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第八章:再会

-1-

「おはよう、良く眠れた?」

僕が窓辺で外をぼんやりと眺めていると

イネ=ノが入ってきた。

紫色のロングコートのようなものと

帽子をかぶっている。

これが出かける時用の衣装なのだろうか?


おはようと挨拶し、イネ=ノの方へ歩み寄る。


「うん、良く似合ってるよ」


僕の服装をみてイネ=ノは頷いてみせた。


シンプルな白く長いワンピースのようなものと同色のズボン、

それからまだかぶってはいないが帽子も用意されていた。


朝食は一人で食べた。

イネ=ノは少し仕事があって出かけているという話だったのだ。


朝から早速疲れてきっているのだろうかと思ったのだが

イネ=ノは元気そうに微笑んでいた。


「さっそくキク=カのところへ来てもらうんだけど

その顔では少し目立ちすぎるね。

少し髪と瞳を変えてみようか。」


そう言ってイネ=ノは僕の頭をそっとなでて見せた。

突然首の後ろが温かくなった。


「よし、これで大丈夫だろう」

イネ=ノは満足そうに微笑んだ。

一体何が起こったのかわからない。


「みてごらん」

そういいながら壁にかけてある姿見を見るように促した。


恐る恐るそれを覗き込んでみる。


銀色の髪に紫色の瞳。

だが、この顔はどこかで見たことがある。


どこかで…


!!


「桜倉先輩!!」


その名を叫んだ。

鏡の向こうに懐かしい人物が立っていたのだ。


「え?!」

体を動かすと桜倉先輩も同じ動きをしてみせる。


「ど…どういう事?!」

しかしイネ=ノは黙っている。


「どうしたの?イネ=ノ?」

するとイネ=ノは、はっとしたように

僕のほうを振り向いた。


どうしたんだろう、イネ=ノ。

…やっぱり疲れているんだろうか?


「ごめんごめん。

うん。

この人が君が憧れてる人なんだね」


「え?」


「君が憧れている人に姿を変えてみたんだ。どうだい?」


「あ…いや…なんていうか…不思議な…気分…?」


「この世界で茶色い瞳は珍しすぎてかえって注目されてしまうからね、

髪の色と瞳の色は変えさせてもらったよ。」


照れて見せると鏡の桜倉先輩もにやける。


うわ!


桜倉先輩はこんな顔しないや!!


凛々しい顔を作って見せると

鏡の向こうで、あの見慣れた大人っぽい桜倉先輩が現われた。


よしよし、

桜倉先輩の顔なんだからそれなりに

大人っぽい振る舞いをしなくちゃ!

だが残念ながら身長が変わっていないのは惜しいところだ。


「あ…ありがとう。」

少しわざとらしく声を低くして見せた。


「よし、じゃあ行こうか」

イネ=ノが片手を差し出した。


この手を受取れば次の瞬間にはキク=カのいる場所にいけるんだ。


どきどきしながら手を取ろうとした時

「あ!ちょっと待って!」

ふと大切な事を思い出し手を止める。


「どうしたの?」

「バイオリン、持って行ってもいいかな?

