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easter egg


 ごおう、ごおう


 巨体が横列で空を征き、畏怖を喧伝するように地上にストライプの模様を描く。

 雄大な鋼鉄の無慈悲な質量に目を瞠っていた地上人の都市の上で鉄鯨の群れは扇状に展開し、都市を包囲するようにそれぞれが腹に抱えていた災厄を振り撒く卵を堕としたのだ。

 雷鳴のような轟きと供に樹木がひしゃげて、怯えた獣が走る。

 大地の震撼に人々はその場で踏鞴を踏んでひれ伏した。

 地上に屹立した八つの鉄の卵。

 それぞれが煙を吐きながら展開し、渡されたスロープからぞろぞろと並んだ機械の兵隊が下りてくる。


 かつ、かつ、だん、だん、だん

 一定の拍子で揃えられた足音はさながらコンチェルト、いや、きっと行軍曲こそが相応しい。地上人類を根絶やしするために、機械兵どもはやってくるのだから。

 マザーAIはこのゲームを終わらせにきたのだ。オルトの望む『中断』ではなく、作戦の『完了』というカタチの終了を実現しに来たのである。


 『いつか』ではいけなかった。

 『すぐに』でなくてはならなかった。


 悠長に相手がイヤになるのを待つなんて受け身な解決策ではダメだったのだ。もうとっくに盤面は大詰め、この展開は予想して然るべきだった。まだオルトには甘えがあった、この世界を自分本位に捉えて、こちらの都合が通ずることを無意識に当然だと考えていた。

 そのツケがこれだ。

 想定よりも敵戦力規模が巨大過ぎる。準備していた策では殲滅はおろか、凌ぎ切ることも難しい。これまで通りにやっていたら状況をクリアできない。


 どうする、どうすればいい?

 立ち止まっている間に、血の雨が降った。


 バツン、バツン、バツン!

 オルトのレンズの前で人々の身体が、頭が爆ぜていく。

 スナイピングされている。

 この僅かな時間でもう射程に入った。これだけの規模なのだ、上位ランカーやそれに継ぐ実力者が多数参加しているのは当然。戦況の展開はいつも以上に早くなる。

 だからどうした、もう始まっているんだ。

 思考しろ、対処しろ、動け、動け!

[アプローチ!]

 都市と周辺のテリトリーに仕掛けておいたチューニング済みのスコープに次々と、視界を切り替えていく。


 見つけた!

 東の方角、盛り上がった地形に長銃を構える複数の敵を捕捉。

 射線が通っているのなら、こちらからだって狙える。

 背負ったライフルのベルトを引っ張って回し、膝を着いて引き金に指を掛ける。


 トリガー、――アクション!


 精密さはいらない、いまは牽制が出来れば良い。

 敵のスナイピングを止めさえすれば、みんなを屋内へ避難させられる。

 そら、察しの良いまとめ役達が誘導を始めた。彼らには都市内で戦うゲリラ戦法を伝授している、オルトが指揮を執らなくても動けるはずだ。


 オルトがこの場で彼らに用立てしてやらなくてはならないのは、『時間』だ。

 それはエフも承知している、だから彼女はすでに外へ向けて走り出していた。その勢いの苛烈さたるや、まさしくは死神を背負っていた。

 注意を引きつけるためだろう、脅しつけるようなおどろおどろしい咆哮と供に彼女はウォーリア達の卵形ポッドへ向けて猛進している。

 その殺気は機械の殻を貫通してメンタルにすら及んだか。たじろぐ機械兵の有象無象をエフのキューショナーは容赦なくスクラップに変えた。 

 だが、やはり敵の数が多い。エフ一人ではカバーしきれない。

[クソッ!]

 床天井を抜いて吹き抜けにした六階構造の建造物へと飛び込む。ゲリラ戦のために改築と仕込みをしてある建物の一つだ。

 当然、武器だって隠してある。壁を叩き、シーソー式に返った引き出しからライフルを担ぎ、オルトは吹き抜けの中央から上空へと下腕ポケットに収納してあるワイヤーを射出した。

 天井に刺さった尖端爪 (ツース)がぎゅるぎゅると穿孔し、伸びた突起の返しで固定する。反動をつけて跳躍、改造強化モータがウィンチを巻き取ってオルトの躰を浮上させる。


 姿勢制御 (バランスコントロール)

 銃口固定 (ポイントスタンディング)

 射撃姿勢 (セット)


 取得情報を総合、演算。 


[カウント]

 三、二、一、アクション!

