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serpent under it

 不可思議な感覚だった。


 前方二体、右方一体、左方はまだ距離があるな。


 全ての情報がクリアに把握出来た。

 草木の振動、機械の擦れる音、プレートに反射する陽光の輝きとそれに照らされる陰影。地上世界で生きてきたリアルな質感が判断を克明にする。

 かつて無いほどにオルトのCPUは高効率で演算していた。


 邪魔だ、雑魚の分際で、ボクの前に立つな。

 アサルトの二連発が精確に前方敵のレンズを破壊。引き時と思い切りを勘違いしている下手くそが無闇矢鱈な乱射を始めた。

 悪手だって分からないからランクを上げられないんだよ。

 ほくそ笑んでオルトは迫る敵のレンズを全て撃ち抜き、下手くその脇をすり抜けた。

 一生そこで当たらない的を狙って他のプレイヤーの顰蹙を買ってくれ。

 眼中に無いんだ。


 ぎり、ぎりり。

 グリップを絞る手に力が入る。

 弾丸を撃て、敵を殺せ、『アイツ』を殺せ!


 レンズの奥に激情を灯し、疾走する。

 低い姿勢のまま飛び出し、接敵。動揺している、反応が遅れているぞ、藤四郎。

 下腕ポケットを開いて、敵のプレートの隙間にツースをねじ込んで展開、伸びる固定用の返しで内側からコードを引きちぎられ、CPUを破損した敵ウォーリアは即座に活動を停止した。

 息を吐く間もない。

 ぞくり

 活性化したCPUが『直感』という情報を即座に演算に捻じ込み、伝達する。

 ツースが刺さったままの敵ウォーリアを腕の動きだけで引き寄せ、盾にする。

 ツィンツィン

 着弾数は二、音が軽い、火力よりも取り回し優先タイプの軽量銃だ。

 遂に来たな。

 ソイツは堂に入った歩みでオルトの前に現れた。

 かっこいいだろうと言わんばかりに、肩の位置まで持ち上げた二丁拳銃を見せびらかしている。


 ランキング『五位』。

 オルトが性能テストすら無意味と切り捨てた『アースウォーリア』では不人気の小銃をわざわざ愛用する、超近距離戦闘スタイルの最上位ランカー。


 オルトはコイツのことがキライだった。なにが気に入らないって、コイツの不条理なスタイルだ。両手に拳銃を持ってるくせに態々接近して格闘をする、しかも今みたいに、いちいちポージングする。そんなお遊び重視のちゃんちゃらプレイでランキングは『五位』、オルトの上に居座っている。それが、気に入らなくて、ムカついて、どうしてこんな奴にって、ずっと思っていた。

 コイツは変態なプレイスタイルを敢えてやる自分に酔ったナルシストで、おまけに目立ちたがり屋なのだ。

 『アースウォーリア』はそういうゲームじゃない、効率を突き詰めてポイントを奪取する戦略のゲームだ。おまえはコンテンツの選択を間違えている、ヒーローごっこがやりたいなら余所でやってろ。ずっとそう言ってやりたかった。

 今にして思えば、彼がもっともこのコンテンツを娯楽として愉しんでいたのだろう。


 『五位』が片足を引き、右手を伸ばして銃の照準をオルトに合わせ、もう片方の銃をヘッドの横に倒すポージングをした。

 さあ構えろ。

 そう挑発された気がして、オルトは弾避けにしていたウォーリアからツースを引き抜き、ナイフのように握った。もったいぶった態度で重心を落とす『五位』の接近に備えて、フルオートに切り替えたアサルトを脇に密着させる。


 来い、来い。

 ああ、違うな『受け身 (コレ)』じゃあダメだ。

 

 行く!


 タ、ダダダ


 トリガーを引いて、初動と威勢を殺しに掛かる。

 『五位』はきちんと対応してきた。

 格闘を主体にしているのだから、言うまでもなく彼のウォーリアの制御技能は卓越している。同じレヴェルで動かせるのは『一位』ぐらいだろう。


 だが、忘れてはいけない。


 ここに、もう一人、『居る』のである。


 弾を避けるために左側へステップを踏んだ『五位』の進路を塞ぐように、オルトは接近していた。

 アサルトで遠くからちまちまと削るようなヒマは無い、敵の得意距離を承知で踏み込む。

 いまのオルトなら、この距離で『五位』とだって戦える。

 もともとウォーリアを制御するための修練は積んでいた。それが比較にならない濃密な体験を、オルトはこの地上世界で、この躰で経験してきたのだから。

 傷つき、修復し、感じ続けたこの躰はもう紛れもないオルトの本体だ。

 『お客さん (プレイヤー)』に、躰の使い方で後れをとることなど有り得ない。

 

 オルトのレンズに拳銃が向く。

 鋭敏化したCPUはライフリングの溝すらくっきり読み取り、弾丸の発射をいまかいまかと予感する。

 僅かな首の傾きで、弾丸はヘッドの流線形状の表面を流れた。

 腕を振り、指間腔を擦りながらワイヤーをムチのように撓らせ、投げたツースの尖端が『五位』のヘッドの横っ面を引っ叩く。

 痛いか? 

