就職したいです。
誤字脱字のご指摘ありがとうございます。かいていただいた感想に励まされました。ヒーローサイドの話も別に投稿しています。
この人何言っちゃってんの?!と、この場で意識を失わなかった私を誰か褒めて欲しい。
…とはいえ、男に手を握られた状態では気を失ったとしても、床に倒れこむことはないだろうけど。
私ことアレクサンドラ・オルガ・アルヴィは16歳になる、アルヴィ伯爵家の長女だ。実家はそんなに古くて由緒ある方ではないけれど、最近多い新興の貴族でもない。
自分で言うのもなんだけど、私はそんなに美しいわけじゃないと思う。不細工ではないだろうけど、取り立てて美しいわけではなく、よくて中の上ってところだろう。茶色味がかった赤毛はそんなに珍しい色でもないし、目の色もごく普通の濃い青だ。せいぜい、「目がはっきりしていて印象的」という言葉を言われたくらいだ。
私の一族は、国の役職に就くような優秀な人材を輩出できる家柄でもない。父もその一人で、人が良すぎて騙されてしまうタイプだ。10年ほど前に投資に失敗して以来、我が家は領民たちを飢えさせないギリギリラインの貴族といったところ。むしろ、公爵、侯爵に続く上位貴族の中ではかなり慎ましやか…というか貧乏伯爵。
幸い、跡取りの1つ下の弟は一族の男性にしては珍しく、かなり賢い。学園でも上位成績者で、将来有望とのことなので、弟が社交デビューし、立派な伴侶を得てくれれば、領地もこれからどんどん発展して行くだろうと思う。
事の始まりは、我が家に届いた一通の招待状。
現在17歳の、我が国の王太子の婚約者を決めるための茶会への招待状だった。
国内の年頃の娘がいる侯爵家、伯爵家(現在、国内の数少ない公爵家に年頃の娘はいない)全てに送られたらしい招待状には、王太子の婚約者を決めるため、必ず出席するようにと上質な紙に美しい文字で、長ったらしく書いてあった。
父の書斎で、招待状を挟んで向かい合った父は重々しく言った。
「サンドラ、殿下の婚約者決めの茶会だが、お前はどうしたい?」
「どうしたいと言われましても…。お断りはできない内容でございましょう?」
侍女のライラが淹れてくれた紅茶を一口飲む。うん。温度も濃さも完璧でとても美味しい。さすが数少ない我が家の侍女を務める有能な女性だ。
「しかし、かつてこのような催しで王族の婚約者を決めたことなどないのだが…私にはあまり国の中枢のことはわからないけどね。特に我が家は目立つ功績や財産のある家でもないし、王太子妃を輩出できるような家柄ではないだろう。」
父は私と同じ茶色がかった赤毛を後ろに撫でつけながら、不安そうに言った。
我が父ながら、小物感がすごい。言わないけど。
「わたくしにもよくわかりませんが、恋愛結婚とまではいかなくても、王太子殿下のお気に召すご令嬢をお選びになりたいのではないでしょうか。それに、わたくしは婚約者より、得られる職の方に興味がございます。」
そう、招待状の後半部分に私はものすごく惹かれた。
要約すると、『王太子の婚約者になれなくても、ある程度の候補者に残れれば、王城で上級侍女として雇うこともできますよ。』
これにものすごく惹かれた。王太子の婚約者にはなりたくない!なれないと思うけど。けれど、王城の上級侍女というのは、未婚女性の仕事の中ではダントツに名誉があり高給取りな訳で。現在我が家は、私の社交デビューもままならず、結婚しようにも持参金も出せないのは私もよくわかっているし、仕方のないことだと思っている。16歳〜18歳くらいでの社交デビューは、跡取りである弟優先だし、上級侍女であれば、未婚のまま長く勤めたとしても、嫁ぎ遅れと後ろ指差されることもない。弟の将来のためにも、これはお姉ちゃんが頑張るしかない!!
「だが、我が家ではお前が王宮に上がれるようなドレスを用意してやることは…」
父の声はだんだん小さくなった。まあ、貧乏貴族だから、豪華なドレスは難しい。侍女狙いだから、ドレスで目立つ必要もないし、お母様の嫁入りの時のドレスをリメイクしようかな。
「旦那様、お嬢様。ドレスはこのセドリックにお任せを。」
ここで、いつも存在感を完璧に消せる執事補佐のセドリックがお父様に話しかけた。
「わたくしとライラで、お嬢様のドレスをご用意いたします。」
これは心強い。彼はまだ30代になるかならないかだが、なぜ我が家にいるのかわからないほどに有能なのだ。
「お父様、上級侍女になれるチャンスがあるなら、王宮に行きとうございます。わたくしが上級侍女になれたら、必ず家のため、弟のクリストファーのためになりましょう。」
「お嬢様はどんな上級貴族の女性にも引けを取らない、作法も所作も大変素晴らしいご令嬢でございます。自信をお持ちになってください。」
セドリックの助言もあり、私は優秀な執事と侍女がどこからともなく用意してきた、素晴らしいドレスを着て人生初の王城へと向かった。
「こちらの部屋でお待ちください。」
普段はお目に掛かることなど絶対にない、王宮の騎士に案内されて、目の眩むような美しい白亜の廊下をしばらく歩き、やっと案内された一室には、5〜60人ほどの少女たちがさざめいていた。
「後ほど係の者が説明に参りますので、今しばらくお待ちください。」そう言って、騎士は去って行った。本物の王宮騎士って初めてみた。うん。すごく上品な気がする!
