0001.5.帰りたい
村の外の木の陰ぼやぁっと少し明るくなっていて、よく見ると人影を確認できる。
電気でも火でもない弱いが優しい光だ。
これは魔法の光なのかもしれない。
そこに居るのはどうやら二人程で、二人とも汚い布を巻いただけの様な格好、かなりやせている。
一人はかなり背が高くもう一人は小さい。
どうも男女二人の様に感じる。
むふっ。
こんな闇夜に村から少し出た所の木の陰で二人、いったい何をやっているのかな?
もしかして目の保養とかできるかも知れないと思い、何とも言えない不安と興奮と共に近づいて行く。
俺も青姦だからと言って否定し怒るなど野暮なことはしない。
陰ながら応援するとしよう。
しかし、どうも雰囲気がなにか違うのかな?
何か大きな声で騒ぎ始めた。
おやっ、喧嘩でも始まったのかな?
俺は注意深く観察しながらその二人に近づいていった。
「やめろ、触るんじゃねえ。この野郎っ!」
どうやら女は男に片手で木に押し付けられ動けなくされているように見える。
あんな体勢で身動きできなく出来るとは男はかなり力が有るようだ。
女は短い手足を振り回してはいるが男の手は長くちゃんと届いていない。
あれでは振りほどけはしないだろう。
「いっひっひ、こんな所に来るからいけないのさ、この時間なら見張りはいねえ」
これは女の子が襲われそうになっているのか?
「なあなあ、いいだろ? やらせろよ」
「いーやーだ! はーなーせー!」
「このアマ黙って股を開きやがれ!」
男はそう言うとパンッ! と女の子の顔をはたいた。
「うぐうっ!」
そこまで聞くと俺はさすがにこれが強姦だと確信を持つ。
そして考える間もなく走り出し、俺は女の子と野郎の間に立っていた。
「やめろ、嫌がっているじゃないか!」
「なんだあ? 貴様、どこから出てきやがった? どけっおら!」
そんな事を言われても俺は退けはしない。
「力づくでなんて恥ずかしくないのか?」
「はは~ん。何が恥ずかしいってか~? むっ? ……なっ何だこの野郎っ!」
男は少し怪訝な顔をしたと思うと拳を大きく振りかぶって少し躊躇した挙句に振り下ろした。
ばきっ! 音が響くほど顔を殴られる。
嫌な音だ骨折でもしたかもしれないな。
意識が飛びそうな程には痛いが俺は表情には出さず男を睨みつけ。
「やめろっ!」
と力いっぱい叫んだ。
「何だこいつ! 俺の拳が、まさか堪えていないのか? そう言えば見たことない面だな? うへっ気持ちわりい。ちっ、こんぐらいにしといてやらあ!」
くるりと踵を返すと男は何か急ぐように走り去っていった。
あれだけ殴られて堪えてない訳ないだろ。
死ぬほど痛いわボケ!
だがすでに体中痛い今の俺にはさほど変わらないけどね。
改めて周りを確認すると思ったよりも体の小さい女の子が地面に座っていた。
俺はぼさぼさで妙に膨らんだ髪型をしている女の子の方に向き直り手を差し伸べながら。
「大丈夫だったか?」
と声を掛けてみた。
「…………」
しかし、何も応えてくれない。
かなり汚れていてその上髪の毛で隠れているので顔はよく分からないが、厚い前髪の奥なのに印象的で鮮やかな翡翠の様な大きな瞳が鋭く光りある種のおびえを見せながらも厳しく疑う様に睨んでいる。
やはり俺は女性とまともに会話する事なんてできないか。
体の方は薄着なのも相まって胸の形などがよく分かり、目やり場に困り、目をそらそうとするがつい見てしまう。
小柄なのに大きいな。
困ったな。
これではまるで俺が襲っているみたいだ。
『襲え! 犯せ!』
何かが俺の中から聞こえる。
そして体の中から熱いマグマの様な熱の塊が湧き出ているようだ。
やりたい!
『いやだ、黙ってろ!』
『……』
熱い塊のような欲望を抑え込む。
いったい何が聞こえるんだ?
俺の中に何が居るんだ?
とんでもないことになっているようだが?
負けてたまるか!
