渡り船
急いで書いたので荒いです。
荒井澄広です。
気付くと俺は見知らぬ道路の真ん中で倒れていた。
空は雲と喧嘩したようで、月が沈黙を貫いていた。街灯の明かりはなく夜風の運ぶ懐かしい香りに誘われて俺は走った。素っ裸で。土踏まずをコンクリートに擦り付けて走った。
香りは次第に強くなる。ちかちか、街灯達が囁いている。どんどん濃く匂ってくる。ぎらぎら、街灯達は笑っている。
パタン、と。街は終わりを告げた。月はそっと目を伏せた。視線の先、いつの間にか現れた公衆電話。スポットライトを待っている。
がちゃ、ごそごそ、がちゃり。
受話器を耳に当て、指を伸ばす。ダイヤルもボタンもない。あった筈の電話も無くなっていた。
ふと土踏まずが寂しくなった。床が抜けた。身体は重力が恋しいようですぐさま駆け出した。顔は引きつったが恐怖はなかった。下には部屋があった、漏れた光が耳打ちした。
お尻を傷める覚悟をしたが、あまり必要ではなかった。椅子は人形遊びの玩具のようで、ぐにゃりと脚を曲げしっかりと受け止めた。
赤くて丸いテーブルを挟んだ相手を見据える。香りはしなくなっていた。
「おはよう人間」
TVの砂嵐みたいな影は待っていたように続けた。
「お前は今生と死の境にいる」
頷いて続けるよう促した。
「本来なら俺様はお前と入れ替わり、お前の魂を手放さなきゃならねえ」
ぼうぼうと胸が揺れる。
「だが今は相席中だ、片割れがお前を放さねえ」
人体模型が降って来た。テーブルの真ん中で仁王立ち。
「だから俺様とお前は半分こだ。右と左で半分こ。どうせ混ざるが、分かりやすい方が良いだろう?」
人体模型はさっくり割れて、手を繋いで倒れまいと必死だ。
「馴染む頃にまた顔出すから気をつけろ?たまげて死なれちゃおっかないからなあ」
どこまでも楽しそうな砂嵐。少し楽しくなってくる。
「念押しだ、俺様に引っ張られるなよ。お前が人間として死ぬまで、気は進まないが名前で縛っていてもいい。俺様はいつかの時、身体が無事ならそれでいいんだ」
少し身を乗り出して小声で言う。
「お前の引っ張ってきたおっかないのが全部悪いんだ。俺様にこっそり結び直しなんて事になってみろ、すぐにお前を喰って身体明け渡してもらうからな」
凄む砂嵐と握手を交わす。手に不快感は残ったが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
ぷつん。光が消え、闇が意識を攫う。
眩しく揺れ動く天井、消毒液の匂い。腹のあたりが熱い、身動きが取れない。
救急車だ。俺は今、人に囲まれている。だらだらと汗が止まらない。人間として扱われている事に驚いた。
産まれて初めて服を脱がされた、強面をしっかりと脳裏に焼き付けた。医者は塞がった傷を見て失神。これもしっかりと焼き付けた。
俺はどうなっていたんだ?
すぐさま影を確認する。濃い、脂が浮いたようにぎらぎらと。
それは生唾と一緒に飲み込むしかなかった。
俺は人間を辞めていた。
生井澄広です。
荒いのはいつもの事でした。