閑話 ニノ2
誰しにも、事情がある。
「じゃあ、ニノ姉ちゃん。また明日ニャ」
おらは手を振り
「また会うだ。アン」
と応えていた。
小さい頃からおっとうの仕事でよく一緒になり面倒を見たりして仲良くなったアンが手を振りながら帰っていくだ。
建築現場には親について来ている子供たちが何人かいるだ。
アンは小さくてクルリとした目とモフモフした感じ、そして素直で語尾のニャが相まってなんと言っても可愛いだ。
おら大好きだ。
おらのおっとうは建具屋さん兼大工でアンのおっとうは大工の頭領だべ。
頭領は虎獣人できっぷもええし、すらりとして筋肉質なかっこええおっとうで、アンが羨ましいだ。
おらのおっとうときたら仕事が無かったら、うちで呑んだくれててぜんぜんカッコよくないだ。
あの張り出たお腹は何とかしてほしかっただ。
大体おら達ドワーフは背が低くて、ずんぐりむっくりでカッコよくないだ。
おらがっかりだ。
もっと、すらりとした種族がよかっただ。
現場に遊びに来ているアン達と違って、おらはもうすぐ17歳でおとなだから、おっとうと現場に行ってご飯作ったりお茶を出したりしていただ。
合間にアン達と遊ぶのは気晴らしにもってこいだ。
本当によく遊んでただ。
考えてみればそれも仕事のうちと望まれていた気もするだ。
ある日アン達頭領の家族が忽然と居なくなっただ。
おらとても悲しい思いをしただ。
あの可愛いアン達が居なくなってしまうなんて。
おらのおっとうは頭領の専属みたいな感じで仕事していただ。
なのですっかり仕事が無くなって生活が荒れただ。
すっかり自信を無くしたおっとうは、おっかあを殴ったり、おらを叩いたり酷かっただ。
ああなると親でもとても怖いだ。
おっかあは仕事を探しにいっただが、手が少々不自由なのでどこにも雇ってもらえないと泣いていただ。
おらも、おっとうと一緒に仕事を探して回ったけど、なかなか良い仕事は見つからなかっただ。
お金もすぐ無くなって、食べて行くのもつらくなっただ。
そして、最後にはおらになんとかしてでも稼いで来いと怒鳴り散らかしただ。
その“なんとかして”がその時のおらにはよく分からなかっただ。
でも仕方ないだ。
おらは、おとなだから仕事は言われなくてもするだ。
町のよく行く食堂に頼み込んで働かせてもらう事になっただ。
「いいよ、困ったときはお互い様だ、つい最近一人辞めたので丁度いいここで働きなさい」
食堂の店主のおっちゃんは優しく迎えてくれただ。
昼前から夕刻遅くまである仕事で、多少失敗して怒られる事も有ったけど、それなりに楽しく働いていただ。
そしてちゃんと毎日給金をもらって帰ると、おっとうもおっかあもうれしそうな顔でおらにありがとうと言っただ。
よかった、本当に良かっただ。
おら働けて良かっただ。
数日働く日々が何事もなく続いただ。
今日は特に遅くなったけども仕事が終わり、心地よい疲れを感じながら家路を急ぐ。
こんな時間まで働くなんてこの町ではまれだ。
人通りがない寂しい路地を歩いて帰ってみるとおっとうもおっかあもいなくなっていただ。
おら怖くなって隣の家にいっただが、誰もいなかっただ。
それどころか近所の仲良しの家々も、もぬけの殻だっただ。
辺り一帯亜人が多く住んでいた地域で住人が丸ごと消えていただ。
千人以上は暮らしていたはずなのに信じられないだ。
おら何が何だかわからなくて、食堂の店主のおっちゃんに相談しただ。
「それは、いけないね。うちも慈善事業じゃないのだから身元不明者はお断りだよ」
おっちゃんは相談に乗ってくれるどころかそう言い放っただ。
おら、ビックリして目の前が暗くなっただ。
