第87話 パンフレット
ロボットみたいな名前の役職を貰っちゃったのだが、特になにかをするわけでもなく、私は練習生のトレーニングを今まで通り続けていた。
でも、今回の王立楽団との演奏会のパンフレットが届いた時に、愕然としたの。
『世界が誇るルネボレー王立楽団にゴードン&カンパニーが参加!』
これがキャッチコピーだった。
違う。
こんなんじゃない。
怒り心頭で、片っ端から電話をかける。
あ、ビリーさんがいた。
「なんなのよ、あれ?!」
「なにがですか?」
「あれよ、あれ!」
あまりにも頭に来ていたので、会話が滅茶苦茶だ。
一旦、お茶でも飲んで落ち着こう。
「今度の王立楽団との演奏会だけどね、あのパンフレットって、誰が考えたの?」
よくよく聞いてみると、王立楽団の方から文章について打診があり、ユリエが承諾したとのことだった。
「ダメでしょうか?」
「ダメに決まってるでしょ! メイシャやカズくんたちは知ってるの?」
どうやら、一切タッチしていないとのこと。
「バカにするのも程があるわ。ちょっとユリエも連れて今から来なさい!」
「はぁ。でもユリエ様、毎日お仕事をお一人で抱え込んでおられ、大変お忙しいようなのですが……」
「ビリーさん。もう一度言うわよ。ユリエも連れて今から来なさい」
「はい。かしこまりました」
私がなにを怒っているか、わかるわよね?
一つ目。
パンフレットのキャッチコピーも、このパンフレット自体も、全く楽しそうじゃないこと。
二つ目。
ゴードン&カンパニーなんて、どうだっていいの。会社なんてどうでもいいじゃない。一体、なにをする演奏会なのよ。
アイドル達の名前が、なんでこんなに小さく書かれなきゃならないのよ。
三つ目。
このキャッチコピーじゃ、まるで王立楽団の演奏会にゲストで出演するだけみたいじゃない。一緒にやるんじゃないの? 一つのステージを作るんじゃないの?
ああ、もう。
なんにも分かってない。
やって来たユリエとビリーさんに捲し立てたら、わかっていないのはあなたの方だと言われてしまった。ムッキーっ、なんでよ!
先方からは、長年歴史のある王立楽団が、世間で人気のアイドルと「共演をしてあげる」というような言い方で申し出があったとのこと。
こちらはお願いする側で、下手なことを言えば企画自体が流れかねないとのことだった。
――そんなんなら、やんなくていい!
会社に入る利益を考えれば、断ることは出来ないと、ユリエにもビリーさんにも説得された。
まったく、バカ言ってんじゃないわよ。
「王立楽団のとこへ行くわよ!」
「しゃ、社長……」
いつも恩義は感じてるけど、ビリーさんがなんと言おうと、これだけは譲れない。
いいから行くわよ。
「せっかくのチャンスなんです。波風を立てないでいただきたい。いつもそうじゃないですか。本来であればもっと利益が出せるはずなのに、あなたの夢だとかなんだとかで、会社は迷惑しているのですよ」
ユリエは私の顔を見ながら、ゆっくりと言った。
「ご理解いただけたのでしたら、これにて失礼させていただきます」
ああ、もうっ。
「あんたはバカか!」
口をついて出たのは、その一言だけだ。
「今、なんとおっしゃいました?」
「うぐ……」
私は怒りで、言葉にならない。
「そろそろ引退も、お考えになられた方がよろしいかと。では」
なによ、あの小娘! メイシャの子供だかなんだか知らないけど、口の利き方に気をつけなさいっ!
ああん、メイシャ~。
だが、今回は全てをユリエに任せると言った手前、メイシャには横やりを入れることは出来ないと言われてしまった。
――あんた、これがどういうことかわかってるの?
