0047.策士策に溺れる
昼時なので、食堂は忙しそうだ。
つい手伝いたくなるのは悪い癖だな。
メニューを見るが、字が読めても名詞が分からない物が多くて、なんだか分からないな。
名前からのイメージや味の記憶は貧困だが、とりあえず肉なのか魚なのかと調理方法は割とわかる。
「こっちが炒め物で、こっちが煮物だな。あと上が野菜スープで、中程が肉中心で、その下が魚っぽい」
「そう言われても分からへんな?」
「一番下は、飲み物でほとんど酒だな」
麻生さんは小声で
「(うち、分からへんて言うてるのに……)」
とぶつぶつ言いだした。
しかしその位分かれば、外れを選ぶ率が下がるだろう。
どうせ異世界の分からない食べ物なんだし。
「ここら辺に書いてあるのは麺みたいな感じの練り物ニャ」
とアンが補足をしてくれた。
「アンが美味しいと思うものを一品と、運任せで選んだものを頼もうか?」
値段はどれも鉄貨以下ぐらいだから安い!
ほんと、食べ物なんかは安いのな。
まてよ?
食べ物を物価の基準にすると彼女らの防具は!
いや考えまい気絶する。
「そうやなそう言えば、味なんて分からへんのやからそれでええよ」
麻生さんも、納得してくれたようだ。
「そうね、お兄ちゃん」
「僕もそれでいいよ」
「お兄さん私もそれで」
良かった! 揉めるかと思った。
「責任重大ニャ!」
「アン、深く考えないでいいよ。なっ皆?」
「はい」
皆いい返事だ。
「店員さーん、注文お願いできますか?」
「は~い、お待ちください~すぐ行きます~」
店員さんは程なく注文を取りに来た。
「だったら、アンはこれとこれでニャ」
「アン、それらはどういうもんなんだい」
「これが、パンの様な物で、これはお肉焼いたものニャ」
(そうねお兄ちゃんもいろいろ考えているのかも? いやっ、でも、アンちゃんの味覚って一緒に調理習っていると確か少しずれている所も有って……結構ワイルドで味も見た目もなんだか何でも来いだったよね。初めて見たカニとかでも殻ごと生でも確か”アッこれ美味しいニャ”ってかじってた)
「じゃあ私はこれとこれ」
「僕はこれとこれ」
「うちは、これとこれな」
「私はこれとこれです」
皆なぜか一品目ではなく二品目をアンと別な物で選び、言葉分からないから指さすだけだったが店員さんは伝わったようだった。
「じゃあ俺はアンと同じもので」
そう俺は冒険する気などさらさらなかったのだ。
家で食った方がいいのにとも思っている。
「ああ、お兄ちゃんずるい!」
「皆と被らない物ってもうあんまりないみたいだからいいだろ?」
「ぶー」
(でもアンちゃんが正解とは限らないから、まっいいか)
「もうお腹減っちゃってるからそれでいいわ」
「すまんな」
「はい、承りました。少々お待ちください」
皆、魚介類は避けてお肉にしたようだ。
まあ、グロな魚来ても困るからな。
肉の方が姿焼きとかで来る確率が低そうな気がする。
それによく見ると値段も魚介類は肉の10倍以上高いみたいだからよかったとするか。
周りを見るとほかの者たちはパンと野菜スープだけの者がはるかに多く、この世界の一般的には肉料理でもたぶん贅沢なのだろうと推測できた。
「あっ来た来た!」
皆お腹すいてたんだな。
待ちきれないって感じだ。
さて、見ると俺とアンの前にあるお肉はどう見ても大きい鼠だった。
うげっ! これが外れだったのか!
「これがおいいしいニャ♪」
アンは喜んで食べ始めたが、俺は冷や汗を流していた。
「(お兄ちゃん、ざまあ。クップッ)」
小さい声で言っても聞こえるぞ妹よ! そっちは見た目普通ですね。
他の皆は何の肉かは解らないが野菜と煮たり、炒めたりで当り障りのない見た目だった。
「あっこれいける!」
と、瑪瑙さん。
「そうね香辛料の味があまりないけどお肉自体が美味しいわ」
とは、結城さん。
「なかなかやな」
皆、見た目だけじゃなく美味しそうに食べてる。
ケイは明らかにほっとした顔をしている。
探知でしっかり調べれば、どれが何の肉だかなんとなく分かるかもしれないが知りたくもない!
