royal throne
続けてもう一つポッドを破壊した。
ポッドは正面から攻略しようとすると何体ものプレイヤーと遭遇することになる。反面、横と背後に対して無防備だ。
プレイヤー達は出撃すると一目散に地上人類が居る都市へ向けて進行しているからである。
ポッドを破壊するだけなら最も安全な後方から狙うのが最善だが、そうも言ってられない。都市へ向かおうとするウォーリア達を間引く必要もあるし、最上位ランカーのような能力の高いプレイヤーを野放しにするわけにはいかないからだ。
チューニング済みのスコープに視点を切り替えて情報を収集しつつ、今後の行動の指針を立てる。
エフの方で三つ破壊したようだ。残りのポッドは三つ、絶望的だった状況に光明が差してきた。
都市の方はやや押されているな。
ポッドを破壊してもリスタートが出来なくなるだけだ、出撃中の機体は残存して活動している。一度掃討に戻るべきだろうか。
だが、索敵した限りでは手が付けられないプレイヤーが都市で好き放題している様子はない、既に半数以上のポッドを破壊した。凌ぎさえすれば都市の方の戦況は好転していくはずだ。
もう少し情報を集めたいが、配置したスコープがつぎつぎと破壊されている。
大半は『アイツ』の仕業だろう、どうやって見つけ出しているのだろうか。アイツもオルトに対してシンパシーを感じているのだとしたら、不愉快だ。
オルトの『心』にはあの光景が顔の傷のように刻まれている。
目の前で『アイツ』があの子を殺したあの光景だ。
ポイント厨の『アイツ』からしたら自分以外のプレイヤーのポッドなんて邪魔で仕方がないはずだ。わざわざオルトやエフの邪魔をするために出張ってくるとは思えない。
『アイツ』はポッドを破壊して回るオルトとエフの存在に気付いている。出くわさないのはアイツのポッドでは無いからだ。
逆説、このままポッドを壊して回れば『アイツ』と遭遇する。
戻るか、攻めるか。
決断しろ、どちらを選べば良い?
殺しに行きたい、何度もリスタートさせては叩き潰して恐怖を味わわせてやりたい。あの子の痛みはこんなものじゃあ済まないんだと、狂気をレンズにまざまざと映してやりたい。
凶暴な欲求がオルトの中で主張する。
おまえはそのために、都市から出てきたのだろう、と。
恐怖したオルトを動かしたのは復讐心だ。大切なものを奪った『アイツ』に復讐をすることはオルトの悲願だ。
オルトが、歩を向けたのは、――都市の方だった。
復讐に行きたい。
だけどもっとも考えなくてはならないのは、より多くの地上人類を生存させる方法であるべきだ。
都市の方をなんとかすれば数を使った戦略で優位に立って残りのポッドを攻略できる。被害を減らすことが出来る。オルトが後ろに下がる分エフに負担を掛けることは懸念だが、都市のみんなとエフの生存能力なら、エフの方に軍配が上がる。彼女ならそう易々とはやられない。対して都市のみんなは危なっかしい。戦術を教えてまだ日が浅い、少しのミスで簡単に瓦解するだろう。
それに既に大半のポッドを破壊したことも教えてやりたい、みんなはいま絶望の中で戦っている。あと一息だと根拠を持って希望を伝えてやれば、みんなの心はどれだけ安らぐだろう。
前回の戦いでエフを回避する選択をした『アイツ』なら、きっと最後まで残る。決着は後回しでも間に合う。
この判断は正しいはずだ、みんなと一緒に未来に残りたい、それがオルトの一番の願いなのだから。
足を止めたのは、次に観たショッキングな光景のせいだった。
[そんな……]
エフが、膝を着いていた。
まさに視覚情報をスコープから主観レンズに戻そうとしていたそのとき、最後にアプローチしたスコープに映っていたのだ。
あのエフが、困憊の表情を浮かべ、キューショナーを頼りにする姿が。
立ち塞がっていたのは、『アイツ』だった。
オマエはまた、――奪うというのか!
[みんな、ごめん]
耐えてくれ。
エフはやらせない、絶対に、奪わせるものか。
そして、
[オマエはボクが潰す]
脱兎の如く。
もはや、凶暴を留める楔は無い。
エフ、間に合って、ボクはまだ、キミと。
心が逸る。
キミの元へ、アイツに刃を突き立てるまで。
止まるつもりなんて無かった。
しかし、またしても足を止めてしまう。
まるで鳥籠 (ケージ)の格子をたったいま自覚したかのよう。
異様で、圧倒される。
そこには、今まで以上に濃密な『死』の気配があった。
何体もの機械兵が、胸部装甲を穿たれて横たわっている。幹にも地面にも、傷痕がそこかしこにあった。
これは、マズい。
どどうっ
爆破、炎上。
ポッドが破壊されたのだ。
エフじゃ無い、やったのはプレイヤーだ、ポイントを独占したいから、自ら排除に動いたのだ。
一人で充分、絶対的な自信がそのムービングを催促したのだろう。
それほどの実力を確信しているプレイヤーの仕業。
ち、きゅきききッ!
