0000.神話の始まり
あまりにも長いので分割しました
肉が焼けるいい匂いがする。何の肉が焼ける匂いだ? ああ、俺が焼けた匂いだ。
臭いの元が分かったら途端えずきそうになった。
「はあ、暑いなあ、むしむしする」日中の気温が42度を超え今も36度を下回らない、そんなエアコンもない自室で玉の汗をダラーっと流しながらも真剣に“女性に好かれる男性とは”という雑誌の記事を読み込んでいた。
「うん、こうもっとにこやかにするといいのかな?」
記事の中のモテる表情を読んでそうなる様に机の上に鏡を置き色々な表情を作ってみる。合間にうちわであおぐが全く涼しくならず流れる汗が止まらない。
「さわやかな笑顔ってなんだ? どうするんだ?」
汗だらけなせいか暑苦しさしか出ない。
世の中は分からないことだらけだ。そう、分からない。
自慢ではないが俺は女性にモテない。
なぜ?
どうして?
こんな事を言えばあまりにも不遜に見えて自慢になってしまうが、俺は頭もいいし運動神経もいい。
高校一年生程度の勉強なんて授業をちゃんと聞いてさえいればどの科目でもほぼ90点以上取れるし、運動会でもよい成績で活躍し放題だ。容姿だって周りと見比べてみても標準以上だと思う。
いやどちらかと言えば良い方のはずだ。
身長だって176㎝で低くはない。
太っているわけでもなく中肉中背で程よく筋肉質。モテそうな要素てんこ盛りだ。
なのになぜ?
そんな俺がどうしてモテないのかさっぱり分からないが、初対面の助けた女性に無視されるくらいにはモテない。
気軽に話せる女友達もさっぱりいない。話しかけようとすると大体の女性が焦ったように逃げていく。
ああ、つい先ほどの道案内した時の事が鮮やかに思い出される。あれは20代後半の可愛い方だった。言っておくが可愛いから助けたわけじゃないんだよ。
俺は人助けに成功して問題が解決し嬉しそうに感謝されるのが嬉しいから、誰でも困った人を見つけると出来るだけ助けるのだ。それがおっさんでもおばさんでもだ。まあ、美人を助ける方が気分がいいのは否定しない。俺だって女の子にモテたいスケベな若い男だから仕方ないのだ。
高校の夏期講習最終日、学校からの帰り道に見かけた彼女は、メモを片手に大きな荷物をもちキョロキョロと困ったように周りを見ていて、迷っているのが丸わかりだった。
うだるような暑さの中、困り果てていて今にも倒れそうだ。俺は人助けのチャンスと思い声を掛ける事にする。この町は新市街と旧市街が重なるようにあって、番地がばらばらで道に迷う人多いんだよね。
俺は人助けが趣味なので道案内はお手の物だ。
いかにもOLっぽい地味なスーツに身を纏っているが隠し切れない色香が溢れている。
だけど可愛い女の人だった。
こんな女の人にも無視されると辛いなと不安に思いながらも思い切って俺は声を掛けた。
「どうされました? 困っているならお手伝いしましょうか?」
不安な表情が出ないよう気を付けた笑顔の俺を彼女は怪訝な顔で見上げる。
まあいきなり声をかけるとほとんどの人はまずはこんな反応をするよね。
「えっ! あっ……はい、ええっとその、あ、ありがとうございます。実はこのビルが分からなくて?」
すると多少笑顔になった彼女は、俺に地図を見せながら言う。
「ああ、そのビルなら、あちら側に二筋向こうの道沿いですよ」
と方向を指さしながら俺は説明する。
「……まで行くと看板が見えますから分かりますよ」
と自分ではいい笑顔を向けたつもりだ。彼女は
「あっ!」
と一言発し、ぺこりとお辞儀だけして、さっと顔を背け、教えた方向に慌てて走って行ってしまった。ふと苦い思い出から現実へと帰還した。表情チェック用に机の上に用意している鏡にいかにも残念そうな嫌な俺の顔が映っているのが目にはいる。
「ちぇっ! いつもと同じか。お姉さん美人だったのになあ」
下心が全く無い訳では無いが別に狙ってもいない。顔を背ける時のいやそうな顔が脳裏に張り付いて離れない。俺ってそんなに変な、まるで下心丸出しの様な表情でもしていたのだろうか? その時の自分の表情を思いつく限り再現してみるが俺には分からない。
「普段と変わらない表情のつもりなんだけどなあ?」
子供とか男とかおばさんなどだとこんな事にはならず、大体礼をしっかり言われ笑顔で終わる。
う~ん、自分では顔の造りはそれほど悪くないと思うんだけどなあ。
何が悪いんだろう? と鏡に色々な角度で顔を映しあーでもないこーでもないとやっていると。
ドンと大きな音でドアがノックされ。
「お兄ちゃん! 私のプリン食べたでしょう?」
と部屋の外からドアも開けずに妹がどなる。
「いや知らねーよ!」
「ふんっ! (……ごめんね、お兄ちゃん)」
ふんっ! の後何か言ってたみたいだがドア越しの小さな声なのでよく聞こえなかった。
「私この後お風呂に入るんだけど覗きに来たりしないでよね! 絶対ダメなんだからね!」
「覗きなんかしねーよ!」
なんで俺が覗きなんかすると思っているんだ?