しかし、確かに突然現れたこんな俺はどことなく気持ち悪いだろうし、女の子に無視されるのはいつもの事だったから諦めの気持ちで。
「じゃあね」
と言ったとき、グ~~っと、俺のお腹が大きく鳴った。
うへえ、恥ずかしい。
彼女は堰を切ったかのように笑い出した。
「はっ、ははは、大きな音だな。ぷーっ、くすくす。緊張してたおらがバカみたいだ。殴られた所腫れあがってきとるぜ。ははは」
やった! 無視されなかった。
それだけでとてもうれしい。
殴られた頬は腫れ上がって痛いが、彼女の屈託のない笑いはそんな事は忘れさせてくれる笑いだった。
「ほんとうだ。痛いや。あははは」
彼女は緊張の糸が切れたのか、非常に安堵した様子になった。
「(お腹が減るなら人間だな。吸血鬼は滅びたって聞いたし)」
どうやら俺は吸血鬼じゃないかと疑われていたのかもしれない。
なるほど、男が慌てて逃げるわけだ。
「俺は貴志。タカって呼んでくれ」
「おらはニノだ。助けてくれてありがとう」
ニノは体のホコリを払いながらも、まじまじと俺を見つめると。
「タカは腹が減っているのか? ここにはまともな食べ物なんかないんだぞ」
「ああ、心配かけてすまない。ここはどこなんだい?」
「ここは吸血鬼の住んでいた洞窟のそばだ。危ないんだぜ。タカお前、何処から迷い込んだか知らねえが、バカな所に来たもんだ。腹が減っているならウサギでも一緒に取りに行こうぜ。おらも腹減ったから出歩いていたんだ」
彼女はかなり背が低いが体つきは確かに大人っぽいし態度はまるで年上のようだ。
「ああ、助かる」
「その辺の殴り易そうな石を拾いな。行くぜついてきな」
彼女がそう言うと急に周りが暗くなった。
なるほど、あかるいと獲物が逃げるから魔法の明かりを消したんだな。
俺達二人は出来るだけ音をたてないようにゆっくりと藪にわけいっていく。
真っ暗な中俺一人では不気味過ぎてとても藪に入る気にはなれなかっただろう。
二人いる、それだけで安心感が増すなあ。
ニノは小柄な体ながら自信満々に藪に分け入っていく。
その後ろを俺は恐々とだが付いて行った。
ちらと視界の隅に映るものがある。
俺は出来るだけ小さな声でニノに向かって言った。
「(あそこに、白いものが!)」
右側の草の中にモフっとした白い物がのぞいている。
「(えっ、どこだい?)」
と言いながらニノは俺に近づいてくる。
あれはたぶんウサギかなと思いつつ、指さし言う。
「(ほら、あそこ)」
ニノは隣まで来て見回すが分からないみたいだ。
ニノは両手を広げて少し上げ首を振ると。
「(おら、わからねー、タカやってきな)」
「(ああ、わかった)」
俺は気配を殺し一生懸命何か食べているウサギの様な生き物の後ろにゆっくりと近づき、少し逡巡した後石を振り下ろすと。
グシャッ
「キュン」
ウサギの様な生き物は一撃で静かになった。
うわっ! やっちまった。
肉や骨の潰れる感触が気持ち悪い。
すまなかった! 成仏しろよ。
「(やったなっ、タカ!)」
ニノがそう言って後ろから抱き着いてきた。
ふくよかなふくらみが体に押し付けられ。
おおっ! 思ったよりいい感触が背中を刺激する。
『今だ! 押し倒せ!』
抑え込んでいた欲望がまたぞろ起き上がってくる。
「(おっとすまね)」
ニノは慌てて離れる。
その拍子に、ニノの服がずれ落ち、ピンク(に感じる)の可愛い乳頭が俺の視界に入る。
俺は目が離せず凝視してしまった。
欲望はぐっと溢れそうになるが何とか押しとどめ目をそらす。
「(むうっ)」
ニノは突然のタカのぶしつけな視線に危険を感じ身をよじらせ後ろを向き服を直す。
(なんだ、こいつも他の男と変わらねえだ。気を少しでも許すと体を狙ってきやがる。男なんて死ねばいいんだ……いや、まあ、まだ何かされたわけでは無いか、もしかしたらおらの体を狙っていたり実は吸血鬼やそれに類するものかもしれないだ。ここは刺激しないように様子を見るのがいいだ)
「(おおっ! すげえなお前。気配の殺し方が並じゃねえぜ)」
そうかな? 照れるぜ。
「(じゃあ、もう一匹行こうぜ)」
よし、気を取り直して次いくぞ。
視界の隅に黒い影が掠める。
「(いました)」
俺は指をさしアピールするが。
「(えっ、どこに?)」
ニノは分からないようなので、さっさと近づいていき。
「(やります)」
黒くてモフモフした何かにそっと静かに近づき、すでに先ほどやったので逡巡もせず石で一撃を入れる。
なにか、暖かいようなものが入って来るような変な感触がする。
そして体がかっと熱くなったかと思うと、ふうっと、少し眠気が来た。
こんな何も分からない状況で眠くなる?
俺はバカか? もっと緊張しろ! 幾らなんでもおかしいだろうと気合で起きる。
ん? なんだか体が軽く感じるな。
体中の痛みも何故だか感じなくなったみたいだ。
やばいな極度な緊張でアドレナリンがドバドバ溢れているのだろうか?
あれっ、獲物はどこだ?
一体さっきのは何だったのだろうか?