 集音装置をダイレクトにぶん殴られるとメンタルが痺れるだろう?


 トリガー!

 弾丸の強襲を避けられない負債と判断するなり、『五位』は攻勢に転じた。

 タタタタッ!

 閃耀をプレートの表面に踊り散らしながら、左の拳銃がオルトのヘッド目掛けて墜ちてくる。

 届かないだろう、拳一つ分の距離がそこからでは届かない。勝負は相手のこの一撃を見過ごした後、ツースを捻じり込んでやる。

 タイミングを計り、くるぶしのコイルをきりりと回す。


 『ほんとに、届かないのか?』


 囁いたのは『心』だ。

 合理的に演算するCPU に『揺らぎ』を入力する、不合理の値に到達し得る『1』。

 退く。

 前に進むために回そうとしていたコイルを全て逆に作動させる。

 レンズの数センチ先を突起の尖端が通過した。


 打撃杭 (スパイク)。

 拳銃のグリップエンドに仕込んでいた隠し牙。

 

 やってくれる。

 不合理極まりない予測不可の一撃。

 だって、デメリットしか無い。マガジン底にギミックを仕込むと言うことは、本来の使用用途である銃撃に密接に関わってくる装弾数を減らすことになる。加えてリロードも面倒な手順を踏まなければならなくなる。構造に無駄な隙間が増える点も頂けない、強度が下がるでは無いか。

 ほんとうに、自己満足以外の意義が思い当たらない。

 だいたいそれ、今までに使ったことあるのか?

 どう考えてもそのシチュエーションに遭遇するビジョンが見えない。

 その有り得ない状況が、たった今訪れ、オルトは危うく、してやられるところだった。

 紙一重を『五位』は退けて、オルトは逃した。それがたった今起きたことの全てなのだ。

 本当に、現実 (リアル)は、ままならない。


 だからこそ、『心』が必要なのだ。

 不合理を乗り越えて行きたい場所へ行くために、人は触れあい、その体の中に『心』を育てなければならないのだ。痛みにあえいでも、幸福に微睡んでも、魂の限り、心を奮わせて生きていく。


 超えるさ、超えてやる。

 出来るはずだ、オルトの躰には生きるための『心』があるのだから。


 再び、合い、交差。

 撃ち、撃たれる。              

 避けて、踏み込み、撃つ。

 威嚇するように腕を大きく振り回す『五位』の役者ぶりを、もう侮らない。その『現象』を超克することに一念を注ぐ。


 オルトの変貌した気配を察したか、『五位』の身振りの細部に緊張を見留める。

 覚悟はどうしたよ歌舞伎役者、そのぶきっちょ足で、阻むつもりか。

 その程度で、『命』を奪いに来たのか!


 両者必殺の間合い。

 殺しと破壊しか存在しない死合い。

 

 ちぃいん、ちゅん、ちゅいん

 ダ、ダン、ダダダダッ

 

 鉄鋼を削り合う。

 レンズの向こうの敵を殺すために全霊になる。

 打擲の応酬は激しさを増し、マズルフラッシュで投影する影絵が両者を獣に変じる。


 拳の延長に突き出された銃身を殺意で繰り出したツースで弾き飛ばす。


 見抜いていたさ、ここだろう?


 『五位』のレンズに狩人の欲望を観る。

 逆腕、死神の鎌の角度、オルトのヘッドと胴を繋ぐ頸椎部をスパイクが狙う。


 ず、ち、じちち

 ケーブルを保護する皮膜に空いた穴隙。 


 到達したのは、僅か数ミリ。

 そこで、止まる。

 あたかも蜘蛛が張り巡らせた網で蝶を絡め取ったかのように、ウィンチを巻き取って突っ張ったワイヤーがそれ以上の腕の進入を許さない。


 処理が遅れたな? 思考を空白にしたな?

 それはこの間合いでは致命的な間隙だ。

[ら、あああああ!]

 呵成と供に、逆手に持ち替えたツースを『五位』のレンズ目掛けて振り下ろす。


 ぎゃッ、ぎゃりぎゃりり

 手応えで聞いた振動は、絶叫によく似ていた。


 これで、決着。

[お前が負けて、ボクが勝った]

 聞こえているか?

