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deep mind

 不利と緊張を強いられた戦いの中で、オルトの精神は新境地へ到達していた。

 怒り、恨み、恐れ、心は熱く滾り、敵を殺せと哮り狂う。その情動をロジカルなCPUが制御してカタチを与え、鉄の獣に仕立て上げていた。

 CPUの演算結果の『枠組み (フレーム)』に繋がれない知性を持った獣、すなわちは『人』。

 何処までも冷徹に、しかし誰よりも情熱を抱いた矛盾存在 (パラドクスプレデター)。


 向けられた銃口に恐怖し、一刻も早い回避運動を催促する心を留め置く。

 まだ撃たない、まだだ、まだ――

 我慢我慢我慢、耐えて堪えて忍えて――


 そら、ここだろう?

 『直感』に誘われて腰とくるぶしのコイルを回す。

 弾丸をかいぐぐり、腰溜めにした拳を突き出す。


 敵もオルトによく合わせてきた。

 正中線で練り上げた力をコイルで増幅させながら、肩へ、腕へ、下腕へ、掌底へと導いて繰り出された掌打。受け止めるどころか、弾き飛ばす。

 電脳の訓練スペースで、途方もない時間を糧にして習得したであろう、妙技。

 たったの一合で練度が歴然となる。

 なにがそこまで追い詰めた、オマエはこの『アースウォーリア』をただの遊びだと思っているプレイヤーだろうに。


 オマエは一体、何者だ?

 オマエが、だれだろうと!


 崩れた体幹を修正しようとするCPUの命令を遮断、意思の宿らない『物体』となった機械の躰は、弾かれた拳の慣性に委ねて引っ張られる。

 再起動、逆腕で掌打で伸びた敵の腕を掴み、引っ張る。


 がっごん!

 頭突き (チョーパン)。

 想定以上の威力で、レンズに一本亀裂が入る。ヘッド内の反響のせいで、オルトも敵も一呼吸間の麻痺に陥る。

[エフッ!]

 褐色碧眼の少女は言われるまでも無いとばかりに、首跳ね剣を振り上げていた。

 決着の確信は、あっさりと裏切られる。


 タタタタタッ!

 エフの背後から弾丸が襲ったのだ。

「――ッく!」

 被弾しながらも、エフは歯を食いしばってキューショナーを振り下ろした。だが、一瞬の硬直と鈍った動きは敵の回避を許すには充分過ぎる材料だった。

 正面のオルトと身体の位置を入れ替えてエフへと押しつけ、がら空きの腹を蹴り飛ばしたのだ。

 もんどり打つエフとオルトへ向けて、再び弾丸が降り注ぐ。


 オルトはエフを身体の下へ入れて庇った。

 連携している、だと?

 プレイヤーがエフの攻略のために協力態勢を築いたとでも言うのか?

 エフが下から足裏でオルトを跳ね上げて退かし、自身も退避する。二人の居た場所を炸裂弾が強襲した。『アイツ』の仕業だ、オルトとの打擲で捨てたライフルを構えてレンズを向けている。

 どうして追撃してこないんだ?

 獲物を品定めする狩人でも気取ってるのか?

 起き上がりながらオルトはエフによって破壊されたであろう機械兵の残骸からアサルトを徴収し、牽制の射撃を入れながらエフと背中合わせになった。

[エフ、傷は?]

「関係ないよ」

 どうだって戦うのだから、と言うことだろう。だが、明らかにエフの顔色は悪い、血を流しすぎている。瞬発的な動きに支障が出るのは間違いない。碧眼に灯す闘志は衰えていないとはいえ、この状況の継続が危険なことは分かりきっていた。


 タンッ!