今まで暗い中、色などほぼわからず黒のグラデーションの様な視界だったのに今はまるで昼間の様に色が付いていることにも俺は気付かない。
「(おい、タカどうした?)」
(なんだこいつ! 顔の腫れがいきなり引いてないだか?)
「(いや、やったと思ったんだけど獲物が見当たらなくて?)」
「(なんだと、見当たらないだと! 消えたのか?)」
「(ん? ああそうだな消えたような感じだ)」
「(ちょっと、どけ!)」
ニノはそう言うと、慌てたようにやってきて獲物のいたあたりをくまなく探している。
「(見つけた! 魔石だ!)」
この時ニノが邪悪に笑ったのを俺は見逃していた。
「(お~い、タカ。あっちに獲物が見えたぞ。行って見てくれ)」
「(ああ、わかった)」
俺はその方向を探しながら進むがなにも見当たらない。
おかしいな? 何もいない。
「(もうちょっと向こうだ。そうそう、もっとだ)」
俺はニノの言うように探索していく。
すると斜め後ろからドンっと何か重たいものが俺の体に当ってきて押した。
「うわあ! なんだ~?」
予想外の衝撃に俺はバランスを崩し、押し出されるように横の崖に落ちていった。
「おわあ~~」
その様子を後ろから伺っていたニノはにやりと口元を醜く歪めながら言った。
「ふっふふ、悪く思わんでほしいな。この魔石は大物なんだ。いい金になるんだ。こんなチャンスはもう来ないんだよ! タカお前、運が悪かったな。もう会わないだろう。さようなら」
俺は深い崖の下で気絶から目覚め泣いていた。
かなりの高さから落ちていたのだが、その時のあまりの事に気が動転しまるで体が痛くもない事を不思議に思わなかった。
いったいなんだこの世界は!
畜生!
日本に、
ああ、家に帰りたい!
強くそう願うと、突然自室の様子や場所がなんとなくだが分かった気がしたのだ。
そうだ、あちらに帰りたい、そう思った時だった。
すぐ目の前が暗転。
滑っとしたような何かをすり抜ける感じがして、光が戻ってきたと思ったら隣の家が目に入る。
俺は自分の部屋の窓のそばに立っているのだった。
おおっ、夢だったのか!
夢でよかった。
あんなこと実際にはあるわけないよね。
吸血鬼とか鎧の騎士たちとか魔法とか。
俺ってそんなにファンタジー好きだったかな?
それにしても我ながら立ったまま夢を見るとはリアルな夢だったな。
だが部屋にはついていた筈の電気が何故かついていない。
しかし、パソコンは点いたままで、にかっと笑う男の顔が書いてある“女性に好かれる男性とは”の記事が書かれた雑誌も机の上に広げられたままだ。
でも、着ている甚平はまだ湿っているし、手足も泥だらけだ。
何と無しに机に投げてあるうちわであおいでみた。
そう言えばこのうちわであおいだところで熱風しか来ない真夏のはずだ!
机の上に置いて在る時計に付属の気温計が示す気温は37度C! なのに別に暑いと感じない。
それどころかうちわの風が心地いい春の風のように感じる。
おかしい! そんな馬鹿な!
ははは、まさか蝙蝠になる、なんてないよね。
「蝙蝠になれ」
と試しに言ってみると。
フシュー!
蝙蝠になった自分がいた。
“ああ~夢じゃなかった! いったい何なんだ! 頭が変になりそうだ。それともまだ夢を見ているのか?”
俺は蝙蝠の姿で頭を抱え悶えるのであった。
しばらく悶えて落ち着いてくると好奇心が芽生えてくる。
“あそこは、何処だったんだろう”
と村を探るように思い浮かべと位置情報が明快に思い浮かぶ。
もしかして行ける? 何故かそんな考えが生まれ、
行けっ! と考える。
するとフッと目の前が暗転し、又、先ほどのさびれた村の様子が見えた。
よく考えろ俺! 落ち着くんだ。
俺はまだ蝙蝠の格好だ。このままではやばいだろ!
蝙蝠と言ってもちょっと大きい気がするし、地べたを這いずり回っている飛べない蝙蝠はきっと目立つ。
蝙蝠の姿はまずい、人に戻るんだ。
フシュー!
人の姿に戻りホッとした。
まずはここが何なのか? また部屋に帰れるのか? 試してみるか。
「家に帰る」
又、視界が暗転し自分の部屋の中にいた。
どうやら攫われてた時に座標や方法が何となく解り、吸血鬼の能力と合わせれば自由に行き来できるようだ。
姿も自由自在、吸血鬼の能力はなんか凄いぞ!!
まあ、アンデッドでは無いらしいから、俺が吸血鬼かどうかは疑問ではあるけど。
ニノはまたそのうち、再登場有るかも。あっ、もちろん罰せられる方向の予定です。