violence head
やっぱりそうだ。
駆けだしてまもなくにライフルを構えたウォーリアの姿を発見し、オルトは仮説を確信に変えた。
最初から、このプレイヤーに仕掛けられていた。
このプレイヤーは後を追いかけてきていたのが証拠だ。
常道ならスナイパーが近づいてくるメリットは無い、只でさえクセの強いライフルを使っているのだから高所に陣取って動かず狙撃に専念するべきだ。このプレイヤーがそれをしなかった理由は時間を惜しんだからだ。
短時間で逃避組 (ボーナスポイント)を総取りするために近づいてキルするつもりでいた。あの狙撃の大目的は獲物の逃亡を妨害するための牽制だ。
このプレイヤーはエフ達の組との戦闘を避けるために開幕の雷轟砲 (インパルスカノン)で巻き上がった土煙を利用し、迂回して後方の獲物を狩りに来たのだ。
作戦内容をきちんと理解して最もポイントを奪れるプランを練ってきた。相当やりこんで馴れている上に、きちんと頭を使ってるプレイヤー。
つまりは面倒くさいヤツ。
次の拍子――、
右足を軸に半身で回転。
弾丸が通り抜けて爆ぜる。
次弾が来る。
木の裏側に入り込む。幹が炸裂し、みちりと軋みを上げて倒れ始める。飛び出したところを狙われるのは必定だ。だから、身構える。次の弾が飛来するその瞬間まで動かず、じっとレンズを正面に向けて、備える。
来る、来る、来る、――いま!
跳ぶ、避ける。
これで四発。
後二発でリロード、その間にこちらの射程圏内に踏み入れるはずだ。
どうする、お前はどうするんだ?
撤退? 距離を空ける?
選択肢としてはもちろんアリだ、だけど、オルトには相手がそんな温いことをしてこない確信があった。
コイツは退かないし、何なら自分から近づいてくる。理由はただ一つ、ポイントがオルトの後ろにあるから。コイツはプレイヤーだ、真剣にゲームをしている廃人プレイヤー。だから最もリザルトを稼ぐ選択をする。
腹が立つくらい、シンパシーを感じる。
狙撃のタイミングも思考パターンも、全部全部、手に取るように分かってしまう。
これが同族嫌悪というヤツなのだろう。
次の狙撃もほら、避けられた。
直線ルートで接近を試みる。
最期の一発? そんな物は来ない。
オルトがレンズを向ける先で、強襲者はあっさりとライフルを捨てアサルトとブレードを抜いた。
そらみろ、享楽者らしい面が出た。
でも、だけど、お前が殺した人たちは遊びじゃなかったんだ。
メンタルが渦巻いて燃える。
オルトもまた下腕部ポケットに格納していたブレードを抜いた。
お前は、殺したんだ、お前は奪ったんだ、お前は、お前は!
タタタタタッ!
牽制のアサルト? ふざけるな、こちらはお前と同じ機械の躰だぞ。そんな軽い弾が通用すると思うな!
レンズをかばうように、腕を交差、猪突。
ちゅいんちゅいんとプレートの側面を弾丸が流れていく。
そのまま間合いまで踏み込むと上段振り下ろしで、口火を切った。
見え見えの攻撃だ、避けられる。だから、胴の真ん中へと蹴りをお見舞いする。
当たった! しかし、ライフルを差し込まれて空間を作り、威力を軽減された。
『アースウォーリア』と言うゲームは、カスタム性の高い武装を扱うFPSであり、その性質上、武器をどれだけ上手に扱えるかということに目が行きやすい。ウォーリア本体の操作については自然に身についていくため、二の次になる。だが、オルトは無限の時間を費やしてシミュレーションに打ち込み、ウォーリアでアスレチックや格闘が出来る程度に習熟した。
そのオルトにとっさに合わせて、ここまで接近戦に対応できるということは、このプレイヤーも相当に変態だ。
本当に誰なんだ? 卓越したライフルの腕だけじゃ無い、近接格闘まで熟し、セオリーを無視した作戦も使ってくる。上位ランカー級の実力なのは間違いないが、いまいち、オルトの記憶にあるどの上位ランカーともスタイルが一致しない。
何よりも気持ち悪いのが――
横薙ぎの剣戟を肩のプレートの角度を利用し削るようにいなす。生まれた間隙にこちらの刃を差し込もうとすれば、ライフルがレンズの目の前に突き付けられ、オルトは銃身を掴んで無理矢理肩口に逸らして躱した。
仕切り直しだ、お互いが取り決めていたかのように三歩分の距離をとった。
この感じ、まるでお互いがお互いの次の手を知ってから斬り合っているかのように、見切って見切られる。
近接戦闘がこんなにも長期化するなんて異常だ。
向こうも短時間での排除を望んだから踏み込んできただろうに。
焦れているな、だけど、淡々と攻略の糸口を探っている。そうだろう?
