0001.1.解放
女性たちの吸血鬼化も終わりその後は何も起こらず辺りは静まり返っている。
俺は何をしているのかというと、身じろぎもせずに何も考える事も無くボーっとその場にぶら下がっている。
すると突然主の言葉が頭の中に響いて
『蝙蝠たちは入り口を見張り守れ!』
何故かこの洞窟への入り口の位置が頭の中に浮かび分かった。
やっと命令だ。
俺は喜びに打ち震えて飛び立った、が飛べず下に落ち、人狼たちの間の岩に激突した。
俺の頭の中はその衝撃でグワーンと鳴り響いていて周りの声など聞く余裕などない。
人狼たちは、なぜか蝙蝠が落ちてくるというあり得ない光景にざわついた。
「(なにが落ちて来たんだ?)」
「(これは蝙蝠! もしかして飛べないのか?)」
「(こいつ魔力を感じれないぞ)」
「(代わりに生気を感じるな。うまそうだ)」
「(よせよ。なりそこないでも眷属だ。我々人狼にもいるだろう。なりそこないのメス)」
「(ああそう言えばいたなあ。あれも段々眷属に近づいているようだからこいつもほおっておけばちゃんとした眷属になるのか?)」
「(主様の判断に任せるのが良い)」
「(魔力も無いのにあの細い手足であの大きさではまともに歩けもしなさそうだ)」
グワーンと鳴り響いていた俺の頭も段々収まり周りの声も聞こえ始める。
「なんだこの蝙蝠! 飛べもしないのか! 全くの役立たずだな」
と言いながら人狼は俺を捕まえ振りかぶる。
「目障りだ。目の届かない所までぶっ飛べ!」
と俺を横穴に力いっぱい投げ込んだのだ。
かなりの勢いで投げられ奥深くに飛んで行き、頭をしこたまぶつけて一時気を失ってしまう。
これでは主の命令を実行できない。
俺は焦りながらも痛む体を引きずりながら、よたよたと入り口に向かって歩き始めた。
「痛い。体中が痛い。我ながら良く死なないな。でも主様。俺頑張るよ」
しかし、蝙蝠の体ではごつごつと起伏の激しい洞窟をまともに歩くこともできない。
乗り越えようとしては落ちるを繰り返す。
負けてたまるか!
俺は主の役に立ちたいんだ!
俺の脳裏に隣に並んでいた筈の蝙蝠達が力強く羽ばたき飛び去っていく姿が蘇る。
なぜか、俺だけ飛べなかった。主の指示に従って行動できる彼ら蝙蝠達がひどく羨ましい。彼らは主の
期待に応えて戦うことが出来るのだ。
負けてたまるか!
俺だってやってやるんだ!
かなりの時間歩いたが最初にいた場所にも全くたどり着かない。
蝙蝠は歩みすらも亀よりも遅く、そして人狼は馬鹿力だ!
とんでもなく遠い。
間に合わないもっと早くと焦りまくっていると。
『敵が侵入した! 勇者と聖巫女の二人だ。皆でこれを排除しろ!』
主の命令が響く。
俺も早く馳せ参じねば。
仲間の吸血蝙蝠達が、俺から見れば信じられないほどの強さを持って勇者たちに立ち向かう様子がなぜか伝わってくる。
「すごい速度と攻撃力だ」
吸血蝙蝠達は普通の人間ではたとえ銃火器を持って立ち向かおうとも勝てないと思える。
そう、とても捉えきれないほどの速度で自在に空中を舞っている。
攻撃も大岩を簡単に粉みじんにするほど強烈だ。
吸血蝙蝠もバカ強い。
「くっ!」
俺は自分の弱々しさと比べ落ち込んでしまった。
しかしそれ程の奮戦を見せる吸血蝙蝠たちだが、勇者はそのはるか上を行く動きで吸血蝙蝠達を圧倒し攻撃していた。
その末吸血蝙蝠が一匹また一匹と死に消えていくのをも何故か感じとる事が出来る。
俺も死ねば彼らと同じように消えるのだろうか?
いや今は恐れている場合ではない。
『人狼よ足止めに回れ!』
『吸血鬼ども魔法攻撃をあの女に集中しろ!』
とかいろいろ聞こえてきた。
魔法?
魔法か、魔法が使えれば主のお役に立てるかも。
しかし、俺にはまだ魔法が使えそうもない事がなぜか分かりがっかりだ。
『まだ魔法は使えない』
脳内から話しかけるようにわかるこれは何だろう?
吸血鬼の本能のようなものかな?