超高速で襲い来る平たい形状の槍 (スピア)。
独特な摩擦音は槍本体に搭載されている機構に由来する。
持っていたアサルトの銃身を盾に無理矢理軌道を逸らす。
ぎゃりぎゃりぎゃり、カバーも螺旋も弾機も砕かれて蹂躙されてなおも突進力を殺しきれない。
多段滑車の連動によって生みだされる、重加速突撃。
[うぅ、ああああ]
肩口を削ぎ取られる。ツースでかち上げてようやく回避にありつけた。
ここで、出くわすのか!
ランキング『一位』
槍身の異なる左右のスピアを愛用する、『アースウォーリア』の不動のトップ。
スピアはそれぞれ下腕ポケットに内蔵されているウィンチワイヤーに接続されており、変幻自在の攻撃を繰り出す。電脳のコンテンツでシェア一位を誇る『アースウォーリア』の頂点に立つ彼のスタイルは、卓越したウォーリアの操作技能、そして、両手のスピアとウィンチによって繰り出される高速機動戦闘だ。かつてオルトも取り入れようとして断念した、『一位』にのみ許された孤高の戦姿。
間髪が無い。
幹を抉ったスピア内部でモータが逆回転、本体側のウィンチの巻き取りと相乗し、高速で接近してくる。
ぎゅりぎゅりぎゅり
集音装置が不況和音に震えた。
カウンターを合わせてツースを射出する。
ワイヤーを用いた高速移動は多くのプレイヤーが会得しているが、その運用方法は極めて単調な直線移動になってしまう欠点がある。狩り取る側からすれば移動中のプレイヤーほど狙い安く、タイミングを合わせることも容易いということだ。ライフルがあったらまず外すことは無い。
しかしオルトは知っていた、このセオリーは『一位』だけには通用しない。
到達コンマの速度で、直線を移動してきたはずの『一位』はオルトの目の前でガクンと左に湾曲したのだ。
スピア内部のモーターとワイヤーの引き込みの反発、それからウォーリア本体の重心移動によって操作された必然の無軌道移動。
背後に回りながら、ひねりを加えた蹴撃がオルトのヘッドへ直撃する。
レンズが揺れる、ぐわんぐわんと、ヘッド内の反響を集音装置がダイレクトに拾う。
狩られる。
観なくたって分かる、背後で左の短槍を振り上げる『一位』。
地を蹴る、ウエストのスイベルを旋回、左の下腕ポケットからブレードを射出。
ギンッ!
刃の一進一退。
コアを狙い澄ました短槍の振り下ろしを、ブレードの刀身で押しとどめる。
ジッ、チ!
左腕のコイルを作動、リフトアップで生まれる刃の下り坂を槍の穂先が撫で滑る。
何でも良い、武器を。
掴んだのはこぶし大の石ころ。
それでも良い。
レンズを叩き割るために『一位』のヘッドへ向けて石を握った右腕を振り上げる。
がつん
蹴り飛ばされる、転がって打ち付けられる。
距離は空いたが予断はない、なおも、ここは一位の間合いなのだから。
ぎゅり、ぎゅりりり
接触不良が引き起こすスノーノイズの断絶の合間から、鋒が強襲する。
宙空で加速する短槍へ握っていた石を投げつけて、勢いが衰えた隙にブレードで打ち返す。
ここまでがたったの一交合。
上空に陰を観た。
長槍だ。ワイヤーを柄に見立てた長距離射程、振り下ろしの潰撃。
逃げ道を探せば弾き飛ばした短槍が蛇行しながら迫っていた。
安易に跳べば地を這う短槍に串刺しにされてしまう。
だから、退く。
バックステップで距離とタイミングを調整する。
焦れる、逸る。
CPUは眈々と時計 (クロック)を数える。
――ここだ。
イイィイイイ!