 銃声、ただし弾丸の飛来は無い。

 続けて異なる銃種の発砲音が二発続く。

「ちっ」

 エフの舌打ち。

 筋肉が硬直するのを察する。

 ライフルを構えた敵が片手を上げ、指をいくつか上げて折ってをした。

 ハンドサイン。

 隠れていた敵がぞろぞろ姿を現しオルトとエフを囲うように陣形を取る。


 四人隊列 (フォーマンセル)、こいつらは本当にチームをやってるのだ。

 あの敵が攻撃にネガティブだったのは、エフによって破壊されたチームメイトがリポップして合流するのを待っていたのだろう。さっきの銃声が集合の合図だ。

 一番動ける『アイツ』が前衛を務めて、全員で攻撃、仲間が削られたら現状を維持しつつ、体力を消費させる。明らかなメタ張りだ、エフの個人技を封殺するようなやり方だ。

 効果の程は、エフの現状が物語っている。

 ここから敵の攻勢が始まる、ここまで消耗したエフと二人だけで凌げるだろうか。


[エフ、一体で良いからクラック出来ない?]

「ダメ、プロテクトが厚くなってる、五秒はかかる」

 マザーAIもエフのやりたい放題に業を煮やしたと言うことか、クソッたれめ。

「お前は逃げて良いよ」

 どうして、そんなことをいうのさ。

 心臓をひもで括って背中側に引っ張られるようなこの痛みを、きっと『悲しみ』と呼ぶ。

 ねえ、エフ。キミはボクが大切なキミの『死』を見過ごして平気でいられる思っているのかい?

 ボクにとってのキミがどうなったって構わない存在だって、そう思っているのかい?

 だとしたら、キミはボクの『心』を裏切っているよ。


[逃げないよ、絶対だ]

「どうして?」

[キミを未来に引っ張って行くからだよ]

「……そう」

 短い返事から彼女の心を感じることは出来なかった。

「リーダーの案山子、お前がやって」

 それしかない、負傷したいまのエフではアイツには適わない。囲まれたままではそれこそ一方的に嬲られて終わる。

[わかった]

「お前だから、超えられるよ」

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか、俄然、応えたくなる。


 トリガー!

 

 ダダダダッ、オルトがアサルトの弾丸をばら撒くと同時に、エフがキューショナーを投擲する。

 反転 (ピポットターン)。

 お互いの位置を入れ替え、反発する同極の磁石のように離れる。

 半身になってキューショナーを躱した機械兵に、オルトは下腕ポケットの射出口を向けた。

 これはブラフ、ツースもブレードもここには収納されていない。

 だから、アサルトをトリガー!

 この弾幕は牽制だ。敵がレンズを守るために左腕を翳すのを観て、オルトは死角が増えた左側へ回る。自身の脇の下から覗くように背後を確認すると、エフが機械腕で拳を握り、取り巻きの一体に詰め寄ろうとしていた。


 敵側も綺麗に対応している。

 エフに狙われた一体が後退する一方で残りの二体が三角陣形 (トライアングル)で囲い直そうとしている。

 よくも練習してきたものだ。

 トリガーを引いて、敵のムービングの進路を妨害。ついでにエフの方へ、アサルトを投げておく。

 ぞくり

 来るだろうね、当たり前だ。

 オルトを殴り落とすために迫ったライフルの銃床を肘鉄砲で迎え撃つ。構成パーツの痺れと揺れを指先の感覚受容モジュールから受信し、オルトは指先を伸ばした。

 スクラップになった『一位』の躰へ、そこに突き立ったブレードの柄へと。

 触れる、握って、掴む、そのまま振りかぶる軌道で敵の機械兵へと強襲する。


 がぎぎぎぃ

 迎撃された、下腕ポケットに格納されているウィンチワイヤーに接続されていた尖端武器はソードブレイカー。

 鋸状の峰にオルトの握るブレードの刀身が削り取られ、返し鍔で引っかかる。

 武装を傷つけ、破壊することを目的にした対白兵特化の武装だ。最初から、近接戦闘、おそらくはエフとの殴り合いを想定して武装選択してきたということか。

 みすみすやられはしない。

 足裏で『一位』のスクラップを踏みつけながら短槍を掴む。

 ぐわぁん 

 突くでもない、斬るでも無い、質量を押しつけるだけの殴打。

 機械の反響音は意外なことに柔い、面で当たり、受け身を取られたのだ。先の掌打と真逆の連動、衝撃を掌握して流された。その勢いに乗るように、機械兵は距離を取ろうとする。

 ライフルだろう? 分かってる、だから追撃。

 下弦斬り上げ。

 槍柄を滑り、柄尻を握るのではなく中指と薬指の間に挟み、親指で抑え込む。射程限界の先の先、数値にして僅か一〇センチ、しかし、本来埋まらないはずの間隙を超えて、到達する。

 宿敵の機械兵が宙空でくの字になりながら向けるライフルの先端を、かち上げる。


 くわん……ズダンッ!


