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morning star

 立ち上がったのなら進まなくてはならない。

 願いを追い掛けるなら考えなくてはならない。

 動くことも出来ず、考える頭も持たない案山子 (スクエアクロウ)のフリはもう止めたのだ。


 悲壮感に支配されているコミュニティの彼らと、どう付き合っていべきか考えたオルトは、働くことを選んだ。

 コミュニティを回り、仕事を引き受けて、それらが終わったら食料を集めに行く。エフがこれまでやっていたことを観ていたから、やり方を覚えていた。


 昼夜を問わず、オルトは機械の躰を酷使した。

 オルトはコミュニティを継続では無く発展させようとしている。そのためには以前の仕事量では足りない。住民の肉体をただ維持し続けるだけではなく、これ以上奪わせないためには対策をする必要がある。建物間にバリケードを築いたり、迎撃用の細工をしたり、やることはいくらでもあった。


 これからの『アースウォーリア』はこれまでよりもずっと苛烈な戦いとなるだろう。

 分散していた戦力がこの地上人類最後のコミュニティに集中することになるからだ。

 備え無しでは瞬く間に全滅だ。出来ることは全部やっておきたい。

 一日中休まずに歩き回り、不具合が生じたらエフのところで修理してもらう。彼女は「そう、わかった」と言って、いつでも面倒を引き受けてくれた。

 もともと彼女は必要な仕事をしてくれていたが、オルトが必要だと思う仕事を勝手に増やしてからは、当然のことのように黙ってそのフォローもしてくれるようになった。


 見ようによってはオルトは彼女からコミュニティを横取りしたことになると思うのだが、そのことについてエフが含む言い方や態度をすることはない。

 彼女は相も変わらずに地上人類の意思に忠実で、献身的だ。

 彼女は最初から女王に固執していたわけではないのだろう。

 誰が引っ張るかなんてどうでもいいこと、ただ、その意思を叶えられるのならば、彼女は自分が嫌われることすら厭わない。

 だが、これは、あくまでオルトが観た彼女に過ぎない。

 正直、エフの本心を窺い知ることは、依然としてオルトには出来ないでいる。オルトの心を育ててくれた理由も、今のオルトのことをどう思っているのかも。

 分からないけれど、エフがオルトに『救世主』を期待をしているのなら応えたいと思う。そのためにも手を抜くことは許されない。『タイミング』が訪れたときに、掴むことが出来るのは人智を尽くした者だけだ。だから、オルトはエフを頼り、機械の躰を存分に利用するやり方をした

 エフに命を肯定された日から、地上世界を識れば識るほどに肥大化していた機械の躰へのコンプレックスは感じなくなった。命の本質はその在り方に宿ることをよく理解したから。

 心を自らに感じている限り、命もまたそこにある。


 そんなオルトのことを例の男達が煙たがっているのには気付いている。

 「無駄なことだ」、「アイツはなんにも分かっちゃあいない」、飽きもせずネガティブを口にしてコミュニティを落ち込ませようとしている。

 エフの言う通りなら、その裏返しには生き延びることを諦めきれない生命の欲求がある。

 オルトはその欲求へ訴えるために働いた。可能性はあるのだと、態度で示し続けた。彼らが勝手に墜ちても、オルトは引っ張り上げればいい。


 生き延びて、生かすためにはまだまだ足りない。

 歩いて、動いて、機械の躰を摩耗し続けて……。

 迷えばきっと届かなくなる、妥協したら後悔する、それは心を欺き、命と価値を曇らせることだと、強迫観念のように唱えながらオルトは願いと欲求を育てた。


 この想いの原動力はエゴイスティックだ。

 彼らのためにやっているのでは無い。

 オルトの心が閉ざされた未来の先の価値を渇望するから動いているのだ。

 きっとそれでいい、この独善こそをみんなと共感したい。

 想うごとに心を感じる。

 隣で仕事をする手が増えるたびに心が大きくなる。

 もう一度コミュニティが一つの方向に倣い始めた。


 生き延びる、生き延びる!


 オルトの願いが伝播して、コミュニティの意思になっていく。しみったれた太古の残影を払拭して、遺跡が営む都市に変わっていく。

 この手応えは、かつて無いほどに爽快で、快感だった。

 ここは地上人類最後のコミュニティにはならない、この都市こそが人類の再生の場所になるのだ。


 その実現のための『アースウォーリア』の終了 (ディスコンテニュード)について、一つ方法を思いついた。

 電脳のプレイヤー達がこの世界で起きていることをゲームとして認識しているのなら、それに合わせてやる。

 この遊技場を台無しにして、つまらなくしてやるのだ。

 どんなコンテンツだってシェアは永遠では無い。人間は摩耗しやすい、言い換えれば飽きやすいからだ。様々な誘惑と無限の自由選択の環境に囲まれた電脳社会では、それがより顕著になる。

 少しでも気に入らないと感じたコンテンツはさっさとオサラバして別のを物色する。それが電脳のメンタルだ。

 じゃあ、オルトはなにをしてやれば良い?