 フロアに出ると同時にライフルから放たれたニードル弾は正面窓から蒼空へ翔け出し、暢気にスコープを覗いて銃口を右往左往させている木偶のヘッドを撃ち抜いた。

 いくら反動を抑えられる小口径のニードル弾を使っているとはいえ、ゼロには出来ない、連射は不可能だ。素直に諦め、ライフルを脇に抱えて片手でボルトアクション。薬莢が階下へ消えて、からりと音が跳ねた。


 躰を捩って狙いを左側に、射角は僅かに下方へ修正。

[カウント]

 ゼロ点まで、三、二、一、ゼロ!

 飛んでけ、砕け――よしッ!


[カウント]

 ……アクション!

[カウントッ]

 ……アクション!

[カウントッ!]

 ……アクション!!


 全弾命中。

 寸分の、狂い無く。


 振り子の要領で躰を最上階フロアに投げて転がり、強く腕を引いてワイヤーの尖端爪 (ツース)を引き抜いた。

 勢いづいたモーターがワイヤーを吸い込んで下腕ポケットへ収納していくが、巻き終わりを待つほど悠長ではない。後ろ手に伸ばしたままひた走り、窓枠に脚を突き立てる。ガクンと撓る上体を抑制して、床から炸裂弾を装填してある長銃を掴む。


 セット!

 直後に引き金を引く。

 休む間は無い、素早くボルトアクション。

 何秒ある? 位置バレするまで何発撃てる? とにかく引き金を引け、数を減らせ、思い知らせるんだ。尻を地面に着けておっとり芋砂なんて舐めたプレイを許すな。

 全弾命中させる、速度 (クイック)も落とさない。


 脅しつけろ、圧倒的な力を魅せ付けて制圧するんだ。

 限界を踏破しろ、魂で願え、心を滾らせろ。

 エフも戦っている、破竹の勢いで敵陣を穿ち、既に卵 (ポッド)の目前まで迫っている。

 オルトの狙撃の効果も相まって、多方から敵が一斉に都市に雪崩込む事態は避けられそうだ。あとは仕掛けたトラップと防護柵がどこまで機能するか。

 

一五発打ち終わったタイミングで反撃を予感し、翻って身を隠した。

 ゆっくりとボルトアクションをしながら思考を束ねていく。

 まずは首の皮一枚繋がった。物量で一方的な殲滅という事態は避けられそうだ。

 あとは誘い込んで各個撃破の展開に持ち込めれば上々だ。みんなは下手に前に出る必要は無い、その分だけ卵からリスポーンして前線に追いつくまでのクールタイムが短くなるからだ。戦列を長く伸ばしてマッチアップを繰り返す展開が理想。それに持ち込む流れは作れた。


 だが依然として予断は許されない。

 状況がシフトしただけのこと、次にやるべきことは、誘導と、

[強敵の撃破、か]

 上位ランカー相手にマッチアップを組んでも好き放題喰い荒らされるだけだ。アイツらをみんなと戦わせる訳にはいかない。倒せる者が奴らの相手を引き受ける必要がある。つまりは、エフかオルトが積極的に破壊しに行かなければならない。


 数が数だ。いくらエフとは言え、荷が勝ちすぎる。

 本当に恐いのは彼女が剣の止め方を知らないところだ。

 不可能を承知していても彼女は壊し尽くすまで止まらないだろう。その結果に、万が一彼女がその足を止めるような事態が起きたとしたら……。

 心に波が立つ。

 この戦争の敗北を嗅ぎつけてか、それともエフの身を案じたからなのか。

 いずれにしろ、オルトが外へ出て行かない選択肢は有り得ない。

[はあ、はあ]

 深呼吸の真似事。

 機械仕掛けの躰がそんな仕草をしているのだ、エフが横から見ていたら、クスリとやるだろうか。

 行かなくてはならない、それは人類の存続を願い、導く立場に立ったオルトの責任だ。


 粛々とそれを実行出来ないのは、銃を構えていざヤーヤーと叫んで吶喊出来ないのは、オルトの心が恐怖しているからだった。

 本当に、こんな見た目をしているクセをして足をカタカタと鳴らしているのだ。

 笑ってしまうだろう?