 吸い込まれるように弾丸が蒼空へ消えた。

 観たな、お前はようやくボクを観たな?

 胸くそ悪いシンパシーは、オルトにコイツの少しも波立たないCPUの静謐を訴えていた。

 コイツは飽きていたのだ、ポイントを集め、不動絶対のランキングの『一位』すらも下し、野心の矛先を失っていた。

 武器構成やプレイングは、ポイントよりもエフを仕留めることに執着していた。もはやコイツにとって、この『アースウォーリア』の目標は最強の存在、エフにしかなかったのだ。そのエフを仕留める直前にまで追い込んで、コイツは絶望していたのだろう、エフの次を思って途方に暮れていた。そんなところに、エフに劣る程度のヤツが出張ってきて気分がアガるはずもない。前座が本命の後に出張ってくるシナリオなんてシラけも良いところだ。

 だけど、いまお前のCPUは熱を帯びた。

 勝利の確信を揺るがす可能性をオルトに認めた。


 そんなに昂ぶるなよ、引っ張られるだろうが。

 レンズを輝かせた敵の機械兵は腰後ろに留めたグラディウスを抜刀したのだ。 

 回転。

 逆手に握り直した短槍による刺突を繰り出す。

 キューショナーの対抗策として装備してきたであろう、刀身に厚みのあるグラディウスはオルトの渾身の突撃を受け止めてびくりともしない。


 前へ。

 柄の先へと身を乗り出す。

 ヤツは嬉々として応えてきた。ソードブレイカーによる刺突がレンズの横を通り、刃殺しの鋸峰が肩口をがりがりと削る。

 刺突では無かったか、ウィンチワイヤーの射出だ。

 内部機構を備えている槍とは異なり、ソードブレイカーはツースほど真っ直ぐ飛ばないし飛距離も無い。だが、この距離なら十分な威力を備えた攻撃が可能だ。

 本命はフリーになった持ち手、刃の後に続く鉄腕の多段攻撃。

 ぐわんっ

 ヘッドが揺れる。

 打たれた側の集音装置がえぐり取られたかのように空白になる。ホワイトノイズ、感覚の乖離。

 蓄積したダメージのせいだ、システムのリカバリーが鈍い。

 かろうじて明滅する視覚情報を掬い取りながらオルトの躰は迎撃していた。しかし、情報の遅延は覆せない。思考を読んで決着を狙った致命攻撃は防げても即時攻撃への対応は間に合わない。


 一方的なラッシュ。

 殴られながら奇妙な感覚に陥る。

 殴られているのに、殴っているかのような、守っているのに攻撃しているような。

 以前戦ったときと同じだ。

 戦いが続けば続くほどに相手の行動予測が精確になっていく。これはもう予測なんて域では無い、一体化だ。共鳴が拡大し、機械のプレートという仕切りを忘我し、彼我を同一にしていく。


 まるで装置だった。

 オルゴールの台座の上で踊る人形のように、既定路をなぞる玩具。


 ――だから、すでに決着を演算し終えていた。


 オルトの胸部プレートが削がれる。

 敵の機械兵の肩を槍で突く。

 突き立てようとした槍を弾かれて、カウンターのグラディウスを喰らう。受け止めた右腕はひしゃげて使い物にならなくなった。

 遮二無二で突き出したブレードが敵の胸部プレートに突き立ちはしたものの、ポキリと半ばで折れた。ソードブレイカーと打ち合ったダメージのせいだ。


 武器も無い、片腕も無い、視界もままならない。

 ないないない。


 ソードブレイカーがレンズを砕き、ヘッドを貫通した。


 ――そら、演算した通りだ。

 