きっと知ったら食べられない物がいくつかあるのだろう。
「ええいままよ!」
俺は意を決して鼠の肉を口に運んだ。
確かに不味くない。
ねっとりと、とろみが強くそれでいて少し苦みがあるがどちらかと言えば美味しいかも知れない。
いや、なんだか言い表せないような生臭さが後味として口に残った。
だがそれさえ我慢すれば食べれそうではある。
だが、鼠の見た目のせいでよけいに不味く感じる。
何とかならんかったのかこの見た目。
口に残る生臭さがだんだんと辛くなってきた。
「えっと」
俺はメニューを見直してみた。
俺が頼んだのは?
“アラルの丸焼き”って!
丸焼きって書いてあるじゃん俺のアホ。
どうせ料理の名前なんてわからないとあきらめるべきではなかったのだ。
アラルは鼠! タカ、覚えた。
「ねえ、それ味見させてよ?」
「いいよ、私も味見していい?」
「うちのも、どうよ?」
「ありがとう」
和やかに異世界食堂初食事は進む。
「俺のもどうだ?」
誰も答えない。
さみしい。
まあ分かっていても、会話に参加したくてつい言ってしまいました。
「にいちゃん、アンのと同じだからしても仕方ないニャ」
そうだね、うん。
アンはこの生臭さは平気らしい。
それどころか鼻を鳴らしながら満足そうに舌鼓を打っているくらいだ。
よほどおいしいのだろう。
俺にはわからん。
獣人には獣人の普通の人と違う好みがあるのかな?
家では日本の料理をおいしそうに食べていたので味覚はそれほど変わらないと錯覚していたようだ。
「アンありがとう」
そう言ってアンの頭をなでた。
「うへへ」
アンはうれしそうだ。
可愛いな~心休まる。
「お兄ちゃんのは、いらないけど、私のを味見していいわよ」
「うちのもええで」
「お兄さん私のもどうぞ」
「僕のはやらんぞ!」
一人を除いて皆ありがとう。
「じゃあ頂いちゃおうかな。えへへ」
つい顔が緩む。
ケイが時々ゲッて顔になるが、気にせず味見した。
どれも、あまり食べた事のない味だが美味しい。
どうやら俺のだけがハズレだったようだ。
一人抜け駆けしようと妙な策を練るから天罰が当たったのかもしれない。
「皆ありがとうどれも美味しかったよ!」
皆がある程度食べ終わった頃
「なあタカ? うち調子に乗ってしまって装備買って貰ったんやけど。落ち着いてよう見たらなんか高そうに見えるんや。幾ら位やったん?」
今更ながらに麻生さんが神妙に切り出した。
食べるだけ食べて落ち着いたらいろいろお考える余裕ができたようだった。
あっそれ聞いちゃう? 聞かない方がいいよ。
きっとだけど。
「あの、その……」
俺が言いにくそうにしていると、ケイが代わりに話し始めた。
「タカ様は、中金貨6枚と小金貨3枚支払っていました。物価の平均から円に直しますと630万円くらいですね。でも今日の食事代から換算するとその6倍から8倍程度が実質価格かと推測します」
「えっと8倍やと……、ごせんまんえん!」
とは、麻生さん。
「いっちゃくいっせんまんえん……」
妹。
「630万でもすごい大金なのに……」
結城さん。
「そうか? 退魔用の装備もそんな感じだぞ」
瑪瑙さん。
皆青い顔になって震え始めた。
約1名をのけてだが。
だから言いたくなかったのに。
ケイはそれが分かっていても黙ってはいられなかったのだろう。
しかし、瑪瑙さん高いの承知で買って貰う気満々だったのか!
一体どんな金銭感覚しとるんじゃい?
「これはいくらなんでも貰えんわ。タカに借りる形でないとあかんわ」
「妹な私でもさすがに貰えないわ」
「お兄さんすみません調子に乗ってました」
「えっなに、皆のその反応。それじゃあ、僕が世間知らずみたいじゃないか?」
「世間知らずどころか、どこの超お嬢様や? 聖は」
麻生さんは瑪瑙さんに厳しく指摘する。
「ぼ、僕は日本一の降魔師一族の娘だ。……だって、タカお金、沢山持ってそうだから、いいかなって」
瑪瑙さんはしどろもどろだ。
「あほか、いくらなんでも限度があるやろ?」
「だれが、あほだ!」
「お前や、聖! お前や!」
「ぐぬぬぬ!」
「あのな、普通の高校生がするプレゼントなら、数千円でも高い方なんやで。それが数百万から数千万ってありえへんわ。まあ今回はうちも調子に乗っておかしかったんやけどな。まさかそこまで高いって思わへんかったんや。こんな事はもうないように気を付けるさかい、許してな。タカ、ごめんなさい。皆もや」
「ごめんなさい」
皆、気にしないから、俺がおかしいのか、セコイのかって思い始めていたよ。
次回更新は明日21時になります、よろしくお願いいたします。
楽しんでいただければ幸いです。