「失礼。わたくし、スヴェルドロフスク侯爵家が次女、エリザベートと申します。あなた様は?」
と、豪奢な金色の髪をなびかせ、まさに可憐という言葉がぴったりの少女が話し掛けてきた。王太子との年齢を加味して、集められたのは社交デビュー前後の14〜17歳くらいの少女なので、正式な貴族のマナーにはひとまず目をつぶった交流になるのだろう。
「わたくしは、アルヴィ伯爵家の長女、アレクサンドラでございます。」
私は家のこともあり、社交的なお茶会にはほとんど行ったことがないので、同じ年くらいの貴族との交流は今までほとんどない。それでも、学園に行けない代わりにと母がどこからか探してきた家庭教師たちは、素晴らしいくらいの人たちだったので、所作や教養については伯爵令嬢どころか、もっと上のところまでも恥ずかしくないと家庭教師たちにも太鼓判を押されている。しかし、実践するのはほぼ初めてだ。少し緊張しつつ、私はエリザベート様に返事をした。
「わたくし、王宮に来たのは初めてですの。緊張してしまって…」
「わたくしは一度、王妃様主催のお茶会に母と来たことがあります。王妃様がバラがお好きだそうで、それは見事なバラ園があるんですよ!」
そんな話をしていると、もうひとり、所在無さげにいた伯爵令嬢のオリヴィア様が合流し、何となく間を持たせつつ、時間を潰すことに成功した。2人も、緊張していたようで、初対面の割に話は弾んだ方だと思う。あまりキツイ感じのご令嬢じゃなくてよかった。
そこに、扉が開き男性が2人入ってきた。少女たちの話し声がぴたりと止む。
「ロブウェル宰相閣下と、王太子殿下の側近のフェードラウト様ですね」情報通のオリヴィア様がこそりと私たちに教えてくれた。
20代と思しき銀色の髪を後ろで1つに束ねた深い緑の瞳の男性が宰相、それより若い私と同年代の黒髪に紫色の瞳の男性が側近だろう。2人とも方向性は違うけれどとても整った顔立ちをしている。国の中枢にも顔選考があるのかと馬鹿なことを考えた。
宰相閣下がこれからの予定を説明していく。どうやら今日のお茶会の後、人数が絞られ、王妃様のお茶会に後日呼ばれるようだ。
更にそこから絞られ、ダンスパーティーを経て婚約者が決定するということで、ダンスパーティーまで残れば上級侍女になることができるらしい。上級侍女となれば、王族のお手つきから側室にもなれる可能性があるから、正妃と側室候補の選定を兼ねている部分もあるのだろう。私の狙いはあくまで侍女だけどね。身の程を弁えているのです。
そんなことを考えながら聴いていると、不意に宰相閣下と目が合った…ような気がした。その瞬間、新緑を思わせる深い色に縫いとめられ息が止まるかと思った。
そんな訳ないよね。初対面だし。
その後、お茶会の会場へと騎士たちに案内されてお茶会を楽しんだ。エリザベート様とオリヴィア様、主にオリヴィア様が社交界の様々な噂話などを披露してくれた。
それによると、やはり王太子殿下は恋愛結婚とまではいかなくても気の合う令嬢を迎えたいと思っているらしい。また、フェードラウト様の婚約者もここで候補を探すらしい。王太子の婚約者が決まらないと、同年代の貴族の婚姻も進まないから、ここである程度絞ってしまうのだろう。また、宰相閣下は25歳の美丈夫にして今まで結婚はおろか浮いた話1つないらしく、男色疑惑まであるらしい。そもそも、宰相閣下はとても有能なのに、彼の表情筋は仕事をしていないと皮肉られるほどに無表情らしい。
ふと一瞬目があった宰相閣下のことを考えた。あれだけの美形だと有る事無い事言われるのだと気の毒に思ってしまった。
おそらく今回のお茶会は所作や作法のチェックなのだろう。2時間ほどでお開きになった。
エリザベート様とオリヴィア様とは思いの外気が合ったので、選考に残る残らないに関わらず、手紙のやり取りをする約束をした。
後日。
次の王妃様主催のお茶会への招待状が届いた。父はあまり期待していなかったようだが、またも王宮から招待状が来たと、もしや娘が婚約者になれるのではという期待が出てきたらしい。母や弟も「さすがはサンドラ(姉様)」ととても喜んでくれた。
あくまでも上級侍女狙いです!
