第88話 王立楽団とアイドルと
「侍従長、勝手なお喋りは困ります!」
背筋をピンと伸ばした細身の女性。張りのある力強い声と、眉毛の太さが気の強さを表しているように感じた。
「ゴードン&カンパニーの方とか。どういった了見でお越しいただいたのかは分かり兼ねますが、窓口を担当される以外の方が急に来られるというのは、ビジネスとしていかがなものかと」
私が侍従長に、誰こいつ? と尋ねると、王立楽団の担当者なのだと紹介された。とはいえ、もちろん演奏をするのではなく、マネージメントに関する責任者だという。
「そもそも百年以上も歴史のある王立楽団と、ポッと出のアイドルなどというものを同列に並べることはあってはならないことです。今回の件にしても、あくまで民衆にその差を感じてもらい、改めて崇高な本物の音楽に触れていただくという機会を設けるためのものです」
なーに言ってるのよ。たかが百年そこいらでデカい顔して!
エルフなんて何十億年も音楽の歴史があるのよ。それからしたら、楽団とアイドルの歴史なんて、わずかな誤差じゃない。
そのエルフだってアイドルの演奏を楽しみにしてるの。
まぁ、エルフのことを話したって通じないだろうけどね。
まったく、なにが本当の音楽よ。
そんなことだから……。
あ、そうか。そういうことかと思い当たることがあった。
「もしかして、王立楽団の演奏会、お客さん、あんまり入ってないんじゃないの?」
「そ、そんなことはありません!」
なるほど、図星か。顔を見ればわかる。
昔は滅多に演奏会は開かれることはなかったけども、今は定期的にやっていると言ってたわよね。で、毎回毎回、同じ曲の繰り返し。同じ演奏の繰り返し。権威だけに頼って、観客に対してこんなパンフレットしか考えつかないようじゃ、人が見向きしなくなるのも当たり前よ。
起死回生の策で、アイドルと一緒にやろうと思ったに違いない。
「あんたね、そんなことだと、せっかくの凄い音楽を台無しにしちゃうわよ」
女性の目尻がキッと上がったその時だった。
「私たちもそう考えているのです!」
扉の後ろの廊下に、大勢の人が立っていた。
「今回、是非にとお願いしたのは私たちなのです」
そこに立っているのは、王立楽団の面々のようだ。
あれは、もしかしたらダンテくんかな? 歳は取っているけど、面影がある。
「申し訳ありません!」と大声が遠くから聞こえてきた。
ユリエだ。
弟のマイン君、そしてビリーさんの姿もあった。
「このたびはウチの人間が失礼なことを仕出かしましてっ!」
「本当ですこと。失礼極まりないです」と女性が吐き捨てるように言う。
「あ、この方々は? 王立楽団の方々ですか? 初めまして。お目に掛かれて光栄です。このたびは大変ご迷惑を……」
「いえ、ご迷惑、というより、感謝しているのは私たちの方です。お客さんに本当の音楽を届けたい。その気持ちは変わりありません。でも、どうしたら届けられるだろうか。演奏の技術はずっと磨いてきましたが、人の心に届く音楽って、どうやったらいいのか。きっとアイドルの方が、よくご存じなのではないかと。実際、リハーサルを一緒にやっていて、驚かされることが多々あります」
王立楽団の一人が言った。一体何を言っているのだろうというような、ポカンとした顔でユリエが聞いている。
「どう? 実際に演奏している人は、理解しているようだけど?」
そう私は女性二人に言った。
「しっ、しかし!」
「いい? ステージに立つのは演奏する人間よ。でもね、ステージを作るのは、決して一人じゃできないの。ステージの上で演奏する人。裏方にいる人。そしてお客さん。ステキなステージを作ろうって気持ちで、全員まったく同じ方向を向いて初めて、出発点に立てるの。ユリエは楽団の人たちと初めて会ったのかしら? もしかして、そこのあなたもリハーサル見てないんじゃないの? その時点で、すでに失格だってこと、よく覚えておいた方がいいわね」
ユリエはまだ事態が把握出来ていないのだろうか。慌てた顔をしていた。
「先生、私も、そう思います! 姉にはずっと、もっと現場を見た方が良いと言ってたのですが」
「僭越ながら、わたくしもそのように感じます」
急に来たが、マイン君とビリーさんは、状況がすぐ呑み込めたようだ。
王立楽団の担当者の女性が何か言いかけたが、楽団の面々を振り返り、ふうっと溜息をつく。
「じゃあ、マイン君とビリーさん。急いで新しいパンフレット作り直してちょうだい。時間がないとは言わせないわよ。必死で何年も、この一回限りのために努力して来た大勢の人たちがいること、忘れないで」
私は担当者の女性、王立楽団の面々と握手をした。