まあなんだか気持ち悪いが、深く考えても分かりそうもないので本能ということにしておこう。
他の蝙蝠達は魔法で侵入者と戦っているというのに。
“うっくくくっ”
悔しさで涙があふれ前が見えない。
その後、少したった頃だった。
騒がしさが増し吸血蝙蝠や人狼果ては吸血鬼達の悲鳴が聞こえ滅びていくさまが伝わって来る。
出来損ないの俺なんかよりはるかに強いはずなのにほぼ無抵抗でやられているようだ。
無駄だと分かるがそれでも加勢に駆け付けたい気持ちがさらに大きくなっていく。
飛べないこの身体が憎い。
その後急に静かになった。
ほとんどの仲間が死に消えたような気がしていると、強烈な光が最初にいたあたりから差し込んできた。
俺は幸いにも岩陰にいたのでその光に当たることはない。
本能的にその光はやばい事が分かったのでほっとした。
『この程度ではやられはせぬ! やられはせんぞ!』
主の怒号にも似た叫びが聞こえてくる。
『くぅ、生前の能力も影響しているのか俺達の攻撃にも耐性が有るな。魔力は俺達よりかなり少ないはずなのに粘る! まさかここまで強いとはな』
『流石元賢者の吸血鬼は強いなし。聖属性と言う大きな弱点が有って良かったなし。それでもあちし達の半分より魔力が多ければ吸血鬼はもうあちし達の手にも負えないなし』
『マリーもう一度だ。後の事を考えず最大の威力で倒せ。それで終わりだ!』
『あいなし』
主と侵入者たちの話が聞こえる。
侵入者達の声はかすれていてよくは聞こえないがな。
ああ、主が危ない!
だが俺は焦るだけで大して移動もできず手を拱いているともう一度先ほどより強烈な光が光る。
すると、光は俺に当たっていないのになぜか、魂が引きちぎられるような痛みが襲って来た。
その痛みの中、主が滅びていくのを遠くに感じる。
“ぐわあ! いでで~~~!”
しばらく痛みに耐えていると、フッと痛みがなくなり気が遠くなってしまった。
どの位気絶していたのだろうか、目覚めると先ほどまで何も分らなかったのにいろいろ思い出してきた。
“だ~! なんで俺、蝙蝠なんだ?”蝙蝠なんて嫌だ! 人に戻りたい”
すると。
フシュー!
と言う感じでゆっくりと人の姿に戻っていく。
よかった! と安堵しながらも驚愕した。
「えっえっ! 俺、なんで蝙蝠? なんでこんな所に? 何してるんだ? うっわー! 一体何が起こっているんだ? いやだいやだ! いーやーだーああああ」
色々な記憶が爆発的に思いだされ現状を認識できない俺はパニックに陥ってしまったのだ。
そして俺は蝙蝠になってしまった嫌悪感に振り回され、頭を抱え転げまわりながら嘆いた。
しかし嘆いていても何も変わらない。
しっかりしろ俺。考えるんだ!
「ふうー」
深く息を吐き落ち着くとやっと現状を考えてみる気になったようだ。
ふむ、俺は何故こんな事になったのだろうか?
まずは思い出してみた。俺は木戸貴志、高校1年生のもてない男子。うん名前はOK。
確か、夜、自分の部屋で雑誌を読んでいると、窓からゴンって音がしたので恐る恐る窓を開けたところまで思い出したが、その先がどうも思い出せない。気が付いた時には蝙蝠として洞窟の天井にぶら下がっていた。
どうやら異常事態に巻き込まれた事しか分からない。
状況から推察すると吸血鬼? 陳腐な答えしか出てこない。
そして裸ではなく部屋着の無地茶色甚平のままである。
夢でも見ていたのだろうか?
だが、俺はごつごつとした岩に囲まれた洞窟っぽい場所にいるようだし。
「ううっ、身体中打ち身や傷だらけだ。痛すぎる」
あまりのリアリティに夢だとも思いきれない。
試しに蝙蝠になれと思い浮かべると、フシューと蝙蝠になった自分がいてがっくりと打ちひしがれる。
気を取り直して人にと思うだけでフシューと人に戻り一安心した。
さて、これからどうしよう。
あれ程居た吸血鬼や人狼、もっと多く居た吸血蝙蝠達の気配が全く感じられない。
いったいどこに行ってしまったのだろうか?
いや、ご主人様がやられたのだ、ほぼ生き残れていないのだろう。
まあ、全員人の敵だったみたいだから仕方ないのか?
主様を滅ぼしたあの光は聖なる力なのか?
『そうだ』
何かが脳内でつぶやく。
聖なる力はやばい、今のままでは多少でも抵抗できない、あっ! という間に焼け死んでしまうと。
どうやら本能は危険などを気まぐれに教えてくれるようだ。
まあ吸血鬼の本能も死にたくはないのだろう。
いや、なんだかヤバい!
俺が俺でなくなるような嫌な感じヴッヴヴヴーーー……えっと、便利だなと割り切ってしまおう。
だが、吸血蝙蝠はあんなに居たんだ全滅したとは信じられない。
ここは隠れる所の多い天然の洞窟っぽい。
吸血蝙蝠は人と比べると小さいので見つかりにくいだろうから多少ならどこかに生き残っていないだろうか?
俺みたいに。
しかし、ここがどこなのかさっぱり分からないし下手に動くのは危険な気がした。
「こんな所は嫌だ。家に帰りたい……」
何でこうなったんだろう。
とめどなく涙が溢れてくる。
だが、こんな真っ暗なところでじっとしているのも何だし、迷路のような洞窟だが、幸いにも出口が分かるので、思い直して出口に向かうことにすると歩き始める。
結構長くてデコボコと歩きづらい登り坂の洞窟を四苦八苦しながら上っていくと、出口が見えてきた。