もしかしたらキク=カの病気を治せるかもしれないよ?」

すると

一瞬イネ=ノは困った顔を見せた。

「あ…迷惑かな?」

「いや、持って行くといいよ。きっとキク=カも喜ぶさ」

すぐにイネ=ノは笑顔を作り直して見せた。


ガラステーブルの上のバイオリンケースを持ち上げると

肩に引っ掛けた。


「じゃあ…少し道が粗いけど少しの間だけ我慢してくれ」

そういって差し出したイネ=ノの手をそっと取って見せた。



-2-

風の中にいた。


とても強く、目を開けることすら出来ない

轟音とともに渦巻く風の中だった。


イネ=ノの部屋に移動したときのような瞬間移動ではなく、

竜巻の中心をトンネルにして進んでいくような感覚だった。


息が出来ないくらいだ。

一体いつまで続くんだろうと、突如音がぴたりとやみ、はっとして顔を上げた。


一面闇に覆われていた。


なんだ?ここ…

冷たい、凛とした秋の風のにおいがする。


辺りを見回すが真っ暗で何も見つけることが出来ない。


「イネ=ノ?」

怖くなってつかんでいたイネ=ノの手を強く握り締めた。


「大丈夫。ほら…、よくみてごらん」

そういわれ目を凝らして天井を仰ぐ。


すると、少しずつだが目が慣れてくる。

空にぽつぽつ、と小さな星の明かりが灯り始めたのだ。


どこか遠くで、かすかではあるが鈴虫のような鳴き声が聞こえる。


風が吹いた。


周りで木々がざわめく音が聞こえた。


やがてさらに目が慣れるとそこが竹林である事に気がつく。


ふわりと光が生まれた。


イネ=ノの指輪が光り、ランプの代わりを果たした。


すると、僕らが立っているところから少しはなれたところに

鳥居のような物が連なっているのが見える。

「ここを渡ったところが蠍座の宮殿だよ」

そういいながらそっと僕の手を引いて前を歩き出した。


渡る?


下を見るとそこには川が流れていた。

それもただの川ではない。

水の中に光の粒がたくさんキラキラと輝いているのだ。


「天の川…?」

ぽつりとつぶやいた。


これは天の川なんだろうか?

星や天体にはあまり詳しくないからよくわからないが

もしかしたら射手座と蠍座の間に天の川があるのかもしれない。


ああ…そういえば何かの雑誌で読んだことがある。


射手座方向が銀河系の中心だって。

って事は射手座の周辺に天の川が見えるはずだから

僕の考えは合っているのかもしれない。


歩いて渡るんだ…

汽車だったらもっと面白かったのに。


宮沢賢治の銀河鉄道の夜を思い浮かべ

軽く笑みをこぼした。


どれほど歩いただろうか、

暫くすると

巨大な鳥居が姿を現した。


こんな巨大な鳥居、見たことがない。

とにかく多きい。

天井は首を90度上げてやっと見えるかどうかというほどの高さだった。


鳥居の先にイネ=ノが手を伸ばした。

すると、

闇に包まれていた鳥居の先に光の鏡のようなものが輝きやきだし

吸い込まれるようにイネ=ノがそれに飲まれていく。

繋いだ手を思わず離してしまいそうになり慌てて手を繋ぎなおし僕のその光の中に入り込んだ。


光のカーテンとでも言ったほうがいいのだろうか。

その光の中をくぐった先には

今までの星空の世界とは打って変わって真っ直ぐな白い回廊が続いていた。

いつの間にか室内に入っていたのだ。


「え?え?!ど…どういうこと?!」

思わずきょろきょろとあたりを見回す。


「今のが入り口になるんだよ。この指輪がないと入れない特別なね。」

そう言いながら僕の手をそっと離す。


ヒノキのような木の香りがした。

白い壁は良く見ると木のような素材で出来ている。

白樺みたい?

