Wear are you ghost?
Wear are you ghost?
―― あなたの心はどこにあるの? ――
魂とは水のようなものだ。
そこには確かにあるはずなのに、手を伸ばしても掴めない。
だから殻を必要とした。
触れ合うために、抱きしめるために、キスをするために。
劣化を受け入れ、不便を呑み込み、それでも肉と骨と血を纏ってこの世界に生まれるのは、そう、きっと、触れ合うことを望むから。
生まれた瞬間から、触れ合うことを臨んでいる。
だから――、
だから、殻 (カラダ)を必要としなくなった私たちは、生物として矛盾したのだ。
それはまるで、麻酔で感覚が鈍化した腹に突き刺さるナイフを眺めるかのようで。
着実な終わりを感じながら、その事実に相対する私たちは闇搦だった。
▼
遠い昔、ヒトは動物的で、本能に振り回される程度の低レヴェルなクオリティの精神性しか持ち得なかった。
軽蔑し、唾棄すべき惰弱さだ。
物理的な依存、肉体への執着は高潔な精神と相対するものだから。
そもそも、生存を個人で成立出来ないことが弱い。
肉体とは簡単に不調を起こす。常に何かを消耗する生活とはどれだけ不自由なのだろう。どう考えてもシステムとして欠陥している。
だから、人の精神が現実から電脳へシフトした日こそ、人が知能生命体として完成した祝福の日だったのだ。
限りある資源も、病魔の心配も、寿命の不安だって電脳にはない。
この電脳という楽園で、人の魂は永遠に解放された。
生物を克服し、個人のメンタルとして存在出来る『人間』は知性体として完成した。それは疑うべくもないことの筈なのに、どこか空々しさを感じていた。
銃を撃ったときに、笑った。
ふふっなんて、漏らしたような小さいものだったけれど、たしかに、自然に、メンタル制御も無しに溢したのだった。
DPG (憑依没入体験型ゲーム)、タイトルは『アースウォーリア』。
壊滅した文明を舞台に政府に派遣されたアンドロイド『ウォーリア』となって、ヒト型モンスターを駆逐する疑似戦争体験型ゲームだ。
量産機械の設定があるウォーリアの耐久値は最低で、気を抜けばすぐに撃墜されてしまう。おまけに一度の作戦で投入できる数には限りがあるため、復帰も容易ではないうえ、無駄に残機を減らすと他のプレイヤーからのバッシングを受けることになる。
難易度の高さから新規勢の敷居は高いが、それを乗り越えて、プレイレベルを上げると招致される作戦も増えていく。
このゲームは最高だ。
総プレイ人口は長らく首位を独占していたメジャータイトルを大きく引き離しての一位。
それもそのはず。
一度プレイしたら理解する。
電脳に移って久しいヒトのメンタルは常に一定だ。
喜びや悲しみ、あらゆる感情は電脳コマンドで容易に得られる。現代のヒトにとって、感情は制御可能な知識なのだ。
視聴型、体験型のコンテンツはコマンドコントロールによって刺激的な疑似体験を与えてくれる。この電脳コマンドの譜面をどれだけ美しく並べられるかが、コンテンツの評価の分かれ目だ。
アースウォーリアのプログラマーのセンスは抜群だ。
プログラムに一体どのような譜面を書いたかは不明だが、その感情の喚起は他のどんなコンテンツよりも馴染んでいる。見事としか言い様がない。
景観は歓喜を、引き金の感触は興奮を、このゲームが映す世界は質感のあるメンタルを引き出す。
このゲームには中毒性があった。
今ではどっぷり嵌まって作戦の招致メッセージが届くと、何を置いても参加している。
どうせ時間なんていくらでもある。
電脳に住まうメンタルにとって、時計なんてものはただの目安に過ぎない。
無限にあるコンテンツに耽るか、ダルいなら眠れば良い。それさえイヤなら初期化や削除も自由だ。ロマンチズムな言い方をすれば『死』ということになるが、メンタルの選択の一つだ、勝手にしたら良い。
反対に新たなメンタルを生むことも可能だ。
個人構成のDNAモデルを配合し、演算処理に掛ければ新たに生まれるメンタルは間違いなく番い合う二人の子供だ。電子指紋番号も発行され権利の保障もされる。
電脳世界は楽園だ、自由選択の極限社会なのだから。
INCOMING MESSAGE
『EARTH WARRIOR』運営が作戦に『戦績ランキング6位:オルト』を招集しています。
作戦に参加して栄光を手にしましょう![コマンドパターン:興奮]
「来た!」
MESSAGEテキストの応答はもちろん了承。
作戦の開始はこれより二十四時間後、一〇時間前が武装選択受付の終了だ。
それまでに準備を整えなければならない。
作戦内容は、攻撃地域の無力化および、占領。
作戦シミュレートに武装の厳選。忙しくなるぞ!