ウィンチの出力を引き上げる。
ゆっくりと引き戻していたツースが跳ね上がり、長槍と短槍に繋がるそれぞれのワイヤーを絡め取った。
二つの槍はなおもオルトに迫る。しかし、操作性は格段に落ちた、オルトならば避けられる。
前方へ跳躍、天地の槍の隙間を背面跳びでくぐり抜ける。
着地で、がくりと頽れた。
引き、込まれる。
絡まったオルトのツースごと『一位』がワイヤーが巻き込んでいる、引き摺られる。足裏でワイヤーを挟み込んで摩擦で減衰を図るが、殺しきれない。
構えた『一位』の足裏が直撃する前にブレードがワイヤーを断ち斬った。慣性で『一位』の股下を潜り抜け、背面を睨む。
不意に得た、好ポジション。
ブレードを突き出す。
振り向きの踵が跳ぶ。
ガツンッ
首を回してレンズへの直撃は避けたが、ヘッドの激しい揺れに酩酊を覚える。気持ち悪い、溺れるように、縋り付くように、掴んだぞ――オマエの足を。
深く、奥へ、刃 (ブレード)をもっと突き立てろ。
ガツン、ガツン、ガツン
ヘッドが衝撃に揺れる。『一位』が何度も足裏で踏みつけてくる。だから、オルトはブレードを握り続けていられた。
闇雲に突き出したブレードだ、『一位』のどの部位へ命中しているかなんて分からない。はたして、致命に届きうるかは不確かだった。
良かったよ、オマエがイヤがってくれて。
俄然、殺意 (やる気)が出る。
怯えろ、震えろ、ボクがオマエを超える存在だ。
[脅えろよ、頂点]
クツクツクツクツクツ!
嗤う、馬鹿にして、虚仮にする。
ガツン……
踏みつけ (スタンピング)が止んだ。
観えたぞ、オマエの弱さを、この心で捕捉してCPUに入力したぞ。
クツクツクツ!
[焦っているんだろう?]
思えば、『一位』のやり方は『らしく』なかった。
『一位』の最大の恐ろしさとは、他の一切を意に返さない唯我独尊さだった。誰にもマネできないスタイルに裏付けされた、誰も寄せ付けない快刀乱麻を断つ活躍。
『一位』の強みとは、『没頭』なのだ、どこまでも『我が侭』になること。
だが、今回、一位はわざわざ他のプレイヤーの邪魔をしている、他者へ頓着している。自分でその集中力を曇らせたのだ。
[いまのオマエは、最強じゃあない]
孤高を失ったオマエは、自身の最強を疑ったオマエは、『凡人』だ。
腕のコイルを回して、ブレードを捩じ込んで、抉る。
がりり、確かな手応えを得た。『命』を削った。
ガツン!
必死じゃないか、そんなに踏みつけちゃってさ。
畏れは機械兵を呑んだか。
オルトを押しつぶそうとしていた力が引く力に変わる。
なんだよ、ソレ。
[逃げるのか、おい、逃げるのかよ!]
オマエのレンズは曇ってるのか?
こっちにはもう武器はない。ツースは切り離し、ブレードもオマエに刺さったままだ。そのブレードを引き抜いてこっちに向けてみろよ。
殺しに来い、殺してやるから。
合い立ち、睨めつける。
レンズの奥に潜む魂の炎で敵を焼く。
オルトが一歩を踏んだときだった、『一位』は両腕の下腕ポケットのウィンチを剥離 (パージ)して走り去ったのだ。
無様だよ、ああ、まったく幼稚だ。
『一位』の残していった短槍の柄に接続されているワイヤーを引きちぎって握り締め、オルトは後を追った。
滅ぼせ、潰滅せよ。
鉄の脚で大地を掻き分けて情動に任せて突き進む。
心の衝動に身を任せる傍らで、冷たいCPUが状況を演算して囁く。
この先に『居るぞ』と。
『直感』、最大級の嫌悪、最悪のシンパシー。
既に殺意の矛先は臆病者なぞには向いていなかった。
[らっああああ!]
くたばれ
真後ろまで伸ばした腕を跳ね馬の脚の如くの躍動で前方へ、肩から手首まででひねりを加えた槍は隼となって、目標へ飛んだ。鉄の嘴は機械兵の心臓を啄み、レンズが光を失う。
あっけない。
いくらなんでも、そんな退場の仕方はないだろう、ランキング『一位』。
両腕を切り落とされ、槍に串刺しにされた姿はまるで早贄だ。盾代わりに使ったガラクタを邪魔だと言わんばかりに蹴飛ばした『ソイツ』は、レンズにオルトを映したのだ。
そうか、そういうことか。
足下に転がったスクラップと、それを見向くことすらせずに獲物 (ポイント)の品定めをする鋼鉄の兵士。
かつてオルトがアースウォーリアというコンテンツに魅入られるきっかけとなった、宣伝用のプロモーションビデオで見た構図そのもの。
どうしてオルトと相対したとき、『一位』は焦っていたのか、らしくなかったのか。それはもう、あのプレイヤーが『一位』では無かったからだ。奪われた玉座をなんとか取り返そうと躍起になっていた、それがあの無様な姿だった。
本当のランキング『一位』は、いま目の前に立っている『コイツ』だ。
コイツこそが、オルトが去った後の『アースウォーリア』の頂点、もっとも地上の人間を殺した最低最悪のプレイヤー。
敵を挟んだ向こう側では、衣服を濡れた血で光らせるエフが、かろうじてキューショナーを構えていた。
前も、いまも、コイツはオルトから大切なモノを奪っていく。
CPUの抑制を心の炎が上回ったとき、オルトは弾けるように目の前の敵へと襲いかかっていた。