 クソゲーにしてやれば良いのだ。みんなが熱狂している『アースウォーリア』を、マザーAIが企んだシェア一位のコンテンツを台無しにしてやる。

 エフという理不尽極まりない特記戦力にさぞかしプレイヤー達は辟易していることだろう。もう一歩、何かゲンナリするような体験をさせてやれば多くのプレイヤーは『下げ』をするだろう。


 オルトという『元ヘビーユーザー』はそのための方法をよく知っていた。

 リスタートキル、執拗なブービートラップ、進路妨害に唐突な即死攻撃。まだまだいくらでも思いつく。どうしてくれようか、不謹慎にも楽しくなってきた。

 次に来たとき、プレイヤー達には全く別物の『アースウォーリア』を体験させてやる。

 嫌がらせだけじゃ無い、とっておきのサプライズで思い知らせてやろう。


 ▼


 次の戦闘で地上人類は電脳のプレイヤー達を圧倒した。

 勝利では無い、一方的に撃滅したのだ。


 風上から灰と煙を焚いて視覚情報を攪乱し、単騎で突進してきたウォーリアを囲んで破壊。歯ごたえのある個体はとどめを刺さずに脚部を破壊して捨て置く。

 

 オルトの持ち込んだサプライズとは、『戦略』だ。

 『アースウォーリア』は個人でポイントを競うゲームだ。プレイヤー同士は仲間では無くライバルであり、連携なんてしない。プレイ中に使用できるボイスチャットすら実装していないのだ。

 マザーAIが『アースウォーリア』という舞台でプレイヤーであるメンタル達に望んだものが『闘争』だったからだろう。個人主義で自我の強い電脳社会のメンタル達に下手にコミュニケーションツールを与えたら、戦いそっちのけでプレイヤー同士の衝突 (レスバ)を煽りかねない。

 本当にマザーAIはよくメンタルを理解している。


 地上人類はこれまで小細工をしてこなかった。

 その術も知識も現代の地上人類は持ち合わせていなかったからだ。 

 技術の発展による昂ぶりを発散するように勃発した世界大戦を経験したかつての人類は、ダメージを癒やすためにラブアンドピースを謳った。

 助け合い、手を取り合える綺麗な世界の夢は、仰ぎ見ている間こそ正常に世界の指標だった。だがそれは、本当に一時のことだ。苦しみから逃れるためにでっち上げた安心に縋る、そうやって浅ましい自己防衛をしたがるのが人間だ。確かだった『平和』の意味は徐々に薄れて行き、世代の代謝はそれを後押しした。


 豪奢な額縁で飾ったインテリアと同じになった口先の『平和』を、みんなで素晴らしいと褒め称える。意味も価値も分からなくてもみんなが大好きな鉄板のブランドだから次の世代も、そのまた次の世代も好きだと言い続けた。とっくに形骸化しているってどこかで分かっているクセをして、ラブアンドピースを唱え続けた。

 みんなが大好きな『平和』と『正義』を。

 そんな世界で『争い』は歓迎してはいけない。この醜い文化は忌避して徹底的に排除すべき対象であり、恥ずかしいこと、隠すべきことだ。

 過激だ不道徳だと知らんぷりをされて、この削がれ続けた文化は、廃れた現代の地上では真っ先に消えてしまった。


 そういった隠された歴史も、電脳にはコンテンツというカタチで保存されている。

 電脳に棲まうメンタルは興味があるか、それとも無いのかの両極端な二択以外を持たない。曖昧も見栄も虚飾も思考に介在しないからだ。

 人類が電脳へ移譲するよりも前にサーバの奥に格納されていたこれらの知識は、公平な目線で再編され、コンテンツとして提供された。


 急激な技術の発展に有頂天になって、欲を増大させた人類。

 権益を求めて国というコミュニティにわざわざ分かれて人類同士で争いあったヒストリアはコンテンツとしてそれなりに人気がある。

 オルトもそこそこ愉しんだクチだった。

 帰属意識や選民思想、かつての地上文化はなにかに付けて自分と自分以外を隔てる理由を持ちたがった。そのクセに自分で引いた境界線の向こうの誰かを攻撃したくて仕方が無い。