そうも言ったが、メイシャはやはり口は出さないと言われた。
「もしかして、あんたも、あたしが引退した方がいいと思ってるの?」
そう言ったら、メイシャが電話の向こうで、すすり泣く声が聞こえた。
「先生……。仰る意味もわかります。怒る気持ちもわかります。でも、もう、次の世代にバトンを渡す時期が近付いているのかも知れません。
先生も私も歳を取りました。
引退をして欲しいとは思いませんし、私もまだ、ユリエがちゃんとやれる姿を見てからじゃないと退くことはしません。
ただ、今が彼女にとっての試練なんです。そっと見ててあげたいと思ってるのです。先生ならわかるでしょ?」
メイシャの言うことも、わかる。
自分の力で乗り越えて、結果を出してはじめて、人は次の道へ進める。
でもね……。
「女の子たちはどうなるのよ? ユリエにとっても試練かも知れないけど、歌うアイドルたちにとっても、大きな試練じゃない。私は、会社よりも、今まで必死に頑張って来た彼女たちを応援するわ。体を張って毎日やってる気持ちを踏みにじるようなことは、絶対に許さない!」
電話を切ると、私は城へワープした。
しばらくぶりのルネボレー城だ。
城の中の様子には、さほど変わりがない。
ここは王様の部屋だったわね。でも、中には誰もいない。
窓から見える景色は、高層ビルが建ち並び、道路は整備され、車や電車が行き交っている。
最後に来た時から、どのくらい経ったのだろう。
30年? いや、もっとだわ。
最近では魔族の中にワープが使える者が何人か出てきて、お任せもしている。練習生用の建物が出来てから、たまに他の種族の土地へ行く以外、どこにも出かけていない。
こんなに変わってしまっているとは知らなかった……。
時のたつのは本当に早いものね。
色んなことが、どんどん変わっている。
扉を出た途端、すぐに兵士たちに見つかり、ぐるっと囲まれた。
「不審な者を発見。ただちに確保せよ!」
まったく、なにが不審よ。昔は英雄だって言ったくせにさ。
「私はゴードン&カンパニーの者よ! 王立楽団の責任者、すぐに呼んできなさい」
歳はとっても、声はまだ衰えていない。
城中に響き渡るような声で言ってやったわ。
「ゴードン&カンパニーとはまことかな?」
出て来たのは、タキシードを着た男性だ。そういえば、大昔に来た時も、こんな老人がいたな。もっとも、同一人物のはずはないけども。
「これはどういうことなのよ!」
手に持っていたパンフレットを見せる。
「どうと申しますと?」
「アイドルをバカにしちゃって!」
「なんと。なにを仰りたいか、よくわからんのですが……」
まだ公表されていないパンフレットを持っていたことで、ゴードン&カンパニーの人間だとは思われたらしい。まだ疑っているようだけど。
至急、会社に連絡を取りに行ったようだ。
その間、わたしは囲まれたままだった。
戻ってきた人間が、この者はたしかに会社の者だそうだと報告している。
会社の者が引き取りに行くので、どこかで待機させて欲しいとのことも伝えていた。
ええい!
いいから、話をさせなさい!
「まぁ、気を落ち着けて。こちらへ」
通された部屋は、城の隅にある小さな部屋だった。
王様の部屋と謁見の間くらいしか知らないので、こんなとこ知らないわよ。
ああもう。イライラする。
「このパンフレットのどこがおかしいのですかの?」
「あんた、王立楽団の責任者?」
「いやいや、別の者じゃが。侍従長をしております」
「責任者より偉いってこと?」
「まぁ、そうなりますかの。とはいえ、すでに老体にて、偉くもなんともないんじゃがのぉ」
まぁ、細かいことはどうでもいいわ。
いい、耳の穴をかっぽじって、よく聞くのよ!
「これ見て、どう? あんた、面白そうとか、ワクワクするとか思う?」
「うーむ、確かに、まるで新聞でも読んでいるような気分にしかならんのぉ」
「でしょ、でしょ? 新聞のがよっぽど面白いわよ。いい? アイドルってのはね、夢なの。楽しいものなの。ワクワクするものなの。アイドル知ってる?」
侍従長は、孫娘が夢中になっていて、振り付けを真似て踊っていたりすると言った。
「あんたのその孫が、このパンフレット見て、ここに行きたいって思う? どうよ?」
「うむぅ。そう言われてみると、孫は喜ばなそうじゃのぉ」
その時、扉がバタンと開いて、一人の女性が入って来た。
「面白かった!」
「今後どうなるの?」
「続きが気になる!」
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