【番外編】メイド長マルタがリーシャお嬢様を溺愛するのずっと変わらない件、でございます。
わたくしの名前はマルタ・ワイナ。エイデル伯爵家のメイド長をしております。
エイデル家長女であるリーシャお嬢様のことは、産まれる前から目に入れても痛くないほど愛しておりますわ。
……え? 生まれる前からはおかしい、ですって? 何をおっしゃいます! わたくしにとって、リーシャ様のお母上……ララマーナ様は恩人でございます! そのお方の愛娘ですものっ。そりゃあもう、細胞レベルで愛しておりますとも!
リーシャ様は生まれ落ちた瞬間から、天使でございました。ええ、それはそれは可愛らしい赤ん坊でございました。マルタはララマーナ様同様、誠心誠意、尽くして尽くして、まるで孫のようにお世話をさせていただいておりました。
リーシャお嬢様は、ララマーナ様の愛を一身に受け、すくすくとお育ちになりました。
この家の主人であり、リーシャお嬢様の父、エイデル伯爵は外に女を囲って、あまりお屋敷ではお見掛けいたしませんでしたが、それもよかったのでしょう。自由に、楽しく毎日を過ごしていらっしゃるようでした。
ですが……。
元々お体の弱かったララマーナ様がお亡くなりになり、リーシャお嬢様はふさぎ込んでしまわれた……。そこにやってきたのが、外に囲っていた愛人とその娘でございますっ。
派手な見た目と、傲慢知己な物言い! リーシャ様を蔑ろにし、自分の娘であるアイリーン様を溺愛し、意地悪ばかりする女狐親子!
……あらいやだ、こんな発言が旦那様にバレたら、屋敷を追い出されてしまいますわね。我慢しなければいけません。わたくしはなんとしてでもこのお屋敷に残り、リーシャ様にお仕えするという使命がございますものっ! 多少の理不尽は黙って飲み込みますとも。ええ、理不尽、イライラどーんとこい! でございますっ。
――あの日のことは、忘れもいたしません。
リーシャお嬢様に持ち上がった縁談話。お相手はダリル伯爵家の次男であるアルフレッド様。
リーシャお嬢様は、後妻であるシャルナ様、義妹であるアイリーン様からの執拗な嫌がらせから逃れられるのであれば、婚約も結婚もいいことかもしれないと、寂しそうに笑っていらっしゃいました。
それなのに、突然の婚約破棄。
しかも、義妹のアイリーン様と結婚したいから、という理由で!
ああ、なんということ!
社交界デビューもせず、家に籠りきりで、旦那様の駒のように扱われた挙句、婚約破棄をされた令嬢というレッテルまで張られてしまうなんて!
リーシャお嬢様が倒れたと聞かされた時は、生きた心地がいたしませんでしたっ。
……ですが。
「私、何も覚えてなくて……」
昏睡状態から目覚めたリーシャお嬢様は、まるで何かに憑かれたかのように、別人でいらっしゃいました。わたくしのことも覚えておらず、それどころか、シャルナ様やアイリーン様に喧嘩を吹っ掛けるような真似を!!
ええ、スカッとしましたとも!
……あ、コホン。
とても心配になりました。リーシャお嬢様が変わってしまった。わたくしの知る、あのおとなしく、弱々しいお嬢様が消えてしまったのですから……。
それからは驚きの連続でございました。
ダンスを習いたいと言い出したり、アイリーン様の婚約発表の場であんなっ……あんなことをっ。
ええ、マルタはしっかり見ておりました。リーシャ様はホールの真ん中で誇らしげにクルクルと踊っていらっしゃった。なんて優雅な……なんて美しいその姿っ。マルタはっ……マルタはもう、感無量でっ……ぐすっ、えぐっ……
ですがお嬢様!