 頭上に掲げられたグラディウス。

 大上段袈裟。

 右の肩口から侵入し、オルトのCPUに刃を突き立てるべく、めきゃりめきゃりとプレートを押し潰していく。

 

 ここが結末、この先には何も無い。


 圧力に負けて腰を落とし、膝を突く。もう逃れることは出来ない。

 ここで終わる、この先に数値は存在しない。


 この地点こそが、オルトとヤツの決定的な違いだった。


[あ、……ア、ァ……アア、ア、ア]

 

 踏み越えろ、その先へ、既知の先へ、無の境地へ――


 ――まっとうしろ!


 本当に強い思いをこの世界は無視しない。

 心で求め続けた想いは必ず、『奇蹟』を実現する。

 

 オルトの左腕は『ソレ』を掴み取っていた。

 ヤツが落とした炸薬弾装填済みのライフル。


 トリガーッ!!


 『超至近距離銃撃 (タケヤリ)』


 敵の胸部に突き立ったブレードが弾丸に後押しされてCPUに到達する。

 次いで、ヤツとオルトの間で炸薬が爆ぜ、互いに吹き飛んだ。


 やっただろうか、きっとやったのだろう。オルトはソレを望んだのだから。


 グラディウスはオルトのCPUに到達していた。

 ああ、冷えていく、解けていく、消えていく。

 信号の点滅も心の熱も、全てがいま、夜空に昇る焔の粒のように色彩を失っていく。

 恐怖があり、悔いがあり、安堵もあった。

 迎えつつある終わりのなんとも鮮やかなことだろう。少なくとも、この『死』には『価値』があった。

 

「ねえ、聞こえてる?」

 エフの声が聞こえる

 集音装置はかろうじて生きていたか、だがそれも時間の問題だろう。

 音声出力装置は、ダメみたいだ。


「もしもーし」

 knock knock

 最後まで、キミってヤツは。

「そう、死ぬのね」

 その声がほんの少し震えて聞こえたのは、集音装置がいよいよ限界だからか、はたまたオルトの願望か。


「そう、なら、お前に返さなくちゃ。……よくがんばったね」

 この満ち満ちる心地良さをきっと歓喜と呼ぶ。

 キミにそう言ってねぎらって貰えることが、どれほどに救いか。

 やったのだ、やり遂げたのだ、まっとうしたのだ、そう本心から思えた。


 やっぱりキミこそが希望なんだよエフ。

 だからどうか、だれよりも、いつまでも、生きて、生き抜いて、キミは誰よりも強く眩しいんだ。

 キミが自分を信じられなくたって、キミの『生命』はだれよりも本物なんだよ。


[……ェ、……フ]

「――そう、……そうなんだね」

 伝わっただろうか、この心の一厘でもキミに届いただろうか。

「そう……」

 だったらと、死を乞い続けた少女は、張り詰めた声で願ったのだ。


「――だったら、生きて」

 

 なにをしているんだ?

 クラッキングされている?

 いまさら、なにをどうしようというのだ。


「お前のメモリをわたしの脳を経由してあっちの瀕死の案山子に上書きする」

 無茶だ! そんなことが出来るはずが無い。

 電脳でコンテンツをダウンロードするのとは訳が違う。ここは現実でエフは生身だ。他人のメンタルなんて異物を入れたら自我を崩壊させかねない。

 止めろ、ボクは望まない、キミがどうにかなるようなことにボクは加担したくない、止めてくれ。


[エ……め……]

「ふ、ぅぐ……」

 エフの苦悶が聞こえる。やはり相当の負荷が掛かっているのだ。


「はあ、はあ、あああ!」

 

 エフ!