覗いたことなんてないぞ。
「どうだか、このすけべ!」
(お兄ちゃんいつも私のお風呂タイムを予告してるのに、なんでノゾキに来ないのよ! 凄いスケベのくせに! なんで私には興味が無いのよ! エロ本のが私よりいいの! 結構いい躰していると自分では思うんだけどな?
時々ラフな格好で色々見えるようにしているのに私を見る目は妙に醒めちゃっててさ!
そんなに大きいのがいいのかな?
エロ本のお姉さんたちみんな大きかったし……あー腹立つわ!
私も私なのよ。
どうしてお兄ちゃんなの? お兄ちゃんとは結婚はおろか恋人にもなれないのに。諦めるしかないのに。
その上、お兄ちゃんには異性としても全く意識されていないのに。
でも私、他の男子には全く興味湧かないし……私きっと、ええ絶対どこか変なんだわ。
ちっきしょう、悪いのは勝手に好きになった私。
分かってはいるわ。
でも負けたみたいで凄くむしゃくしゃする―!)
よほど腹が立っているのか、どたどたどたと大きな足音をさせながら遠ざかっていく。
何故、俺がスケベだと知っている?
どうしてだろう?
不思議な事もあるもんだな。
妹の前でそんな素振りをしたこともないはず。
それにエロ本は厳重に隠してあって見つかった形跡は無いし、ちゃんと換気しているから部屋にイカ臭い匂いなどこもってない筈だし最後っ風呂でやることも多いのに。
風呂か。
と、つい妹が風呂に入る光景を想像してみる。
美人だし中学生の割には胸も有るので綺麗だろうなとは思ってもまったく性的には興奮しない。
妹が小学校中? 高? 学年くらいまでは一緒に入る事も多かったから胸のふくらみ具合から腰のくびれまで結構ハッキリと現状も想像できるのだがな。
まあ、これが兄妹と言う事なのだろう。やはりこうもっとボインで先ほど逢ったようなお色気たっぷりなお姉さんがいいよな!
妄想は止まらない。
裸で俺にああ迫ってくるお姉さん。
(詳細は分からないので、うすぼんやりだが)
おっなんだか気分が乗って来た。
さあハッスルたーいむ!
エロ本の準備だ。
「はーあっ」
大きくため息を吐いた後エロ本を隠して換気して思考を戻してっと。
もしかして体臭が臭いのかな?
シャンプーとかボディーソープでも変えてみるか?
だが、いつまでもモテない童貞なんてやってられるかっ。
絶対リア充になってやる!
そうなったらエロイこともやりたい放題だぜ。
ムフフと我ながら不気味な笑みを浮かべると、鏡に映った俺の不気味な笑顔が見えた。
「ふう、つらい」
俺はげんなりしながら再度雑誌の記事に集中しようとした時。
ガンッ、部屋の窓から変な音がする。
ここは二階なので直接は叩けないだろうから。
もしかして妹が外から石でも投げたんじゃあ、あるまいな? と、余計げんなりしながらも。
「誰だ?」
と言いながら窓を開けたところで俺の記憶が途切れている。