次の合――来る!
やはり牽制のアサルトからだ、レンズを庇った一瞬の間に、ブレードが生まれた死角から強襲。来る場所が事前に分かっていれば対処はいくらでも可能だ。こちらのブレードを合わせて剣戟の軌道を制御する。頭上を薙いで鉄火が降った。
さあ、こちらのターンだ。膝を立てて踏み込むが、
ギチヂチ
機械の躰から呻きのようなイヤな音が鳴った。
[――ッ!!]
計ったように最悪のタイミング、右くるぶしの関節がイカレた。長距離移動の負荷がここで出るのか!
体勢が崩れる、やられる。
ぐわぁん
レンズが揺れる。
右側頭部をバレルに握り直したアサルトでぶん殴られた。
とどめが来る、ちくしょう、負けだ。でも時間は作れた、あの子はきっと逃げ切れた。だったら勝ちだ、ざまあみろ、ポイント厨。
いよいよを覚悟したときだった。
「らっああああああ!!」
雄叫びが割り込んだのだ。
怒れる長髪はあたかも鬼神の如く、鉄腕の宝玉が光を漲らせると、その身は疾矢に劣らない速度で駆けた。
身の丈ほどもある長大のキューショナーが暴風のように荒れ狂う様はいっそ笑えた。
まさしくは圧倒。
技術を力でねじ伏せる所業。
有無を言わさぬ膂力でブレードを叩き折り、その勢いのままに敵のウォーリアを吹き飛ばす。
これほどに感情を剥き出しにしたエフはかつて観たことが無い。
「はあ、はあ、はあ、……はあぁ」
大きく息を吐き出し、浮き出していた血管が皮膚の下に隠れると、そこに立っていたのはいつものエフだった。
かなりの負荷を負担していたであろう彼女の身体は至る所で内出血を引き起こし、褐色の肌が赤黒く変色している。エフはペティを使って自分の身体を切って血を体外に出す作業を終わらせてからオルトに振り向いた。
「ごめんね」
表情も口調もフラットなのに、そこにはやりきれなさが滲んでいる気がした。
全身から血を流す痛々しい姿を観て、オルトは彼女にどんな言葉を掛けるべきが分からなかった。
そこまでの全霊でやって謝る必要なんて無いんだ、そう口にしたら彼女は報われるのだろうか。だけど彼女の信念を分かった気になって空々しい言葉を使うことはオルトには出来なかった。
Lily!
オルトが逃がしたはずのあの子供がひょっこりと顔を出したのだ。
追い掛けてきたのか、逃げろと言ったのに聞かない子だ。
情報を得るためにまたクラッキングを仕掛けるつもりなのだろう、機械の腕の調子を確かめているエフを伺いながらオルトに近づいてくる子供を仕方が無いと思いながら観ていたそのときだった。
タンッ
一発の発砲音。
オルトのレンズには、頸部から血を噴き出す子供の姿が映っていた。
矮躯が、その場に頽れる。
ぴくりぴくりと痙攣していた指先の動きが、止まった。
「ふぅッ!!」
エフの気配が膨れ上がる。
振りかぶったキューショナーをぶん投げると、こちらにアサルトを向けていた死に体のウォーリアのCPUを胸部装甲ごと破壊したのだ。
オルトにはアサルトではダメージは通らない、エフにも通用しないだろう。
どうせ破壊されるのならば、少しでもポイントを稼ぐほうが良い、この状況で一番実入りを期待できる対象はあの子だった。あの子を撃った理由はそんなところだろう。そんな程度のことだ。
[ポイント厨……]
反吐が出るよ、まったく、まったくのクソったれだ。
オルトは血溜まりを広げる子供の『死』から目を逸らすことが出来なかった。
メンタルを占めるのは敗北感だった。
目前の事象を、あの子の『終了』をオルトのメンタルは拒絶している。
しかし、レンズの真実はこんなにもくっきりと証明してしまっていた。
エフはあの子に近づくと仰向けにして、「よくがんばったね」と言葉を掛けながらシェイクハンドの儀式を終わらせた。
いよいよ、あの子の死が確かな物になってしまった気がした。
[死んじゃったんだ]
死んでしまった、オルトが抱えて走って、どうしても守り抜きたいと思ったあの子は、身体を残して消えてしまった。
もはやどこにもいない、あの子はもうオルトのことを『Lily』と呼んではくれない。
メンタルが渦巻き淀む。
布を水に浸したみたいに滲んでいく。
そんなオルトに、エフは言った。
「行くよ」
[いきたくない]
「それはダメ」
エフは問答無用でオルトを肩に担ぐと子供の脇を抜けていった。あの子の血を踏みつけて、ここに置いてけぼりにして――
[ッ!!」
捩るようにエフの身体から転がったオルトは子供に覆い被さった。
[ごめん、ごめんね、ボクが、守ってあげられなかった、命を守ってあげられなかったんだ!」
メンタルの根底から次々に湧くこれはいったいなんなのだ。
[キミの生きるを、守ってあげられなかった!]