 この建物を出たら、きっと『死ぬ』。

 四肢を捥がれ、CPUを砕かれ、オルトという人格は永遠に何処からも排除されてしまう。ようやく手に入れたこの心もメンタル達には見つけられない。最期の瞬間をオルトは一人で惨めに迎えることになる。

 日の輪の偶像は、はたしてオルトの魂も救済してくれるだろうか。 

 かちかち、かちり

 抱いたライフルのバネ仕掛けの振動をレンズの微動で認識する。

 これほどに縋りたい気持ちをどっかにやってしまいたくて、オルトは両指を組んでいた。


 どうか私を救って、彷徨う願いを掬い上げて。

 どうか、ああ、どうか……。


 死の恐怖を隣に感じる。

 その根拠ばかりが具体的なシーンになって、あたかも記憶のようにメモリに再現される。

 外に出たら常に敵に囲まれて、休み無く戦い続けなければならない。上位ランカーを複数人相手にする場面だって想像できる。ただの一時も集中力を切らしてはならない。

 オルトには上位ランカーを相手に無傷で勝利を収めた経験は無い。必ず尻拭いをエフに任せていた。だが、この戦いでそれは許されない。長丁場をパフォーマンスを落とさないで勝利し続ける戦い方をしなければならない。

 そんな超人行為が可能なものか、くそったれめ。

 エフがどれほどの偉業を為し得てきたのかが分かろうというもの。一切を寄せ付けないエフの能力故に、あの前線での活躍が可能なのだ。

 オルトなんかでは、彼女のようにはできないんだ。


[言い訳だ、弱虫め]

 ライフルの銃身を立てて、かつんとヘッドを叩いた。

 オルトはエフから『女王』を奪った。それでもエフはオルトの背中を押して止まった足を進めてくれた。彼女はオルトを一番前に行かせようとした。その意味は、オルトの価値の存在位置がエフの手でさえ届かない場所にあると判断したからだろう。

 彼女はオルトならその場所に到達できることを期待している。その期待に応えることをオルトはとっくに決めている。だったらいい加減に彼女の背から出ていかないといけない。


 願いを叶えるのだろう?

 その願いはとっくに多くの生命を巻き込んだのだろう?

 ここで立ち止まる訳にはいかないのだろう?


 じゃあ、行くしか無い、邁進するしか無い。

 他者さえを塗り替えて辿り着いた場所であり、『願い』なのだから。

 そして、その『願い』の内にはエフの命だってある。

 エフの後ろに居ては彼女を庇うことはできない。


[わかってる、そうだ、ボクが、やらなきゃ、分かってるんだ、もちろん]

 ラバーグリップに鉄の指が沈む。

 恐怖を振り払うように再び翻って長銃をセット。


[アク、ション――]


 かり、かり、かり

 聞いたのだ。


 『直感』、『反射行動』。

 咄嗟の後ろ跳びをした次の瞬間、手放したライフルが炸裂した。

 爆風にもんどり打ってフロアに仰向けになったオルトは、しばし呆然としていた。


 ああ、こいつは……。

 CPUをフル稼働させる。

 知っているぞ、お前を知っている。

 この不愉快なシンパシーをぶつけてくる個体を、オルトはひとときだって忘れたことは無かった。

[アプローチ!]

 どこだ、どこにいる。

 心が燃え上がる、魂が猛る。

 恐怖を燃え尽くし、激しくなる鼓動の錯覚を聴く。

 これこそが、オルトのマーチだったか。

 戦をしよう。蹴落とし、悪意で殴りつけ、ひたすらの蹂躙を目論もう。

 次々と視点を切り替えて、見つけ出した、認識して改めて確信する。間違いない。


 鶏ガラみたいに細い四肢、丸いヘッドの中央に鎮座するモノアイ、プレートの隙間からはCPUの発光が漏れ出ている。

 壊され壊してきた、飽きるほどに見慣れた姿。


 電脳では『アースウォーリア』の武装選択画面 (エディット)で、地上世界ではエフによる調整整備の際に鏡像で飽きるほどに見てきた。

 事実として『ウォーリア』の型式は統一されている。『コイツ』も、オルトやエフが歯牙にも掛けずに破壊した雑魚共も、それから特殊改造を施したオルトの躰も、見た目は全く同じだ。

 だけど、この個体はオルトにとっては最悪という意味で特別だった。レンズからの取得する情報だけで判断したわけでは無い。分かってしまった、感じ取れてしまったのだ。


[こいつ、コイツだけは――]

 重量級のライフルを担いでいたソイツは、どうやって察知したのかは知らないが、オルトがコネクトしているスコープに銃口を向けて、撃った。

 バツン!

 視界の強制断絶、ホワイトノイズから自前のレンズへと視界を戻したオルトは、ヘッドを振りながら立ち上がった。

 関節のコイルがきりきりと軋む、戦慄きは抑えきれない闘争心が故だった。


[――必ず、ぶっ壊してやる!]

 オルトが知る限りで、最低最悪のプレイヤー。

 その気配だけで、全ての感情を忘れて嫌悪させる特別な敵。 


 オルトの目の前で大切にしたかったあの子を殺した『お前』だけは、必ず、この手で!


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