 

 光に、呑まれた。


 ▼


 痛い。

 ポッドが並んだ無菌室。

 この痛みは存在してしまった痛みだ。

 訳も分からず、意味も分からず、全てを識らず、だけど、この世界のこの時代に生きてしまった。


 一番最初から絶望していた。


 人の肉体から精神を電子化して、電脳空間へ移譲する、過去に行われた人類を永遠にする計画。

 この計画は、最終的なシューマン波を利用した地球規模の精神移譲の前に、入念な実例実験が行われていた。

 少女が目覚めた施設はその実験施設で、少女は精神を剥離した肉体を保存したサンプルだった。

 マザーAIがこの施設を維持し続けてい理由は、おそらくは単なる歴史保存が目的だろう。

 施設に備え付けられていた機器から知識をインストールしたとき、少女はより深く絶望した。自己の希薄さを理由をつけて理解したからだ。


 何処にも行けない、何者にもなれない、なにも発露しない。

 少女は抜け殻で、生物を装った愚物だった。

 知能生命体の到達しうる究極の実現に伴って生まれた廃棄物、それこそが少女に貼り付けられれいたラベルだった。


 意味も無く存在して消える。それで良かったのに、電脳を拒絶した人類の子孫達は少女を施設から連れ出した。彼らの剥き出しの社会性を観察して、少女は自身に感情を錯覚した。それを唯一の意味だと自分を騙した。だから、少女は人々の願いを叶え続けた。

 仕事を引き受け、戦いに積極的に参加した。


 『助けて』

 『救って』

 『道導になって』


 少女は頷いた。


 願いを叶えるために、自身の身体を戦える身体に改造した。壊れやすい部位は積極的に人工物に交換し、生い立ち柄、電子との親和性の高かった少女はその性質を利用して左腕にCPUを内蔵したデヴァイスを接着し、肉体のスペックをコントロール出来るようにした。

 願いに依存した少女にとって、『救済』を実行することはそのままレーゾンデートルを意味した。いや、それは美化した言葉だ。ただ、そうすること以外に、何をして良いのか分からなかっただけのこと。


 いよいよこの『願い』にも終わりが見えてきた頃、少女は一体の機械兵と出会った。

 電脳から訪れる『人類』が入った機械兵は、少女にとって地上の人々と比べて、優先の比重が軽かった。

 言動、行動、全て『薄い』の一言に限る。少女はメンタル達に本物の感情を認められず、クオリティが『幼稚』だと判断した。

 この機械兵の面倒を見ることに決めたのは、彼がこの地上の人々を『人間』だと認めて憧れていたからだった。

 少女はこのとき、彼に可能性を期待したのだ。

 このまるでいつかの自分のように希薄な自己しか持ち得ない無機物が『生命』を獲得することが出来たとしたら、あるいは、少女は自身に対しても期待を持てるかもしれない。


 少女は彼に『救済』を願った。

 そして彼はこの地上世界で心を育てた。

 誰かを想い、涙を流した。

 誰かのために、歯を食いしばった。

 諦めるほかに無い未来と必然にさえ抗う強さを手に入れてくれた。

 少女にさえも、手を差し伸べて見せた。

 少女にとって彼は、紛れもない『救世主』になっていた。


 お前と出会えて良かった。

 お前と生きられて良かった。

 お前と未来を望めて良かった。


 だから、全てを掛けて、わたしは願うんだよ。


 死なないで。

 

「生きて」


 ▼


 エフがいる。

 機械の躰は動かない、メモリが混濁している。なにがどうなって、どうしていまここにいるのか分からない。

 分かるのは、レンズにエフが映っている、たったそれだけ。


 エフ!

 出力できない。音声出力装置がこの躰には搭載されていない。

 ヘッドを動かして自身の胸部に折れたブレードの刃が突き刺さっているのを観た。これはCPUに達している、すぐに活動出来なくなるだろう。


 これを刺したのはオルトではなかったか?

 だめだ、CPUが甚大な損傷をしているせいか、思考がままらない。


 ねえ、エフ!


 伝えなくちゃいけない気がする。

 でも伝える術が無い。


 エフ、ボクは、キミに――


 かつん

 エフが指先でレンズを弾いて言う。


「ばいばい、オルト」

 

 なんで、なんで、そんなこと言うんだ……。

 

『残存戦力ゼロ% MISSION FILED』


 なんだこの表示。

 わけがわからない、やめくれ、まってくれ、連れて行くな!


 エフッ!!


 ――ブツンッ


 地上から、オルトは消失した。


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