そして、優秀な使用人たちが、またもどこからか用意してきたAラインの綺麗なヒスイ色ドレスをまとい、王妃様主催のお茶会へと向かった。
どうやらオリヴィア様とエリザベート様も選ばれていたようで、会場で合流することができた。今回は王族方が沢山の令嬢と交流できるよう、立食パーティーの形式だった。20人ほどの令嬢がいたので、前回の半分ほどに絞られたようだった。
3人でたわいない話をしていると、「王妃様並びに王太子殿下のおなり!」と声が上がった。声の方をみると、美しいブロンドの女性が優雅に会場に入ってきた。いやもうオーラがすごい。これぞ王族!という雰囲気を醸し出している。語彙力が削られる美しさだ。とても17歳の息子がいるようには見えない。
「みなさん、本日はいらしてくださって感謝します。私たちは出来る限り沢山の令嬢とお話ししたいと思っています。婚約者選定に関わらず、人脈を広げる意味でも、様々な方との交流を楽しんでくださいね。」
その言葉でお茶会は始まった。早速王妃様や王太子殿下のところには多くの令嬢が集まっている。また、王太子の側近の方々や、宰相閣下、国の重鎮と思われる方々も数人来ていた。王太子妃としてふさわしいかどうかの見定めを複数人でしているのだろう。
私たちのところに王妃様がいらして、たわいない話をされていった。とっても緊張した。ちゃんと受け答えしていただろうか、私…。
その後、王太子殿下がいらした。王妃様と同じ、眩しいくらいのブロンドに、アイスブルーの瞳、整った顔立ち。正に物語の王子様といった感じだ。
「エリザベート嬢の領地ではどんなものが特産だったかな?」
「スヴェルドロフスク領では織物が盛んでございます。本日のドレスも、我が領地の最新の織物を使用しております。」
「そうか。とても素晴らしい色合いの織物だね。エリザベート嬢によく合っていて美しい。そちらのアレクサンドラ嬢の領地では?」
先にエリザベート様に話を振ってくれたおかげで心の準備ができた。よかった…
「アルヴィ領は、小麦作りが盛んですが、今は小麦をはじめとしたいくつかの作物の品種改良を行っております。また、弟が治水事業に興味を持っておりますので、将来的には治水事業も進めて参る予定でございます。」
「弟とは、学園でも有名なクリストファー・アルヴィだったね?さすがは天才と名高い弟君だ。アルヴィ伯爵家は将来が楽しみだね。」
「ありがとうございます。」
そうやってしばらく話をした後、次の集団に移っていった。
きっと政治的な話ができるかどうかを見ているのだろう。とりあえず一段落し、息を吐いた。
「失礼、アレクサンドラ嬢。私はディミトリアス・ローラン・ロブウェルと申します。少しよろしいですか?」
不意に声を掛けられた。振り返ると、柔らかい笑みを浮かべたロブウェル宰相閣下がいた。美形の笑顔すごい。目が眩む。
周囲の令嬢達が息を呑むのがわかった。
「え、ええ。どういったことでしょうか。」
あれ?オリヴィア様の話だと表情筋は仕事してないのでは?ただの噂だったの??と思いつつにこやかな表情を作った。
「アルヴィ領での品種改良の話をもう少し聴かせて頂けますか?」
「わたくしも、そこまで詳しい話はわからないのですが、それでもよろしければ。」
至近距離で見る美形の笑顔おそるべし…滴るような色気というのだろうか…。やっぱり王宮には顔選考があるのかしら…?
そんなことを考えつつ、失礼にならない程度に見とれつつしばらく話をしていたところで、お茶会の終わりが告げられた。
「大変興味深いお話でした。ではまた。」
そう言って、宰相閣下は爽やかに去っていった。見回すと、エリザベート様は王太子殿下とまた話されていたようだったが、別れてこちらにやってきた。オリヴィア様もこちらに向かってきた。
「サンドラ様!すごいですわ!ご覧になりましたでしょう?!宰相閣下のあのお顔!」
「お、落ち着いてくださいませ、オリヴィア様。」
「落ち着いていられませんわ!氷の魔王とまで言われている閣下の笑顔ですわよ。他の誰も見たことないお顔ですわ、きっと」
オリヴィア様の食いつきがすごい。
「とはいえ、内容は領地のことでしたわ。治水事業にもご興味がおありのようでしたし。私に興味があった訳ではないと思いますが。」
「いいえ!これはもうきっと恋の予感ですわ!」
オリヴィア様の勢いに押され、やや仰け反りぎみになったのはしょうがないと思う。
「それより、エリザベート様は王太子殿下とどのようなお話を?」
と、にこにこと私達を見ていたエリザベート様に話題を振ってみた。
「え?あの、そうですわね…好きな花や趣味についてですね…」
頰を赤らめながら話すエリザベート様は大変可愛らしい。これはまさか。王太子殿下もまんざらではないのでは…
そうやって私たちはたわいもない話をしながら王宮を後にした。