黒海からメンタルが浮上する。
スリープタイムを利用した思考パターンの整理ルーチンを解除します。
行ってらっしゃいませ『オルト』
「よし、やるぞ」
いざ、戦場へ!
▼
大型輸送船『クラウドホエール』。
雲海を泳ぐ巨体は作戦空域に到着すると、ポッドを投下する。
木々が乱立する地上にボトンと投下されたエッグ型ポッドは、半球の真ん中で割れると上下に展開した。
機械の体躯を留める固定具が展開、スロープを滑走して、プログラムが始動する。
アイカメラが点灯し、無機質な駆動が漲った。
ここまでがオープニング。
MISSION START!
さあ、始まりだ。
駆ける、駆ける、駆ける。
蒼空と小翅が翻る森林を機械の躰で疾走する。
まるでリリースされた魚だ、この場所こそが本来の生き場所だと歓喜している。メンタルの昂ぶりに振り回されているのだ。
気持ちは分からないでもない。
だが、いまは邪魔だ。
ワイヤーネットが脚部を絡め取り、地面に縫い付ける。
引き千切ろうとして、間接部のコイルが金切音を上げているが、あいにくとそれで引き千切れるのなら、こんな武装を持ち込みはしない。
これでアイツは一〇分以上は惨めな蚯蚓。
悪く思うな、これはビギナーへの洗礼だ。セオリーも勉強しないで参加したのが悪い。
捕縛ツールは上級者の嗜みだ。
ウォーリアは大破しないければ即時復活はできない。役立たずはこうして拘束しておけば無駄に残機を減らす心配が無くなる。
恨みがましげなニュービーの脇を揚々と通りぬけた。
お先に失礼、てね。
主兵装のアサルトを構えて前進。視界をサーモ (温感知)に切り替えてモンスターを捜す。
この作戦でポイントを稼げればランキングを更新できる。いままで近づく度に指先をすり抜けてきた、まるで目の上をちらつく羽虫みたいに鬱陶しい五位にやっと思い知らせてやれる。
撃つぞ、撃って撃って、撃ちまくって、モンスターを殺してやる。
どこだ、……そこだ!
右前方の木上に向けて光閃が通る。
よし、ヘッドショット!
どさり、大きい落下物が一つと、ぺちゃりぺちゃりと細かい肉片が散らばった。おっと、胸部のプレートにちょびっと付着してしまったではないか、きたないきたない。
ひゅっと、頭の裏側から冷える。
昂ぶり過ぎた感情を沈静化するための補助プログラムが作動したのだ。正常な思考状態のメンタルのおかげでゲームをつつがなく進行させられる。
再びフラットな気持ちで鉄の引き金を絞る。
clear clear clear
三次元マップ上の敵情報が次々殲滅されていく。
作戦の構成メンバーが優秀すぎるのだ、これではポイントを持ってかれてしまう。もっと苛烈に攻める必要がある。
リスクは高まるがやるしか無い、フロントラインを押し上げる。
単騎突出なんて良い的だ、こう言う無謀をするヤツは味方からも敬遠される。
そら、ネットが飛んできた。
ちょっと覚えて得意になってる勘違い共は先輩のマネをしたがるから、こういうときによく出しゃばってくる。
だけどな、最上位ランカーのネームくらい覚えておけっ!