発声が揺れる、思考する前に言葉が吐き出る。支離滅裂で、意味を持たない行為をやめられない。
謝罪はもう届かないのに、言わずにはいられない。
苦しい。
どれだけ言葉を重ねてもこの暴力的な激情はちっとも引っ込まない。それどころか溢れて大きくなって痛くて、苦しくて、苦しくて……。
[死なんて、死なんて……]
単なる終了工程 (ターミネーション)なものか! この子の消失がなんにも意味を持たないなんて、そんなことがあってはならない。あって良いはずが無い。なぜなら、この子は生きていたのだから。オルトの目の前で生きていたのだから。
[死なんてぇ……」
苦しみ、噛み締め、いまこそオルトはその事実を本当の意味で自分のものにしたのだ。
「そう、それが大事」
後ろから伸びたエフの指が、機械のヘッドの輪郭をなぞる。
「死の本質を理解して、その上でまっとうすることに意味がある。死を畏れ、だけどそれ以上に生きることをやり遂げなければならない」
言葉がオルトのメンタルに落ちてくる。
「わたしたちはいずれ絶滅する。マザーAIはこの地上から肉体を持つ全ての人類を駆逐する。だからせめて、わたしたちは尊厳を抱きしめて生きることをまっとうするんだよ」
それこそが、『ちゃんと死ぬ』と言うことだ、と。
肉体に依存した存在は容易く他者の介在に左右される不安定な存在だ。彼らはその弱さを強さに変えたのだ。他者に影響されて自らを超克し続ける、そうやって魂を鍛え続けてきたのである。
だから彼らは死の恐怖にさえ立ち向かうことができる。自らの生きるがその先にあるのなら、平気で踏み入っていくのだ。
[できないよ、ボクはこの子の死を受け止められない、ボクには、無理だ……]
「できるよ、お前は泣いているもの。この子がまっとうして生き抜いたからお前はこの子を讃えて涙を流した。だからお前だってその場所を目指せるんだよ」
[ウォーリアに涙を表現する機能は無いよ、ボクは泣くこともできない]
「涙は魂で流すものだよ。お前はこの子を想って泣いた、とっても大事なこと」
魂、魂か。
[ホントにボクにもそんなものあるのかな?]
「あるよ、たくさん揺れて大きく育ってる、いまこの瞬間もね。そのときが来たらちゃんと返してあげるからね」
カツン
オルトのメンタルを演算しているCPUの位置をエフは爪で鳴らしたのだ。
お前はちゃんと死ねるよ、と。
[ボクの魂……」
そうか、だったら、オルトも強くなれるのかもしれない。
この場所から遠くへ、高みへ、踏み越えて、その場所でちゃんと死ぬ。
「行くよ」
[……わかった]
レンズに血だまりの上で指を組んで眠るあの子の姿を焼き付けてから、オルトはエフの手を取った。
魂の落涙は止まらない。
しずしずと、どこまでも暗い闇中に降り続けている。
[ぁ、くう、ぅ]
こんな重たい代物を一人で抱えるなんてとんでもない、預かってくれる誰かがいることのなんと心強いことだろう。
オルトには手を引いてくれる人がいる。道を示し、寄り添い歩いてくれる人がいる。
だから進める、まだ、進み続けることが出来る。
せめて、進み続けなくてはならない。
[うぅ……]
嗚咽を噛み締めて、オルトは先へ進んだ。