 電脳のメンタルは、そんな非生産なやり方でアイデンティティを必死に守ろうとしていたかつての人類をコメディにしていた。

 だって、ギャップは分かりやすいエッセンスだ。

 脳漿を吹き飛ばす砲弾、欠損した部位から血を垂れ流して痙攣し、徐々に弛緩していく瞳孔括約筋。慟哭、哀傷、死んでいく様。

 彼らがシュプレヒコールを上げるほど、必死になれば必死になるほど、ギャグのクオリティは高くなった。

 その発端にあるのは、電脳社会のメンタルからすればとても価値のある物とは思えない程度のモノでしか無かったから。

 涎まみれの汚らしい毛布を赤ん坊と犬とが取り合うホームビデオを見て涙を流したりはしないだろう。

 ワガママしたいから頑張ってその理由をひねり出して自慢顔をして、いざ始めたらもう止めたいと泣き出す。


 嗤うさ、それは。

 メンタルは識らなかったのだから。

 電脳社会のように趣味嗜好、社会貢献履歴を表示するパーソナルメッセージを取得できず、自ら発信しなくてはならないこの現実世界、肉体 (カタチ)に依存するこの世界では他者を理解することは難しいのだ。


 無知は恐怖。

 畏れたら自分を強くしたいと思うのは道理。

 彼らは自己を証明するのに躍起だった。境界は隔てるモノでは無く、被って自己を守るための物だった。それだけのことに気づけていれば、愉しんだりはしなかったのに。

 

 そんな口苦い思いを呑みながら、オルトはかつての地上で繰り広げられた熱狂する思想を操作する術と利用の仕方を実践した。

 ポイントのために突っ走る電脳の住人達と戦う術を知らない地上人類の戦場模様は常にドッグランでじゃれ合う子犬のような状態だったが、それをオルトは持ち込んだ『戦術』で一新したのだ。


 効率的に破壊する。

 侵略者に共感して意図を推理し、行動を推測してアンチする。個人主義のプレイヤー達を逆手にとり、その方法をオルトは地上人類と共有した。

 生き延びるという目的を得た地上人類がそれに適した戦い方をした結果は予想した通り、一方的なハメ殺し展開だった。

 一ポイントも取れないで気が付いたらゲームオーバーになったプレイヤー達に是非とも訊ねてみたいものだ。

 『どんな気持ち?』って。


 もちろん嫌がらせも忘れていない。

 戦況を見下ろせる高所に陣取ってライフルを構え、目立つプレイヤーは粘着してキルしてやった。時間を経る毎に警戒して動きがたどたどしくなっていく獲物をリスキルしまくった。

 実質的な公開処刑、顰蹙買いまくりのクソプレーだ。アースウォーリアの残機は参加プレイヤーで共有なのだからキルが簡単な相手に粘着するのは利に適っている。必死になって猪突するにしろ、及び腰になるにしろ、視野が狭くなったヤツほど、簡単な的は無い。

 最終的にはおそるおそるスロープを下ってくる彼をキルしてゲームセットになった。きっとあのプレイヤーは二度とこの地上には現れないだろう。


 これまで地上人類は敗北し続け、辛酸を舐めてきた。それだけに、この圧倒的な勝利に人類は沸き立ち、自信を付けた。

 万々歳、上々の成果、アースウォーリアをクソゲーにする算段も順調だ。

 そのはずなのに、カタチの定まらない不安がオルトの中にあった。


 初めて輪郭を自覚したのは、四位との対決の直前。

 思考が順路を躓いて、意図せずして掴んでいた手がかり。

 何か重要な気付きを孕んだアイディアの卵。

 その存在感がどんどん大きくなっている。真っ暗闇の部屋の床に落ちた抜き身のナイフを手探りしているような不安が心にひっついて、剥がれてくれない。


 何かを見落としているのか?

 それはどれほどに重大だ?

 

 探せども、演算の結果は出力されない。

 ああ、ちくしょう。

 これはきっとアレだ。目標の達成が近づくと、つまらないことが気になってくるっていう思い込みだ。緊張と不安が騙しに掛かっているだけだ。

 気にするな、こんなことに思考を割くくらいならコミュニティの状態や、地理をどう生かした戦術を組み立てるかを考えるべきだ。

 これはバイアスなんかでは無い、瞭然の事実だ。

 前回の戦いのリザルトを読んだマザーAIが、この最後の作戦目標の難易度をどう判断したか分からない。次の襲撃が本番だ。気を抜けない、しっかりしろ。


 かり、かりかり……、こつんっ


 その日の始まりに、卵の内側からノックされた気がした。


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