枝をへし折って投擲し、ネットの着弾を潜る。
古典文学の探偵から言葉を借りるのなら『撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけ』、卵から出直してこいよ気取り屋。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
ウォーリアの弱点、プレートの継ぎ目から首に弾丸をぶち込んでやれば頭部パーツがケーブル一本で繋がった状態でぶら下がった。
こんな一ポイントにもならない無駄玉は使いたくは無いが、教育も先輩の仕事だ。バカが一人だった分ラッキーだったと割り切ろう。
森林を進む。
緑を踏み付けて壊して、鋼の腕で鉄の引き金に指を掛けて進む。
どこだ、ボクのポイントはどこだ。誰にも渡すもんか。
ターゲット、トリガー、clear!
ターゲット、トリガー、clear!
ターゲット、トリガー、clear!
すごいぞ、今回のミッションはアタリだ、ポイントが大量に湧いている。
ターゲット、トリガー、clear!
ターゲット、トリガー、clear!
これなら昇格は固い、今度こそ念願のトップ5入りだ。
テンションもメンタルも良い感じに仕上がってる、これだけ処理能力が引き出されていれば思考圧縮もいつもよりも上手に使えるだろう。
ターゲット、トリガー …… ALERT!
伏臥したウォーリアの頭上を紫電が通過する。
ウォーリアの重装、電磁放出砲 (EMC)の砲撃だろうか。この良いところで無粋な横槍なんて、一体どこのどいつだ、特定して粘着してやる。
普段は切っている味方のアイコンを三次元マップに表示。
って、なんだこれ?
味方がつぎつぎにロストして初期位置に戻されていくどころか、その初期位置ですらロストが発生している。
ふざけるな、なんだこの残機ゲージの減少スピードは。
あり得ない、ゲームにならないだろう。
なんだ、いったいなにが起きている?
ミッションの失敗は問答無用でマイナスポイントだ。ボーナスステージだと思っていたが、そう美味い話は無いということか。
やってくれるよ、運営。
紫電が奔る。
下腕ポケットに仕込んだワイヤーを射出し、ウィンチの巻き取りを使って藪に逃げ込む。
そうだ、周囲の味方が全滅しているなら、この電磁砲撃は、一体どこから。
ぞくり
初めての感覚だった。
体感視聴型コンテンツで似たような表現があったかもしれない。そう、確か『直感』と呼ぶのだ。旧時代の人間は肉体への負荷が予想されるシチュエーションに陥ると、情報容量は文字や記憶よりも少ない単位に制限されるがメンタルからではなく、肉体からの入力で危機を感知する特殊能力があったらしい。
交流板で『アースウォーリア』でこの能力を疑似経験したという報告を見かけてはいたが、今日まで眉唾だと思っていた。
予感は、顕れる。
「いらっしゃい」
囁くような声だったが、確かに聞こえた。
上空映像取得、対角位置に固定された電磁砲台を確認。
誘い込まれた。
こちらの体勢が崩れるこの瞬間を狙い澄ましたのだ。
木の洞から突き出された鉄 (くろがね)がぬらりと光る。
その用途から鋒を持たない首跳ね剣 (キューショナー)だ。ただし、その刀身は錆び付いて刃はガタガタだった。名を裏切り、その体は明らかに撲殺を目的としている。
最上位ランカーを舐めるな。
ウィンチのコイルを再駆動させ腕を引き、剣腹を殴って軌道を逸らして、バックステップ。すかさずアサルトで迎撃の弾丸をお見舞いする。
直線距離、逃げ場は無し、必中! そのはずなのに……。
なんてヤツだ!
ソイツは逃げるどころか錐揉みしながらこちらへ向けて跳んだのだ。
いくつかの弾丸は命中したが、致命傷にはならない。頭部と心臓を青い発光体を甲に埋め込んだ機械の左腕で守ったからだ。
コイツはイレギュラー。
これまでモンスターのレパートリーはその武装の変化のみで、個体ごとの身体能力に大きな差は無かった。コイツのようなサイボーグはポップしたことはない。
全く情報が無い、対処法が用意できない。
自力を頼りに戦闘しながら攻略するしかない。倒せればマイナスを帳消しどころか、ボーナスポイントで収支プラスで終われるかもしれない。
やる、やってやる。
ギ、ギギギギッ
機械の躰のコイルが戦慄く。
アサルトは放棄、サブポケットからブレードを射出。
白兵戦だってきちんと練習 (シミュレート)した!