いや…この世界のことだ。

ヒノキのような香りがする真っ白な木があってもおかしくはない。


僕はイネ=ノの斜め後ろに立って後に続いた。


少し歩くと回廊の先に大きな扉が現われる。

細やかな彫刻が施され、鳥や蝶などの彫刻が扉の脇にあった。

「ここだよ」

振り向いて僕に微笑んで見せる。


すると、うさぎの彫刻が一瞬ふわりと光ったと思うと突如動き出した。


「ようこそ、イネ=ノ様」


うさぎはぴょんと跳ねてお辞儀をした。


「うわぁっ!!」


思わず驚き後ろに一歩下がる。


深い紅色のうさぎの瞳が僕を捕らえた。

「こちらは?」

うさぎはイネ=ノに僕を見ながら問う。


「新しい助手だよ。まだいろいろと慣れなくてね。

さぁ、行こう、サクラ」

そういいながらイネ=ノは僕に手を差し出して見せた。


サクラとは…

ああ…さっきこの顔をみて僕が“桜倉先輩”って言ったのを

覚えていてそれを使ったんだ。


ここで僕にサクラという仮名が出来た。


うさぎが扉を開ける。


ギシシシ…と木のきしむ音がしながらゆっくりと扉は開かれていく。


突如お香のような香りに包まれた。

アジアン雑貨店に入るとするあの香りだ。


中はさらに回廊が続いていて薄暗かった。


木造の動物や花などの置物がたくさん壁沿いに並べられている。

窓には重そうな紺色のカーテンが掛かっていて外は見えない。

ろうそくの明かりが規則正しい間隔を保ちながらゆらゆらと揺れていた。


なんだろう…イネ=ノの宮殿とはずいぶんと印象が異なる。

イネ=ノの宮殿がヨーロッパだとしたらこちらはアジアンチック、それも

かなり日本に近い作りだ。どことなく懐かしさを覚える。


その薄暗い回廊はさらに真っ直ぐ宮殿の奥へとつながっていた。


後ろで今僕らが入った扉が音を立てて閉められたがうさぎは付いてこない。

あれが門番なんだろうか?


「ここはキク=カの部屋へ続く、直通の回廊と行ったところかな?

たぶんここを利用するのは僕ぐらいなものだよ。

それと、君の名前はサクラって事にしておこう。もちろんキク=カの前では

本名を名乗っていもいいが他の者の前では君は申し訳ないが僕の助手と言うことに

しておくよ。

その衣装も看護者のものなんだ。」

「うん、分かったよ」

僕はにこりと微笑んで見せた。


ずいぶんと歩いたような気がする。

やっとのことでその扉の前に立ったときには少し息が荒くなっていた。


正方形の木の板のような扉だった。

壁にベニヤ板を貼り付けたようなシンプルさに先ほどのうさぎの扉とのギャップを感じる。


イネ=ノがその板に手を当てた。


突如周りが白く光ったかと思うと気がついたときにはすでに部屋の中にいた。


そこで僕は息を飲んだ。


病院臭い。


それが第一印象だった。


薬やアルコールのようなにおいが部屋いっぱいに充満していたのだ。

少し息が詰まる。


部屋は廊下と同じか、それよりも少し暗かった。

近くのイネ=ノの顔がやっと分かるくらいだ。


ところどころに申し訳程度に小さなろうそくが置いてあり

かすかな光を放っている。


部屋が広いというのはなんとなく感覚で分かったが暗すぎてそれを確認する事はできない。


「やぁ、気分はどうだい?」

イネ=ノが声を投げかけた先に

大きなベッドのようなものがあった。



「すこし明るくするよ?」

イネ=ノが片手を空へ上げると突如部屋がふわりと明るくなった。


光の玉だ。


イネ=ノの部屋にあった光の玉がふわりと宙を舞い

部屋を照らし出した。


そこでやっと部屋の様子を確認することが出来た。


天蓋のようなカーテンが天井からぶら下がっているが

そこから無数の管がながれ、ベッドの上に横たわる人物に続いていた。


医療器具のようなものは見当たらないがまるで集中治療室のような印象を受けた。


カーテンに隠れて横たわっている人物の顔が良く見えない。


『イネ=ノ、遅かったじゃないか』 

声がした。

しかし、

不思議だ、なんと言ったらいいのだろう。

耳からというよりも頭に直接入ってくる声だ。


『君が竹人君だね。ようこそ。』


「さぁ、竹人。こちらへ」

そう言ってイネ=ノはベットの脇に僕を案内した。


部屋全体はイネ=ノの光の玉で明るくなったが

ベッド中央は天蓋のカーテンや管で陰になっていて依然薄暗い。


「はじめまして、射川竹人です」

頭を軽く下げて挨拶するとキク=カの顔を見ようとそっと顔を上げてみせた。


真っ白で細い腕や手首にはたくさんの点滴のような管が繋がれていて天井に伸び、

やせこけた体は子供のように小さい。


髪は暗いえんじ色、

それよりも少し濃い紅色の瞳が僕を捉えていた。


!!


えっ?!


心臓が止まるかと思った。


だがしかし…

叫ばずにいられなかった。


「明人っ!!」


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