マルタにはお見通しでございます。あなた様は……リーシャお嬢様ではございませんね。記憶を失くしたから、ということだけで、ここまで人間が変わることなど、ありませんわ。いえ、だからといってあなた様を否定するつもりもないのです。あなた様はリーシャお嬢様を……ただ俯いてばかりいたお嬢様をこんなにも輝かせてくれた。
あの日……初めて「まーめいどている」なる舞台を目にしたときにわかったのです。あなた様はこのエイデル家を変えるためにいらしたのだ、と。あんなに意地悪だった義妹のアイリーン様が懐き、元婚約者であったアルフレッド様、その兄であるランス様までがあなた様の言葉に従い、まるで猛獣使いのようでございました。
あれよあれよという間に「まーめいどている」の噂が飛び交うようになり、わたくしはそんなリーシャお嬢様を誇らしく思い始めておりました。
ある日のことです。
その日もリーシャお嬢様は「まーめいどている」の公演がございました。マルタはメイド長という立場を最大限利用し、リーシャお嬢様のダンスと歌を会場の片隅で楽しませていただいておりました。激しいダンスは目で追い切れないほど早く、あんなに動きながら歌まで歌うリーシャお嬢様は、惚れ惚れするようで、目が離せなくなっておりました。
「……あら?」
リーシャお嬢様のお姿が、少しぼやけたのです。まぁ、わたくしも年ですのでね、いわゆる「老眼」というやつだと思ったのですが……そうではありません。
「あれは……なんでしょ?」
リーシャお嬢様と重なるように、もう一人の女性の姿が見えるのです。そのお嬢様は奇抜な、丈の短いドレスを着ておりました。手に棒きれのようなものを握り、髪は黒く……ですが、「まーめいどている」の歌をうたっているのです。
「……リーシャ……様?」
どうしてそんなことを口にしたのか、わたくしにはわかりませんでした。けれど、リーシャお嬢様と重なって見えたその黒髪の女性が、一生懸命手足を動かし、はち切れんばかりの笑顔で歌っているその姿を見ていたら、涙が止まらなくなってしまったのです。
「リーシャお嬢様っ」
これはマルタの妄想でございます。
あの日、リーシャお嬢様が別人のようになってしまった時、本物のリーシャお嬢様はどこか別の国、別の人間になってしまったのかもしれない。けれどその国で、リーシャお嬢様は生きていらっしゃる! まーめいどているの歌をうたい、笑顔で過ごしていらっしゃる!
そんなバカなことを、考えずにはいられないのです――。
マルタはずっと、リーシャお嬢様の一番の味方です。
どうか、お嬢様が幸せでおられますように。
マルタはいつでも、どこにいても、お嬢様を心から愛しております……。
◇
「ねぇ、マルタ! 着替え手伝ってぇぇ!」
「ああ、もう、どうしてもう少し早くお召し替えをしなかったんですかお嬢様!」
「だぁって、アルフレッドが振り付け覚えるの遅いから、練習付き合ってたんだもんっ」
「あいどる活動もほどほどになさいませ! 本日講義にいらっしゃるアイゼン様は、都で教えていたこともあるという由緒正しき……」
「あー、はいはいわかってますって! まったく、勉強なんか面倒でやりたくないけど、これも芸の肥やしってことよね。仕方ない。それなりに頑張るわ」
「それなりとは何ですかお嬢様っ」
「えへへ、ごめぇん。ああ、着替え終わった! マルタがいてくれて、ほんと助かってる! いつもありがと感謝してます行ってきまーす!」
「あ、お嬢様! 走ってはいけませんっ。淑女たるもの、廊下は静かにぃぃ……って、聞いておりませんわね。まったく、困ったお嬢様ですこと」
なんてことを言いながらも、わたくしは今のリーシャお嬢様のことも、あいどる活動のことも、心から愛しておりますわ。
げっと、うぉーたーーーー!!
なんちゃって☆
おしまい
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アイチョロを朗読していただいた際、マルタを読んでくださった役者さんがめちゃくちゃマルタ推しでした。(笑)
とてもありがたかったので、ファンアート的に、番外編書いてみました。
マーメイドテイル
https://kakuyomu.jp/works/16817330666451753725
もよろしくお願いします。m( _ _)m
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https://x.com/aruji_player/status/1926261977740935189
アイチョロ読んでもらったやつ!(1:18頃からスタートです)