上段から落ちるキューショナーをブレードで迎撃。
ぎち、ぎぎちっ!
返せた、ならば腕力 (STR)は勝っている、ごり押しもアリか。
苦し紛れにモンスターは左腕を掲げワイヤーを飛ばしてきた。やはり若干の形状は違えど、あの腕はウォーリアの仕様と同じらしい。
躱すのは訳無い。
しかしその回避動作の間に、敵もキューショナー構え直している。
攻める、ここでイニシアチブを取りに行く。
ブレードでいざ果敢に攻め入らんとすれば、上空映像で背後からの接近を確認した。
この状況で二対一、部が悪すぎる。
思考、再加速 (リブート)。
同時に昂ぶった感情がフラットに戻る。
状況を再把握。
よく考えれば、このイレギュラーが複数体同時にポップしているとは限らない、むしろ今回初出なのを考えればその可能性は低い方が妥当。
だったら、雑魚を先に対処して専念するべきだ。
三,二,一 ――振り向き様の一刀。
上空映像で確認した位置へブレードが一閃、精確に首をはねて対象を沈黙させる。
させた?
違う、これは死体だ! あのサイボーグは同胞の死体をワイヤーで引っ張って挟撃に仕立てたのだ。
ギ、キイイッ!!
戦場を取り巻く音が増えた。
戦況が変遷する。
サイボーグが加速する。左腕だけじゃ無い、コイツは脚部にも機械を仕込んでいたのだ。
間に合わない、一撃は免れない。
ぞくり
再び、『直感』。
今度は何を仕掛けてくるつもりだ?
迫り来るは、モンスターの頸椎部から有線接続 (ダイレクトプラグ)されている機械の左腕。
かつんと、固い音で胸部に触れると、モンスターが唱えた。
「電脳干渉 (クラック)」
視界がホワイトノイズに覆われる、ウォーリアを操作できない。
麻痺 (スタン)効果だと? ふざけるな運営、いくらなんでもズルだ。魔法の呪文なんて世界観に沿わないもの、どうやって予測しろと言うのだ。
ああ、ちくしょう、ゲームオーバーだ。
サイボーグ型モンスターは倒れた機体に馬乗りになると、アサルトの銃口を向けてきた。
手癖も悪い,こちらが捨てたアサルトをいつの間にか拾っているなんて。
ダン!
始めの一発で左肩関節を、次には逆側。続けて各部関節が打ち抜かれていく。
戦力ゲージはどうだ?
リスポーンは、間に合わないだろうな。待機中に残機は使い切る。
でも、お前の顔は覚えたからな。
その褐色肌、碧眼、銀鉄鋼 (アイアン)の色をした長髪。
必ず、リトライしてクリアしてやる。
『無いよ、次なんて』
内側から響いた。
ジャックされているだと?
さすがに異質過ぎる。
これホントにゲームの仕様なのか? メンタル領域まで干渉するなんて人格保護条約の規定プロトコルをどうやって審査通過したんだ?
サイボーグは銃身を握るやり方に持ち換えると、ウォーリアの胸部プレートを思いっきり殴った。ほんとに思いっきりやったからバレルの根元からバッキリ逝ってしまった。
それだけに留まらず、凹んだプレートの端に指を掛けてコードを引き千切りながら剥がしたのだ。
コイツは何がしたいんだ? まさか機械を辱める特殊な性癖持ちの設定までがあるのか?
まさかそんなとってつけたような寒いキャラ立て、あるわけ……あ、笑ってやがる。
唇を右から左に舐めて艶を出したサイボーグは、碧眼を爛々としてウォーリアの胸部最奥に格納されているメインコンピュータを機械の左腕で鷲掴みにした。
『おやすみ』
ブツン――
メンタルが、途絶した。