踊る悪魔
紅茶うまし。
人は死ぬとどうなるのだろう。天国か地獄どちらかに振り分けられて俺はそこに行くのだろうか。
それとも、影に包まれた時のように、何も感じないことを受け入れるのだろうか。そうなったらまるで人形のように、物の気持ちが分かるように。
「お前を救ってやろう」
耳元にしがれた声で囁く、死神だ。
俺は昔、一度だけ死神と契約を交わした、師匠の遺体を残す為に。アイツと相性の良い術式しか使え無い制約、師匠の身体から引き継いだ呪い。何もかも受け入れた。
「お前を殺させはしない」
その言葉にハッとする。死ぬと砂嵐のアイツとの身体を明け渡す約束が反故になる。身勝手な話だが死神を捕まえたまま生き残るにはこれしかない。
「力を貸してくれ、ザンエイ」
不意の高揚感、ザンエイと繋がり始めた証拠だ。
「アレを喰わせてくれれば今回のはチャラでいい」
口角が上がっている、俺の声で答えてくる。もう繋がりきっている、俺はまた過ちを犯す。
「では、頂きます」
合掌の後、身体を意識ごと引き渡す。俺は影の中に沈んだ。
人間としての意識は悪魔からすれば二重人格みたいなもので、人間という悪魔が人間的に生きる為に生み出した作為的な理性、という事になっている。
命の切り替えを仕事としていた師匠は日頃から思っていたことだろう。人間は自身の人性と悪性を一つにできれば長寿はもちろん、様々な柵から解き放たれる。自身が悪魔だと知らない一般人もこれを受け入れ境界線を無くせば、今より楽になれるかもしれない。
師匠の描いた夢は確かに理想的だった。
境界線を探りそれを取り除いた結果、師匠は死んだ。悪魔の心を理性では到底抑えることは出来なかった。人は人間という人格を作り上げ定住するのだ、自身の悪性から身を守る為に。師匠のそのまた師匠である人達の文献、その一節を思い出した時はもう手遅れだった。
目が覚めると辺りには金属片が散らかっていた。それが拘束なのか人形の中身なのかは分からない。あるのはただただ腹に溜まった不快感、それだけだった。
ザンエイと繋がった今普段では感じ取れない悪魔の感覚が新鮮で悪いことをしているように感じた。その背徳感に慣れてはいけないと戒める自分もいたが、人間として完成されたかのような優越感に酔いしれる。
世界が広がる感覚は新たな感覚を生む。何か、この病院に惹かれる物がある。誘われるまま嗅覚の範囲を広げる。対象物を囲んで一人とさっきのような人形が一体。
俺は獲物を求める獣になった。四つ足で求める方向へ駆けつける。乾いた砂漠でようやく水を見つけた気がした。
部屋には男が二人、物に夢中になっている。
一口で呑み込む。喉を通る感覚が生きた実感をもたらす。目がつり上がる程の甘美な高揚感に浸る。
残る眼前にはこの二年待ちに待ったメインディッシュ。
「小僧が邪魔で手が出せなかったがようやく! ようやく!」
小僧って誰だろう。俺は何を言っているんだ?
「礼を言うぞ愚か者よ! よくここまで私を導いた!」
部屋中に高らかに響き渡る。晴れやかな記念日のようなこの幸福感に心当たりが無い。俺はどうしてしまったんだ?
「この身体は私の物だ。淵宮光ッお前死体、頂こう」
は? 何してやがる。俺の身体が、喉が、自由がきかない。どういうことだ!?
「騙されていたんだよ、私に。お前という妨げを抑えこむこの時を、ずっとだ。」
言葉が出ない。
「我慢は身体に悪い。早く出ていくさ」
おい待て、師匠には触れない契約の筈だ。
「私と最も繋がりが強いのは誰だか分かっているだろう?」
そうだった。契約破りの呪いを受けたとてザンエイには盾がある。淵宮光、師匠の身体が。どんな傷を受けようと、どんな呪いを受けようと、ザンエイは蘇るだろう。境界線が無い悪魔なのだから理性という枷は機能しない。
「私の名はザンエイ、繋がりに宿る悪魔なり」
「真名をもって存在を許されよ、その名を」
「『残影』」
純然たる悪魔が生まれた瞬間、辺りは光で溢れた。
生井澄広です。
もっと上手く書けると良いのですが、、、
自責は悪い癖ですね。