 否定するかのように、『五位』が蹴りを繰り出す。

 そんな精細を欠いた苦し紛れの蹴りが当たるわけが無いだろう。

 たったの一歩後ろへ、それだけで射程圏外、絶対に届かない隔たり、これこそが彼我の差。


 『五位』は芝居がかって震えた後に、ふっと力を抜き、二丁拳銃の銃口を向けてきた。撃たれる前にオルトはウィンチを巻き取った。

 きり、きゅりりりぃ

 がくんと、前方へ蹌踉けた『五位』の胸部プレートの隙間にアサルトのバレルを捻じり込む。


 だきゃきゃきゃきゃきゃ!!


 プレートの内側で、銃弾が乱反射する。

 ケーブルもコネクタもCPUも、何もかもを喰い破る。

 見えてないだろうに、操作だってままならないだろうに、『五位』はまだ拳銃をオルトへ向けようとしてきた。気概は認める、流石は最上位ランカーだ。


 だが、おまえの負けだ、その事実を思い知れ。

 

 だきゃきゃきゃきゃきゃ――

 

 オルトは敵が沈黙するまでトリガーを絞り続けた。


 やがて、

 がたりと。

 ガラクタがまた一つ、オルトの足下に転がったのだ。

 

 やってやった。

 目立った損傷は無い、パフォーマンスにも損耗はない。

 戦闘は、問題なく続行可能。

 なんだ、やれるじゃないか。

[つぎ……]

 リスタートしたプレイヤーがもうやってきている。

 プレイヤーがリスポーンするエッグ型ポッドを全て破壊することも、最上位ランカーさえも、この戦いを終わらせるための通過点に過ぎない。

 勝利は依然遠い

 常に付き纏う『死』の気配に、闘争心で蓋をする。


 戦うのだ。


 何体現れようとも。


 撃つ、撃つ。

 ツースを突き刺し、ヘッドを引きちぎり、レンズを踏みつけて粉砕する。

 修羅を演じて奮迅し、歩みは止めず、むしろ急くばかりだった。


 辿り着いた、ものものしく屹立する卵型のポッド。

 ウオーリアを吐き出す巣窟の内部へ続くスロープを踏んだ。

 ふとこみ上げる自嘲。

 オルトにとってこのスロープは降りるだけのものだった。コントロールを得られたのはいつも地上に降りてから。つまり、一度としてオルトは自分で意思でこの路を歩いていなかった。

 エフと出会ったあの日の出撃もそうだった。

 なにも知らず、なんにも考えず、演出以上の意味を探さないで、ゲームの始まりとスロープの開閉口の向こうに広がる美麗な世界にばかり気をとられていた。

 その場所にあったのは、保護フィルターの掛からない剥き出しの痛みで、無知の残酷さはオルトを苦しめ続けた。電脳では制御可能な知識でしかなかった『感情』をこの世界で一つ一つ拾い上げる度に、オルトは振り回されて、変革した。

 用意されて与えられたのではない、自分で獲得して変わってきたのだ。

 だからいま、この路をオルトは自分の意思で昇ることができた。

 こんな時なのに、それがこそばゆくて、どこか誇らしかった。


 かつん


 ポッド内部に足音がリフレクトする。

 整然と並んだコンテナには待機状態のウォーリアが陳列している。

 天井から吊り下がるマニピュレートアームがコンテナのロックを解除して、アクティブになったプレイヤーの憑依したウォーリアを地上へと送り出すのだ。

 いってらっしゃい、たくさん殺してきてね。なんて、玄関口でハグして背中を押されるみたいに、全てをお膳立てされた無邪気なメンタルはそうとは知らずに、地上の人々に絶望を振り撒きにいく。

 

 かつん、かつん

 ポッドの中央まで進んだオルトは、アサルトの銃口を頭上へ向けた。


 マザーAIは悪意を持たない。

 メンタル達に真実を公表しないのも、ストレスを与えないためだ。

 ゆりかごの平穏を恒久に守り続ける役割を果たしているだけだ。


 だけど、痛みを伴わないで痛みを与えることは、きっと歪なんだよ。

 だから、オルトはこの引き金を引く。


 ぎゅきゃきゃ――


 マニピュレートアームを滅多撃ちにする。

 

 薄暗いポッド内に閃光が降る。

 コンテナで待機中のウォーリア達のレンズが、あたかも憧憬するように光を反射していた。


 断線したコードから火を噴き、マザーAIの機械の腕 (かいな)が瓦解していく。

  

 ――きゃりきゃりきゃりりり……

 

 ジャムった。

 蓄積した摩擦熱で柔らかくなったバレルが変形したのだろう。

 使えなくなったアサルトを放り投げてから、オルトはワイヤーを射出して絡め取ったマニピュレートアームを引きずり下ろした。

 火薬に引火したか、火の手が上がり、広がった。


 これで、やっと一つ。

 まだ、たったの、一つ。


 エフも戦っている。

 都市ではみんなも戦っている。

 

 『アイツ』の存在も忘れていない。


 炎を背中に、オルトはガラクタ共の脇から銃を拾い上げたのだ。


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