ダンテ君は相変わらず顔が真っすぐ見られないようで、照れながら横を向いていた。向こうからしたら、初対面よね。無理ないか。でも、誰かとお付き合いできたかしら。まぁ、余計なお世話だけど。
皆が出て行き、部屋には王立楽団の担当者の女性、ユリエとマイン君、そしてビリーさんだけが残される。
「ねぇ、ユリエちゃん。あなた、今回の件、全部一人で抱え込むようにしてるんだって?」
ユリエはようやく状況を把握してきたようだ。険しい顔をしている。
「あなたほどの人に、会社について話すなんておこがましいのはわかってるけどね。会社っていうんじゃなくて、仲間って考えてみて欲しいの。頭がいいから、きっと他の人に任せるより自分でやる方がいいって思ってるんでしょ? 他の人に任せるのが不安だと」
「はい」とユリエはか細い声で返事をした。
「人はね、一人じゃ一人分の景色しか見られないの。たくさんの人と一緒に見れば、自分では気づけなかったステキなものが、たくさん見られるのよ。もっと色んな人に頼ったらいい。応えてくれる人は、必ずいるわ」
ところでマイン君はどうしてここに? そう聞いたら、私の声が急に聞こえたので飛んできたのだと言った。王宮の中で、楽団の人たちと雑談をしていたらしい。
「ほら。ここにだって、頼りに出来る人がいるじゃない」
マイン君は練習生との時もそうだったが、するっと人の中に入り込める特技を持っている。今回のジョイントイベントでも、リハーサルを見学しているうちに、楽団の人と仲良くなったようだ。
たびたび訪れては、楽団員とアイドルたちを繋ぐように、リハーサルを見学したり、雑談をしたりしていたらしい。
そして、ずっと姉のやり方に疑問を抱いていたと言った。
さらにユリエの顔が歪んだ。
「決して、あなたがやって来たことを否定するわけじゃないのよ。ここまでよく頑張ったと思うわ。でも、もっと仲間に頼んなさい」
そうね、そういえば他の種族にも会ったことなかったかしら? 結構、人生観変わるかもよ、などと考えていたら、侍従長が再び扉を開けて入って来た。
「少々、よろしいでしょうか」
なあに、と返事をすると、わずかで良いのでお時間が欲しいと言われる。
「別に構わないわよ」と言い、ゴードン&カンパニーの面々と別れる。
「それでは、こちらへ」
侍従長はそう言って、私を部屋の外に連れ出した。
「こちらで王様がお待ちです」
通されたのは、さっきワープして飛んできた王様の部屋だった。
白髪交じりの髪になり、長いアゴヒゲなどは、すっかり風格も備えている。
ドアが閉められ、部屋には二人きりになった。
王が口を開く。
「お久しぶりです。最後にお会いした日から、どれほど月日が経ちますかね?」
ええと、私とは初対面ということになっているはずだけど……。
「ふははは。素顔で会うのは初めてでしたかね。もう、よろしいではないでしょうか、英雄どの」
そう。必ず会う時にはウサギの被り物をしていた。だが、すぐに声でわかったという。
それも、もう何十年も前に……。
「このたびの件、ありがとうございます。本当はもっと早くにやりたかったのですが、なかなかシガラミが多いものでしてね。それともう一つ……」
王はため息をつきながら続けた。
「なかなか環境は改善しない。いや、改善するどころか、悪くなってるかもしれない。約束さえ守れなかった愚かな王を許して欲しいのです」
ここに来た時にすぐ感じたが、昔来た時よりも空気が臭い。
文明が発展していることでの弊害だという。王として出来うる限りのことはしていたつもりだが、民の意思には逆らえなかったとも言った。
ピクシーの大樹は、残念ながら改善していない。私たちの演奏で元気になってくれるかとも思ったが、相変わらず多くのピクシーは死に、さらに堆く積もるばかりだ。神話に出て来るようには、助けられなかったのだと思う。
だが、人族は自分自身の生活のためにも、環境の改善を行うようにもなっているそうだ。公害により、自らの身体に異変を起こすようになって初めて、取り組みだしているらしい。
その試行錯誤の間には、木々を伐採し、そこに空気を洗浄する仕組みを作るなど、今考えれば無駄でしかないことも含まれていたらしいが。
「色んなことがあったのでしょうね」と私が言う。
「色んなことがありました」と王は言った。
日々、真剣に生きてきた人が、ここにもいるのだということを知った。
ユリエやマインだけではなく、ぜひ王様にも他の種族と会って欲しいと思った。
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