどうだったか知らないが、引き籠って社交の場にも出なかったことを見ると、多分苦手だったのだろう。
あらかた挨拶が済んだところで、私は父に連れられ婚約者候補たちと顔合わせをすることになった。
ずらりと並べられた男性たち。総勢六名。エイデル家の地位の高さを象徴する光景だ。選ばれたのは同じ伯爵家の男子三名と、子爵家の男子三名。階級で言えば伯爵が上だが、子爵家は土地持ちや商売がうまくいっているなどの資産家をチョイスしたらしい。
ちょっとだけ安心した。年齢や見た目がそれっぽい人もちゃんといるじゃん。
私は、ひとりひとりと挨拶を交わし、逆ハーレム状態でその場をやり過ごす。
と、ファンファーレのような音楽が鳴り響き、皆が一点に注目する。今日の主役が登場するのだ。
アイリーンがアルフレッドと共にフロアに入ってくる。私のドレスとは比べ物にならないほどの、装飾だらけのド派手なピンクのドレス。アルフレッドの方は、白を基調とした丈の長いジャケットを着ていた。ああ、なるほど、育ちのいい坊ちゃん風。顔は整ってるけど、頭はよくなさそうな顔。って、失礼か! で、…え? えええ?
更衣室(街)で会った…人……がいる?
え?
なんで?
どういうこと?
彼、アルフレッドのお付きか何か?
私の動揺を他所に、会場からは拍手が送られ、二人が腕を組みフロアへと進む。そのままダンスを披露するのかと思いきや、アイリーンが目ざとく私を見つけ、手招きをした。
姉を手招きで呼びつけるなっ!
というか、あの彼とばっちり目が合ってしまう。向こうも気付いたらしく、すごく驚いた顔をして口開けてるんですけどっ。
そりゃそうよね。街のダイナーで歌ってた女がこんなところにいるんだもん。しかもあの時の私、翌日会う約束だけしてすっぽかしてるし。ああ、ピンチ……。
私は開き直ってアイリーンのところまで歩み寄った。
「お姉様、覚えていないと思うけど、私の婚約者のアルフレッドよ」
勝ち誇った顔で私の元婚約者を紹介する。私はアルフレッドの顔を見たが、やはり記憶には全くない。思わず口にしてしまう。
「初めまして。リーシャです」
「あ…ああ。本当に記憶がないんだ」
少しは罪悪感とかあるのかしら?
「ええ、全く、何も覚えておりませんの」
「そうか、」
ホッとしたような顔で、アルフレッド。
「そしてこちらが、アルフレッドのお兄様でダリル伯爵家のご長男、ランス・ダリル様」
ほぇぇ、ダリル家の長男だったのか!
アイリーン、よくそんな人を私の更衣室に入れたもんだわね!
「《《初めまして》》、ランス様」
私、一ミリも動揺を顔に出さず挨拶をする。惚けていたダリルだったが、何かを察したのか、単に釣られただけなのか、
「ああ、初め…まして」
と答えた。
すると、その答えが面白くなかったようで、アイリーンが顔を曇らせ、言った。
「あら、お二人は以前お会いしたことって、」
「《《ないわ》》。ですよね?」
私、間髪入れず、言い切る。ダリルが目を泳がせた。
「そう、だな。うん」
嘘、下手かっ。
更衣室で下着姿を見られて以来ですね、って言われたら困るのはそっちでしょうに!
私はつまらなそうな顔のアイリーンをガン無視し、ニコニコとランスに微笑みかけていたのだった。