あんなに優しくしてくれたおっちゃんは、全然違う恐ろしもいやらしい顔でおらを見据えていただ。
「だが、俺も鬼じゃない。お前もガキじゃ無いんだから分かるだろ?」
そう言って、おっちゃんが飛び掛ってきておらに抱き付いただ。
「はあっ、はあっ、たまんねえな若い肌は!」
おっちゃんはおらの体を触りながら脂ぎった気持ち悪い顔でおらにキスを迫ってきただ。
「いーやーだー!」
おらは、おっちゃんを突き飛ばし逃げ出しただ。
「どーせ、ドワーフ女なんかどこも雇ってくれんよ。決心してここに帰って来るんだな。がっはっは」
おらが走り去る後ろでおっちゃんが笑っていただ。
そして、そんな馬鹿なと思っていただが、おっちゃんの言う通りだっただ。
「きつい仕事でも頑張ります。おら力はあるだ」
「いや、亜人は雇えんね。よそを探しな」
従業員募集中の看板を見ては訪ねてもどこもおらを雇ってはくれなかっただ。
一軒だけじじいが。
「ひっひっひ。わしに抱かれるなら雇ってやるよ」
と言っただ。
おらは気持ち悪くて。
「いいだ、他を探すだ!」
と言って、探し回っただ。
どこも雇ってくれなくて愕然と町を歩いていただ。
すると、ちょっとかっこいい兄さんがおらに声を掛けてきただ。
「ねえ君。仕事なくて困ってる? 困っているなら僕と狩りに行かないか? 狩った獲物は折半でいいよ」
おらはその優しい言葉を信じただ。
そして森の中に分け入り、兄さんに狩りのレクチャーをしてもらっていただ。
「さて、この辺りでいいか」
えっこの辺りでええって、何がだべ? と思っていると。
しゅっ!
おらの首元にナイフが当てられていただ。
「さわぐなよ! この辺りの女は吸血鬼に攫われて軒並いなくなったんだ。なら、ドワーフでも可愛けりゃいいじゃんて事で、動くな! 動くと殺すぞ!」
兄さんはおらの胸を服の上からまさぐりながら言っただ。
この町では強姦の罪は重いだ。
バレればそく犯罪奴隷に落とされるだ。
強姦したならあと腐れなくなるように殺せ! とどこかで聞いた事があるだ。
訴える奴が居なければ露見しにくいと言う事だ。
死体は出てこない。
ここなら獣や魔獣が処理してくれるだ。
抱かれた後、殺される!
そう思った時にはもうおらは兄さんを殴っていただ。
そして、兄さんがひるんだすきに逃げ出し必死で森を抜けだした。
おらが、ドワーフだからダメなのか?
女だからダメなのか?
おらの頭の中はごちゃごちゃだ。
男なんて、男なんて最低だ。
ゆるせない!
それから、おらはアンスラルドに行って男専門のスリになった。
アンスラルドは人も多いし、皆それなりに金を持ってる。
隠れるところも多いし、あの男達もいない。
ぼーっとした多少身なりの良い格好のお上りさんに近寄って、わざとぶつかり胸元をちらりと見せる。
「あっ、ごめんね。おやっ! 近くでよく見るとお兄さんかっこいいね」
「いやその、あはは」
などと男がぽーっとしているうちにポケットから財布をすり取るのさ。
「あのう、お茶でも」
「あっおら用が有るからごめんね。名残惜しいけどまた今度ね」
と走り去る。
やって見ると案外簡単に数回成功したさ。
男なんて馬鹿だ。
おらはこれでも手先が器用で、見た目では分かんねえだろうが足も早いぜ。
しかし、すぐにつかまり、刑務所送りか吸血鬼のいけにえ村に行くか選ばされた。
くっ! 次は捕まらないようにもっと上手くやってやる。
いけにえ村で生き残れば無罪放免で給金も出る、だとさ。
おらは刑務所の最悪さは噂に聞いていたので、いけにえ村のほうがまだ確率的にいいさ。
と自暴自棄に行先を決めたのだった。
だからと言って、罪もない人々を不幸にしていいはずはない。
次回更新は明日です




